【店は客のためにある】 (40) font> span> p> (商業界二十年より) font> p>
正しく生きる商人道を極めましょう。
お客様が心から喜ばれるお店づくりの一助となればと思い、商業界創業者《倉本長治》先生の遺訓を共に学んで行きたいと思います。
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店│は│客│の│た│め│に│あ│る│
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□□□ (40)
□□ 2006/06/25
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◆◆ 目 次 ─────────────────────────
1.いつでも何かを学ぼう
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【1】 いつでも何かを学ぼう font>
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このブログに参加されている皆さんはとても勉強家ですから、今さら言うまでもないことですが、人間死ぬまで学び続けなければならない、とは誰の言葉であったでしょうか。
よく本を読み、人と活発に会話を楽しむ人は歳を取らないと言います。勉強を続けることによって脳の働きが活発になり、それが若さを保つホルモンに作用するのでしょう。
商売でも同じことが言えます。社長を始め社員がよく勉強している企業やお店は、店の雰囲気がいつも明るく、働く社員の姿も生き生きしています。これに対して、社長はゴルフと酒の接待三昧、社員は漫画とケータイが生きがいという会社は、一見繁昌しているように見えても、どこかしら社内の雰囲気が殺伐としており、書類は散らかし放題、どうかするとこのご時世だというのに灰皿にタバコの消しカスが山のようになっていたりします。
「勝ち組」「負け組」という言葉は余り好きではありませんが、継続的に学びを続けている人間がそれなりの成果をあげるのは当然であり、ぐうたらな生活態度ゆえに貧しい人生を送らなければならぬ者が「格差の是正」を叫ぶのはちとおかしいのではないでしょうか。
「いつでも何かを学ぼう」というこの言葉は、孔子の「学ぶに如かず」をはじめとして昔から世界中にあったが、ワナメーカーが語るときほど痛切なことは少ない。
近代の商業倫理を身をもって実践して見せたジョン・ワナメーカー(1838〜1922年)は、アメリカの近代的百貨店の祖といわれた人物であったが、自分が教育を受けなかったので終生、学び且つ考え、書くということに努めた。
何でも学べ、頭脳を使え、と常に店員を激励し続け、「よく考えているうちに人間が成長する」とも「毎日が生きた学校」「商店は市民の教室」などという自分自身が学び通した体験のにじみ込んでいるような言葉が好きだった。
今から6、70年も前に店員学校を作り、良い店員である前に良き市民たれと教えた。
そうして、「正直な魂のみが正直な商売を行う」ことを主張して、商売から一切の虚偽、不明朗を駆逐することにより、世界の商人の社会的信用を建設したのだった。 font>
ジョン・ワナメーカーには次のような逸話があります。
ある日、ワナメーカーが経営するデパートの店員募集の広告を見て、一人の青年がやってきました。みずから面接したワナメーカーは、彼に幾つかの質問をしますが、青年の返答は、
「イエス、○○○」
「ノー、○○○」
と、歯切れよく適切に即答して少しの誤りもありませんでした。
体格も立派だし、学力も十分。
居合わせた他の役員は、この青年の採用を確信して疑いませんでした。
ところがどうしてか、ワナメーカーはこの青年を不合格にしたのです。
「たいそう、よい青年のようでしたが、どこかお気に召さないところがありましたか」
側近の一人が訝しげに尋ねたところ、ワナメーカーは、こう言いました。
「あの青年は、私の質問に、『イエス、ノー』と、ぶっきらぼうに言うばかりで『イエス・サー、ノー・サー』(敬称)と丁寧な物言いをしなかった。あんなふうではきっと、お客に親切を欠くことがあるにちがいない。親切第一がモットーの私の店には、雇うわけにはゆかないのだよ」
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at 06:47
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