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店は客のためにある  [2006年06月18日(日) ]

【店は客のためにある】 (39)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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      店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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□□□        (39)
□□     2006/06/18 
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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.広告とは何か
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【1】 広告とは何か

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 このブログの読者はきっと昭和20年代前後の世代の方が多いと思いますので、子供の頃に初めてテレビが我が家に来たときの感動を今も心の片隅にお持ちではありませんか。

 私も夕食の後、家族と見るテレビが楽しみの一つでしたが、「シャボン玉ホリデー」や「てなもんや三度傘」などという番組を見ながら、合間に流れるコマーシャルでさえも食い入るように見つめていたものでした。

 今ではもう会社自体がなくなってしまった「みつわ石けん」や「前田のクラッカー」、「三時のおやつは文明堂」など、懐かしく思い出されます。

 町中にはまだ今のように看板が乱立しておりませんでしたので、繁華街や映画館で見る看板やポスターにもいちいち興味を示して見ていたものでした。

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 大阪なんばの道頓堀にある「グリコ」の看板はもう何代目になるのでしょうか。橋の上から飽きずに眺めていましたし、中学〜高校の頃は彼女との待ち合わせの場所でもありました。

 広告というのは、いつの時代であってもそれを見る人の心になにかしらホワっとした感激や、やさしい思い出を心に刻み込んでいくもののような気がします。よい広告は、だからいつまでも記憶から消えずにふとしたことで思い出すことがあるのではないでしょうか。

 広告することの意義をよく理解しない人が今でも商人のうちにも、消費者の中にも、たくさんあるのが不思議である。

 私に言わせると、本当の広告とは、商人が消費者に向かって、このお店でお求めなさい、この品をお買いなさいと必ずしも言わなくとも、「これがあなたにとって一番有利で、便利で、決してご損がない、あなたの生活を幸福にする最もいいことなのですョ」と、親切に誠実に、専門家としての立場で知らせて差し上げる世の中に対する善行なのである。

 世の中のために尽くす商人の積極性を発揮する運動が広告なのであり、正しい広告は儲けるためや売上を増進するのが目的であってはならない。

 広告によって消費者が商人の誠実さを認め、その提唱に共感し、その愛情に応えてものを買うという結果、売上が増えたり、利益が増大したりするに過ぎない。

 広告のねらいは、どこまでも世の中の人びとの幸福を目的とし、結果としてその広告主の経営がいよいよ社会的活動を盛んに行えるような利益(必ずしも金とは限らない)の増大に寄与するものでなければならぬであろう。

(商業界二十年より)

「なんである、アイデアル」で有名な洋傘製造の《アイデアル》が6月12日に倒産しましたが、ワンタッチで折り畳みができる洋傘ということで、日本中に大ブームを巻き起こした同社も、1本100円〜500円という輸入物の安い傘に押されて業績を回復することができなかったようです。けれども、あのコマーシャルだけはきっといつまでも忘れることはないと私は思っています。

「お願いします。買ってください」などという何の工夫も見られないひどい広告や目抜き通りの消費者金融の看板にはいい加減うんざりさせられます。この国の広告文化はもっと上品で深みのあるもののはずだったのに。

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店は客のためにある  [2006年06月15日(木) ]

【店は客のためにある】 (38)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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      店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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□□     2006/06/15 
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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.知るは知らぬということ
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【1】 知るは知らぬということ

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 生まれ落ちた瞬間からひとは学習を始めます。初めのうちは生きていくための本能的な学習であったものが、やがて学校に入り、先人の積み上げてきた沢山の知識を自分のものとして、それを生かしながら自分なりの発見を積み重ねていきます。

 人間というのは飽くなき探求心をもつ生き物のようで、多くの知識を得れば得るほど次々に新たな疑問が湧いてきて、「ああ、オレはどうしてこうも頭が悪いのだろう」と自分を卑下してしまうこともあります。他人から見れば、その人は十分に優れた学者や実業家であるにもかかわらずです。

 一方で、ある特定の分野で名をなした人や、たまたま生まれた家が名門であった人、時流に乗った仕事でにわか金持ちになった人の中には、時折「本当は知らないのに知ったかぶり」をする人がいます。本人はいっぱしの専門家のつもりですし、周りも「今をときめく」人だということで誉めそやしたり、「あの先生が言うことだから」と疑いもなく信じてしまったりするものですから本人はますますのぼせ上がってしまって、結果あとで大変な問題を引き起こしてしまったりします。

 巷間週刊誌ネタになる多くの有名人は、たいていがこの種の人たちですから、「○○専門家」などという肩書きの付いた人の話はよくよく注意して聞かないと、あとでがっかりさせられることになるかもしれません。

 知るということは知らないという意味である。

 そんな言葉は、2000年も前から東西の聖者たちが言っていることなのだが、今日これを解釈すると、
 @ 知識が深まるにつれて、判らぬことが多くなることを自覚するという意味にも取れ、

 A 物知りぶったり、お天狗さんだったりする人は、案外ものごとを極めていないものだ
というふた通りにとれる。

 世間の商人には、同業者やその他の方々の知識もまた、自分の知識を出ないものと思い、他の地域の業者の経験や知識をも軽蔑しているようであり、業種の違う商売に関する知識などはまったく見向きもしないでよいと思っているかのようである。

 私たちは、こういう人々を商店街の指導層や老舗の経営者たちによく見かけるが、そのために日本の小売業の進歩が阻まれているのではないかと心配するのである。

「商売」というものの深さ、広さは、それが人間の営みである以上、人間探求のそれとともに計り知れないものがあるのを覚りたいものである。

(商業界二十年より)

 商売柄、日本各地で多くの商店街の経営者と接してきました。郊外の巨大店舗に押されて中心商店街は青息吐息、「どうにもなりませんわ」という嘆き節が出ることが多いのですが、どっこい二代目、三代目が頑張って、元気のいい商店街も沢山あります。

 元気のない商店街に共通の特徴は、組織の疲弊が大きいこと、組織が硬直化して何もできなくなってしまったことが大きな要因としてあげられます。年輪を重ねただけで新しいビジネスのあり方を学ぼうともしない長老が、組織の決定権をずっと握ってきたために、若者が発意した提案を「オレは気に入らん」と理由もなく否定します。これにより若者がやる気をなくしあるいはそのまま組織を放置したために、またやがてこの若者が長老になったときに、再び次の世代にあたる若者の提案を否定してきたという悪循環が繰り返されてきたことが大きな要因だと私は考えています。

 若い世代がやろうとする「とんでもないこと」に新しい商店街の未来があるならば、後ろからそっと支えてやるだけの懐の深い長老だけが必要なのであって、「知ったかぶりの偏屈爺さん」は退場すべきなのです。

Posted at 21:27  | この記事のURL
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店は客のためにある  [2006年06月11日(日) ]

【店は客のためにある】 (37)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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      店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.「正価」を見きわめよ
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【1】 「正価」を見きわめよ

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 三井高利は、伊勢の国松坂に生まれ、14歳で江戸に下り、しばらく兄の店で修行をしていましたが、のちに独立して、京都で越後屋呉服店の仕入店を開業しました。延宝元年(1673)には、江戸の日本橋本町一丁目に呉服店を開きましたが、これがのちの三越百貨店の祖であります。江戸時代を生き抜いた豪商江戸時代の商人は、武士や大名の家に多くの反物を持っていき、お盆と暮れの二回だけ清算をしてもらっていました。当然リスクが大きい分価格の上乗せも大きかったのですが、三井高利は、現金でどんな端切れでも適正値段で売るという、新しい商法を生み出しました。

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(期間限定で再現された越後屋)
 彼には商売に対する独特のポリシーがありました。すなわち、適正な利潤はもらうが、決して暴利をとったり、一時的に人の弱みにつけ込んで儲けるようなことはしませんでした。そして、家業がいつまでも続くようにと考え、企業の永続性・持続性ということを非常に大切にしました。そのため三井越後屋は15・16代続き、現在の三越やさくら銀行へと受け継がれていったのです。

 正価販売がお店の信用を築く第一条件であるのは申すまでもない。誰に対しても売値や品質に甲乙がないこと、不当に強引な値引きを要求する人に対して、格安に商品を提供するというような不合理がなく、したがって喜んで楽しいお買い物をしてくださるお客に対して、不公平な待遇をするような不道徳をしないでもすむ。

 ところで、この正価販売の励行には、売価がかならずその店の正価でなくてはならぬのに気がつく。正価は、かならずしも原価や諸掛や希望利益からだけで割り出されるものではないが、消費者のその時における一般的な価値判断と店側の主観的価値とが一致したものと考えるべきである。

 その二者を一致させることが、経営の技術でなければならない。多くの場合、ギリギリの線まで計算された店側の採算上の売価が一般市価より格安であることは、普通小売店が売価を市価に右へならえをして決定し、そこに深い考察が払われていないからである。

 消費者の希望する売価で商品が売れ、しかも採算が取れるということが、繁昌の要因のすべてではないが、重大な要素であることをおろそかにしてはいけない。

(商業界二十年より)

 今、正価販売が最も難しい商品の一つにお酒があげられます。

 私のような酒飲みの場合、ビールであれ日本酒であれ、同じ銘柄であれば値段によって中身が違うわけもなく、したがって酒はディスカウントストアで買うものと相場が決まっています。ということは、ディスカウントができるところ、つまり、資本力が有る事業所が強いに決まっていて、昔ながらの酒屋さんが廃業したり、コンビニに業態転換をしたりすることが多くなりました。

 しかし、ちょっと発想を変えて、「酒を飲まない人に酒を売る」と考えるとどうでしょう。そんなアホな。酒を飲まない人が酒を買うわけがないやろう、と考えるのは頭が固い証拠。

 東京に《はせがわ酒店》という知る人ぞ知る酒屋さんがあります(私の勤務先から歩いて50歩なんですが)。この酒屋さんが、話題の表参道ヒルズに『日本酒ブティック』というお店をオープンさせました。毎日行列ができる日本酒を飲ませるお店なんですが、実はこの店のお客の60%は女性客で、普段はほとんど日本酒を飲まない人たちです。たった5人しか入れず、しかもスタンディングバーで立ち飲みというスタイルなのに、店内の和モダンな雰囲気と、正真正銘の大吟醸酒をトビキリのグラスでいただくというお洒落な雰囲気に魅せられて、お嬢様系やセレブふうの奥様に大人気。客単価1,000円と言いますから驚きです。無論、酒の価格もまさに正価販売。付加価値を付ければディスカウントの必要性は全くなく、しかも普段は酒を飲まない人をもとりこにすることができるという典型的なビジネスモデルであります。

 小売業者は現金正価で売る努力をしなければならず、安売りをすることは努力ではありません。付加価値を付けて現金正価で売ることについて消費者に納得させる努力を怠ってはならないということです。

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越後湯沢  [2006年06月04日(日) ]
 30年ぶりで上越線経由で金沢に行った。30年前は、もちろん上越新幹線はなかったから、上野から特急か急行列車に乗って約8時間。結婚前の家内に逢うために、給料を貰った最初の土日に通うのが恒例になっていた。できるだけ長い時間逢っていたいから、夜行列車を利用することが多く、小遣いに余裕があるときは寝台特急の《北陸》号。ちょっと財布の中が寂しいときは急行《能登》を利用した。この二つの列車は夜行ということで、新幹線開業後も存続しているが、昼間よく利用した特急《白山》は廃止、同じく特急《はくたか》は越後湯沢発に変更になっていた。

 越後湯沢と言えば、昭和50年の冬、例によって夜行列車で金沢に向かった私だが、朝目を覚まして「そろそろ富山かな」と窓外を覗き込んだら、どうしたことかそこにある筈の景色がない。しかも列車は止まっている。何が起こっているのか暫くは理解できなかったが、やがて一晩のうちに降り積もった豪雪が3メートルを超え、列車の屋根の上まで達してしまったことによる立ち往生であることが社内のアナウンスで流された。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」

 暢気に川端康成を思い出したりしたが、事態は深刻である。本来なら金沢に到着すべき時間にまだ越後湯沢におり、しかも列車はいつ動き出すのかもわからない。そのうち、湯沢の町のおばさんたちがおにぎりの炊き出しを届けにきてくれた。

 困ったのは彼女のことだ。今のように携帯電話などという便利なものがない時代である。きっと金沢の駅で私を待っている彼女は、おそらく列車が雪で立ち往生していることはわかるだろうが、それからどうするか。何しろ私と連絡のとりようがないのだ。

 国鉄の職員と近在の男たちが総出で除雪をして、漸く越後湯沢駅まで回送された列車は、臨時の上りで上野に引き返すグループと、除雪を待って金沢に向かうグループの二つに分かれることになった。私は、まだ若かったことや、月に一度の短い逢瀬に「短いひとときでも一緒にいたい」という思いが強く、迷わず金沢行きを選択。結局12時間遅れで雪の金沢駅に到着したのは既に夜7時であった。

 このとき、駅の改札口に彼女の姿を見つけたときの感動、こういうときの男って、意外と言葉を失い、興奮した自分の気持ちを表現できないもどかしさだけを味わうことになってしまうもののようだ。
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 なにはともあれ、あれから30年。越後湯沢発の特急《はくたか》は、当時とは違ってとてもモダンな列車になり、新幹線の乗り継ぎで金沢までたったの4時間半。乗り心地も格段に良くなって、これなら定年後も遠くまで旅行に行くのが全然苦にならないなと感じたことだった。美味しい駅弁を食べながら、車窓を流れ行く日本海の風景。隣には無論彼女が、つまり今の家内が坐っているに違いない。

Posted at 14:56  | この記事のURL
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店は客のためにある  [2006年05月25日(木) ]

【店は客のためにある】 (36)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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□□     2006/05/23 
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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.店がまえより心がまえ
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【1】 店がまえより心がまえ

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 皆さんのお住まいのそばに《イエローハット》というカー用品のお店はありますか? もしお見かけになることがありましたら、そのお店の前の道路を左右に200メートルくらい歩いてみてください。おそらくちり一つ落ちていないことと思います。お時間があれば、朝の散歩がてらに9時頃お店の前を通っていただきますと、店員さんが総出でお店の前と、周辺の道路の掃除をしている姿をみかけることでしょう。

 今では結構見かけるようになりました店先の掃除は、かつての日本では当たり前の光景でしたが、自分の店先だけではなく、周辺地域も含めて掃除をするというのは、気持ちはあってもなかなか実行するのは難しいと思います。

 イエローハットの鍵山秀三郎会長は、「トイレ掃除の社長」として一時有名になりましたが、「一心不乱にトイレの掃除をしていると、自分の心も洗われ、仕事のことが、人生の本質が見えてくる」のだと言います。

 立派な店構えのお店であっても、トイレを借りたとき、余りの汚さに唖然とするときがあります。トイレはその店の経営者の心を表わしているといっても過言ではありません。見てくれはどんなに良くても中身はぼろぼろというお店は、外見がいくら良くても繁昌することはありません。

 店がまえがきちんとしていて、それ相応に規模もあり、堂々としていて立派だということは、その店の経営者の自信のほどを示しているばかりではなく、日ごろの考え方があらわれているようで、お客に信頼される条件の一つとなっていることは間違いない。

 しかし、どんなに立派に見える大会社でも、とんでもない裏があるように、見かけだけで店が信用できるものではない。

 反対に裏通りの目立たない小さな店に、意外と多くのお客がついていて、知る人ぞ知るといった評判がある例も少なくはない。

 店がまえよりも、経営者の心がまえに信頼を寄せるお客がいかに多いかという話しは、どこの町にも一つや二つの実例があるはずだ。

 お客は自分の求めている商品を、できる限り信頼できる店から買いたいと考えている。

 だが、その判断の一番早い手がかりは、やはり店がまえである。だから、みんな店がまえを気にするのであろうが、本当に信頼できるのは、見かけではなく内容であり、商品にかかわる第一の条件は、何といってもそのお店の経営者の心がまえのいかんにかかわっているのではないだろうか。

(店主宝典より)

 お店の風格を表わすのが「店構え」。

 お家の風格を表わすのが「門構え」。

 人間の風格を表わすのが「面構え」。

 いずれも最初に目にするのが「〜〜構え」と呼ばれる部分。お店のことはトイレの話をしましたが、個人のお家はどうでしょう。立派な門扉があって、玄関までの踏み石を歩きながら丹精に手入れをされた植栽を見ていると「ああ、なんて素敵なお宅なんだろう」と思い、この家の主の人となりが偲ばれたり致します。ところが、玄関を入った途端、子供たちや住人の履物が脱ぎ散らかしてある、といった場面に出くわすことがあります。がっかりです。「履物を揃える」という何気ない行為には、その家庭の生活に向き合う姿勢が出てくると言います。子供たちにまでその躾が行き届いた家庭は、訪問したときの空気が違います。

 人間も同じですね。良い面構えの男性や、優しそうできれいな顔の女性なのに、つきあってみてがっかりすることがあります。心構えというと大袈裟かもしれませんが、やはりその人の内面性や人生に対する真摯な姿勢が何気ない言葉やしぐさに出てくるのかもしれません。

Posted at 06:01  | この記事のURL
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店は客のためにある  [2006年05月21日(日) ]

【店は客のためにある】 (35)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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1.理想の店
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【1】理想の店

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 大阪府池田市に《正弁丹吾》という変わった名前のお店があります。阪急電車の池田駅からすぐのところです。(大阪のミナミに《正弁丹吾亭》というお店がありますが別の経営です)

 この店のオーナーは平川好子さんと言いまして、3年ほど前に愛媛県の松山で平川さんの講演を聴く機会があり知己を得ました。

 幼い頃に父親の経営する食堂で手伝いを始めた頃、祖母と母親がひそひそと「死のうか」という相談をしているのを立ち聞きしてしまったときの貧しかった日々。その父親から店を継いだとき、暴力団から地上げの脅迫を受け、気丈にもこれを撃退。店で働く若者たちを自分の子供と同じように育て、そこから社会人として一人前の立派な人間を育ててきた長い長い歴史。

 池田のお店には2度お伺いしました。店員さんの一人ひとりがとても明るく元気で、まさに平川さんのパワーをそのまま仲介しているかのごとく店中に活気が溢れています。出てくるお料理もさすが食博で1位になっただけのことはある工夫に満ちた逸品が多く、この店のファンが多いわけがよくわかります。お店の人もお客さんも、ともに笑顔一杯で、食べることや飲むこと、唄を歌うことにこれほど幸せな人生があるのかというほど、みんなが満ち足りた時間を共有しているように感じました。

 平川さんという女性の素晴らしさは、彼女の自叙伝『〜ナニワ女の商いの道〜商売なめたらあかんで』に詳しく書かれていますので、ご興味のある方は是非ご一読ください。

 池田のお店に行かれる機会がありましたら「高知のとめさんに聞いた」と仰っていただきますと、ひょっとしたら良いことがあるかもしれません。

 店とは人のこころの喜びを創り出し、人間社会の幸福を守る砦なのである。店はお客に見せるところである。すべての商品をくまなく見せるようなのが本当の店である。

 どの店も働きよく設計されるより前に、まず買いよく設計されることが大切である。店とは、大衆の信頼と商人の誠実とが行き交う広場だから。

 店は発展のためにある。しかし店があっての商売ではない、商売のためにこそ店があるのである。

 店というものは、大衆の多数に幸福感がしみじみとあふれ、その消費者が幸福になるような買い物の場のことである。人間が汗水垂らして働いた勤労の報酬は、幸福なものでなければならない。

 そのことは、商店経営そのものが合理的で、健全であると共に、消費者にますます利用されることにより、蓄積されていく利潤によって、サービスその他の機能がいよいよ増強され、さらにお客のためになり、便利快活になって行き、社会の文化の向上に役立つようでなければならぬ。

 しかも愛する大衆も、経営するものも、そこで働く人も共にその生活文化が高まっていくために、もっと社会に役立つための利潤を要求すべきであり、利益をあげる責任がある。それが理想の店である。

(店主読本より)

「毎日の接客によって、いままで見ようともしなかったものが見えてくる。お客さんが背負っている生活や、心の奥の喜び、悲しみまで。それが見えてこそ、商売のプロになれるんや」

 平川さんの語録の一つです。

 毎日、毎日沢山の飲食店が、ブティックが、日本中のあちこちでオープンしています。どのお店も、日本一の繁昌店を目指してそれぞれの店主のありったけの思いを打ち込んだ店ばかりです。

 そんなお店も、半年たち、1年たつとどこにでもあるつまらないお店になってしまうことが多い。

「店とは、大衆の信頼と商人の誠実とが行き交う広場」なのですから、店主や店員と、お客さまとが人生を共有できるほどのつながりで支えられていなければならないのです。

Posted at 12:21  | この記事のURL
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店は客のためにある  [2006年05月19日(金) ]

【店は客のためにある】 (34)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.断じて滅びず
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【1】断じて滅びず

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 江戸時代後期の国学者平田篤胤(1776〜1843)が、開国を迫る諸外国の外圧を目の当たりにして、「正しきに依りて滅ぶる国あらば滅びてもよし 断じて滅びず」と唱え、これが後の尊皇攘夷論を支える柱となったと言われています。後世、新保民八がこの言葉を借りて訴えた次の文章が多くの商人に深い感動を与えました。

正しきに依りて滅ぶる店あらば滅びてもよし 断じて滅びず

 私はあくまでも正しき者の勝利を信ずる、と商業界がスタートして間もないころ、創業者の一人であった新保民八は、壇上から熱血ほとばしる言葉でつぎのように絶叫した。

「正しきに依りて滅ぶる店あらば滅びてもよし 断じて滅びず」

 この歌は、もともと幕末の志士平田篤胤が作ったものから借りたのであったが、新保氏はみごとにこれを現代の商人に訴える言葉として生かしたのであった。

 もしあなたが正しい商人として、信念ある商人として、科学性に立脚して、目標を正しく進んでいくのに対して受け入れないような世間であるならば、それはよこしまな社会じゃないか、邪悪な社会じゃないか、われわれが生きるに価値のない世間なのだ。だが、大衆は真実を求めている、としてこの歌の絶叫に続いたのだった。

 商業界精神の根底を貫く正商道の考え方は、「店は客のためにある」とする『商売十訓』に凝縮され、多くの優れた商人たちを励ましつづけてきた。
これからもそれはこの31文字と共に「商いの真理」として受け継がれて行くであろう。

(講演録・愛より)

 商業界ゼミナールは、60回目くらいまでは箱根で行われていました。新保民八先生の魂の奥底から絞り出すような、血を吐くような熱情に満ち溢れた講演を聴いて、商人たちは泣きながら箱根の山を下ったと言います。北海道から九州まで、後に名経営者と言われる人たちが新保民八先生の薫陶を受け、正しく生きる商人としての道を歩き始めたのです。

 昨年の夏、商業界のブログに掲載された暑中見舞いに次のような文章がありました。

 はじめはみな、小さな店だった。

 小さな店はまず、一人のお客さまを満足させた。
店の中には、人の心の美しさがいっぱいに満たされていた。

 やがて多くのお客さまたちに、さまざまな地域に、
小さな満足は広められていった。

 店は客のためにある。
 損得よりも善悪を先に考える。
 そのために滅びてもよし、断じて滅びず。

 ──この商業界精神を貫いた店々に繁栄がもたらされ、
この商業界精神に基づく技術を獲得した企業に利益が与えられた。

Posted at 05:50  | この記事のURL
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店は客のためにある  [2006年05月14日(日) ]

【店は客のためにある】 (33)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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      店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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□□     2006/05/14 
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1.不況は商人をきたえる
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【1】 不況は商人をきたえる

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 ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか。
私は久し振りに高知に帰郷し、家族と楽しい時間を過ごしてきました。長い休みが終わると、仕事が山のように溜まっており、ブログを書く時間を捻り出すのに1週間もかかってしまいました。

 今年のGWは、JR各社も航空会社も昨年を大幅に上回る乗客の伸びであったようで、日本経済が着実に回復・成長していることの証しであるとメディアも報道しています。

 ところが一方で、「景気が良いのは一部の大企業のみで、大多数の国民はまだまだ実感として景気が良くなったとは感じていない」という報道も多くみられます。

 戦後の「岩戸景気」や「いざなぎ景気」の時代は、国民の誰もが日々変わり行く回りの景色に感激し、自分たちの身の回りに新しい品物が続々と登場してそれを手に入れることができた。まさにこれをして「好景気」と言うことができたのだと思います。

 今、大多数の国民に「景気が良くなった」という実感が湧かないのは、人々の身の回りに物が溢れていて、欲しい物が見当たらない、つまり物質的に満足すべきモノが見つけられない、そこが不満であるということだからではないでしょうか。

「不況で餓死者が続出」だとか「スーパーに食べ物を求めて暴徒が乱入」などという事件が起きるならともかく、テレビのアホ番組が象徴するように、この国は間違いなく、(今のところ)幸福な時代を謳歌しているように思えるのですが。

 売れないことを不況のせいにするのは、よく売れる時代を自分の成果にする権利を放棄したことになる。

 不況期にこそ、消費者に得をさせ、この店こそ私たちの店と信じられるようにするいちばんの好機なのである。

 悩まなければ人間の魂は成長しない。不況に遭わない店には、永遠に大成はない。

 艱難が人を磨くように、不況は商人をきたえる。

(商業界20年より)

 1991年にバブルが崩壊してからの平成の大不況のことを『失われた10年』とよく言いますが、この10年間にお客さま一人ひとりの好みに合った品揃えを心がけ、新しい商品を紹介し、欲しい物を、欲しい時に、欲しいだけ提供し続けてきたお店が、近頃とっても繁昌しています。

 モノが売れないのは不況のせいでも、品物のせいでもありません。売ろうとしないあなた、売り方を工夫しないあなたのお店をお客さまが見限ったというだけのことです。

 面白い話があります。右の写真は《葛西臨海公園》にありますわが国最大級の直径110メートルの観覧車です。

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                                                   下の写真は、《お台場》にある直径100メートルの観覧車。どちらも殆ど同じ大きさで、どちらも東京湾の素敵な景色や都心の眺めを楽しむことができます。この二つの観覧車。条件はだいたい同じと言ってよいのに、葛西のほうは閑古鳥が鳴いています。何故だと思いますか?
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                                                                   観覧車と言えば、家族連れかカップルと相場が決まっています。背広を着たおじさんが一人で乗ると不気味です。美しい夜景や海を見ながら、狭い狭い空間の中で、若いアベックが二人。ほんの10分間ほどの短い時間に「二人だけ」が共有する場所ということで、観覧車はまさに男も、女も「勝負をかける場」でもあるのです。

 その神聖な二人だけの場に、開業時の大盛況に気を良くした葛西側の経営者は、あろうことか『相席』という愚をやってしまいました。そりゃあ二人より4人乗せたほうが倍もうかるのは解りますよ。でもねえ、勝負の場に他人が一緒というのは、どう考えてもダメですよねえ。

 で、その後、葛西の観覧車はアベックに見放されてしまったというわけです。因みに、葛西の観覧車のホームページには最近こんな文章が書かれています。

ダイヤと花の大観覧車は相席が廃止されました!
これからはカップルやご家族だけでゴンドラを独占して乗ることが出来ます。

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お花見だんご  [2006年04月30日(日) ]


mさん

こんなのはどうでしょう

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店は客のためにある  [2006年04月30日(日) ]

【店は客のためにある】 (32)
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。

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      店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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□□     2006/04/30 
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◆◆  目   次  ─────────────────────────

1.誇り高き商人
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【1】誇り高き商人

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 倉本長治先生は、『昭和の石田梅岩』と言われるほど商いの本質を追及されましたから、江戸時代の「士農工商」という身分制度が、当時の権力によってでっち上げられた謂れなき差別制度であることに深い悲しみを抱いておられたことと思います。

 今の小中学校の授業では「士農工商」をどう教えているのか、私の子供の頃は、江戸時代はさむらいが支配する世の中であったが、年貢(=米)の石高によってさむらいの力や支配する国の豊かさが規定されていた。ということは、さむらいの社会を維持するためには、農民がしっかりと働いて米をせっせと作ることが何よりも重要であった。その農民からの搾取がさむらいの専らの仕事であったが、農民に不満を抱かせないために「お前の下にはもっと位の低い職人(=工)がおり、さらにその下には商人(あきんど)という身分の者がおるのだぞ」と言い聞かせた、と教えてもらったように記憶しています。

 そもそも「士農工商」という言葉は、古い中国の文献に出ているようですが、それは本来身分ではなく、仕事の区分であったのです。

 石田梅岩(1685〜1744年) は、このことについて、「商人は、貨幣流通と物資の交易という仕事を通じて、国家とそして人々の役に立ち、さらに人々が心安くして暮らせるように働いている。商人がみな農工になれば、金を流通させ、物を交易するものがなくなり、世の中すべての人が困る。士農工商は身分の上下ではなく、職分の区分であり、四民の一つとして、他と対等である。むしろ、他に抜きん出て、世の中の役にたつという心意気と誇りを持つべきである」と、商人の社会的な使命観と誇りを持つことの大切さを説いています。

 商いとは、人々の役に立つことです。すべての仕事は人々の役に立つためにあります。「私は商人です」と、大きく胸を張って、誇り高く生きていける、そういう商人になりたいと思います。

 士農工商と言って、商人は長いあいだ世の中ではいちばん下に見られてきた。だから人間としての誇りなどと言うこととは縁が薄い存在であった。
 
 しかし中国の古い物語のなかには、立派な商人の話がいくつも出てくる。これもその一つである。

 孔子が死んでから5、60年も経ってからのことかと思われる。魏という国に文侯という王がいた。町を巡視している際、ある商人の店の前を通るときに、王はいつも居ずまいを正して最敬礼するのであった。

 あるとき、大臣の一人がその理由を尋ねると、王は次のように答えた。

「君たちは名誉と俸給のために大臣の椅子についているが、あの商人は、その商売を天職と感じ、王の支援もなく、独力で商売を通じて民衆の幸福に奉仕している。かつて、官途につくよう要請したことがあるが、彼は自分の商売に信念と誇りを持っていて、応じようとはしなかった。みごとな人物と、日ごろから尊敬の念を禁じ得ないので、王は住まいの前を通るたびに敬意を表しているのだ」

 これは、いまから2002、3百年も昔の話だから、その商人の段干木という名前もあまり知られてはいないけれど、いい話じゃないか。

(商業界20年より)

 別のブログである方が「現代も、役に立たないのに威張っている人たちいますよね」と書かれていましたが、さむらいの世はお代官、現代は役人。昔も今も立派な役人さんはいましたが、腐敗の巣となるのは悪徳商人と甘い汁を吸う役人と相場が決まっています。

 平成の《桃太郎侍》よ、来たれ! というところでしょうか。

Posted at 16:12  | この記事のURL
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