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ネギは、効く。  [2010年02月07日(日) ]
古来から薬味と呼ばれていることでもその薬効が知られていたのがネギ。とてもポピュラーでありながら、サラダの素材になることもなく、なんとなく脇役的に扱われることの多い野菜だ。

ワタシは最近の新聞で、動物園のチンパンジーにこの長ネギを沢山食べさせて風邪予防に効果をあげているという記事を見つけ気になっていた。ポイントは「長ネギを丸ごと沢山食べる」というところ。普段は薬味と称して付け合わせ的に少量を口にする場面がほとんどだが、このチンパンジー君にあやかって、長ネギオンリーのサラダにトライしてみた。
レシピは至ってシンプル。今が旬のつやつやの長ネギを簡単に水洗いして、そのまま一本をざく切りに。それに好みのドレッシングを適量掛け、少量の柚子胡椒を“薬味”にしてそのままサラダ感覚で食べるだけ。鼻からツンと抜ける新鮮なネギ独特の刺激に加え、いかにも体全体に効きそうな薬味らしい心地よい苦み。そして、火を加えないネギ特有のシャキッとした歯応え。さすが、この厳冬に採れた野菜ならではの風味と食感が口全体、いや、体全体に広がり、その効能が染み込む感じがする。
驚いたのはその効き目。この“シンプル・ネギサラダ”をここ2ヶ月ほど週に1〜2回食べているのだが、いつにない厳しい寒さの冬にもかかわらず、風邪っ気とはまるで無縁の日々が続いてる。これはやはりネギの御利益なのか、と感心しきりのそんな中、気になる新聞記事をまた見つけた。

■「ネギが風邪予防に効く」は本当 「A型インフル」感染抑制作用発見

これまで科学的根拠はなかったとされる、ネギが風邪の予防や鎮静に効くとの昔からの言い伝えをマウス実験で立証した富山大学・林先生のインタビュー記事だ。
それによると、ネギの抽出物を投与したマウスに高いウイルス増殖抑制作用があることがわかったという。抗体が気道や血中で3倍も増えたというから、その薬効はホンモノなのだろう。

風邪は万病のもと、などと言うが、その予防に安価で美味しい長ネギが役に立つのであれば、厳冬の今だけではなく、継続的な健康維持のためにもネギをもっと摂るようにしてもいいのかも知れない。

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さよなら、デパート。  [2010年01月31日(日) ]
自宅近くに「高島屋」と「そごう」がある。いずれも千葉県で乗降客数の最も多い駅のひとつ、常磐線・柏駅前という好立地にあるデパートだ。週末、久々にネクタイなど買おうと柏・そごうへ。ところが土曜午後というのに、売り場には客はまばらで、客の数より多いかも知れない店員サンが売り場のあちこちに立っている。そしてフロアと壁にびっしりと陳列された商品の群。
このシーン。メーカー的に表現すると、余剰人員と不良在庫のヤマ、といった印象だ。

ここ数日、そんな繁華街でのデパート閉店報道が相次いだ。東京で最も、いや世界でも指折りの繁華街・銀座のしかも目抜きにある有楽町西武が今年限りで閉店するという。一方、京都では四条河原町阪急を今秋閉店すると発表。さらに三越は札幌にある専門店「札幌アルタ」閉店を決めた。これらはいずれも大都市中心街の人気スポットだったはずのデパートだ。先行する地方都市での老舗百貨店の閉店に続き、いよいよデパートという業態自体の縮小と消滅が本格化してきたように思える。

かつてはデパートへ行くこと自体が楽しみの時代があった。東京・中野にいた幼いころ、休日の楽しみと言えば、親に連れられて新宿の伊勢丹へ行くことだった。当時は結構ビンボーだったので、いつも買い物をする訳ではなく、往復30円のバスに乗って屋上の無料遊園地で時間をつぶすのだが、それでも満足は頂点に達していた。いつか伊勢丹で買い物ができるようになりたい。そんな憧れと、実際にデパートで買い物をしたときの満足感。ひょっとしてそれ自体、まだデパートが売上げを伸ばしていた20年以上も前にすでに消えつつあった過去の“思い出”なのかも知れない。

昨今のデパート閉店報道や、実際に売り場へ行って見る閑古鳥シーン。ブランドやイメージが重要なファクターなはずのデパート商売にとって、こういう“負の姿”が公にさらされることで、さらに客離れに拍車がかかるのではないだろうか。

そう言えば柏・そごうでのネクタイ購入。デパートでの買い物がいつ以来のことなのか、思い出せなかった。

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鉛筆を、使ってみれば。  [2010年01月23日(土) ]
最近、原稿用紙に手書きで文章を書く機会があり、ここは鉛筆の出番と思い立った。
エンピツ。そう言えば最後に使ったのがいつ頃なのかも思い出せないほど、長いこと手にしていない。会社ではもちろんのこと、家でもたまにシャープペンシルを使うことはあっても、昔ながらの鉛筆を使うシーンはまずないし、そもそも身の回りから消えてしまっている。

そこで、自宅近くの100円ショップへ行くと結構な品揃えに驚いた。1ダース入ったお買い得系のものや昔懐かしい「トンボ鉛筆」3本入り、赤や青の丸い色鉛筆のほか、関連商品では何種類もの鉛筆削りや消しゴム、チビたときに使う延長パイプ=補助軸、エクステンダーと呼ぶらしい=まで、100円で買える鉛筆関係グッズが山ほど売られていた。
トンボの「2B」鉛筆と、手回しハンドルのついた超ミニサイズの鉛筆削りを買って帰り、さっそく削った鉛筆を手に原稿用紙に向かった。30年以上は手にしていなかっただけに、鉛筆自体の触感と軽快さ、そしてなんとも懐かしいその香りに、鉛筆しか使っていなかった小さいころを思い出した。

これも変なハナシだが、あらかじめパソコンで用意した原稿を見ながら、清書気分で鉛筆で原稿用紙一マスずつ文字を埋めていく。そうすると、文章を推敲しようとする気持ちと、文字をきちんと書こうとする思いが重なり、普段パソコンのキーボードで作文するガサツモードと明らかにちがう“覚悟”が鉛筆を持つ構えに生まれるように感じた。
鉛筆はいわゆる「とめ・はね・はらい」といった文字表現ができることにくわえて、筆圧の加減で線の太さや濃淡をコントロールすることができるので、ボールペンやシャープペンシルでは表現しきれない独特の“表情づけ”が可能なこともあらためて認識した。

日本語の文字はひらがな、カタカナにくわえ“象形文字”系の漢字で成り立っているので、文字や文章を「かたち」で表現したり「絵柄」として楽しんだりする文化が古くからあるように思う。昨今、墨や毛筆の魅力が取り沙汰され、書道がちょっとしたブームになっているらしいが、日本古来の手書き文字を楽しむ文化に手軽に応えることのできる『エンピツ』は、もっと見直されていいのではないだろうか。

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ペンタックスとビートルズ。  [2010年01月17日(日) ]
カメラに興味をもって約40年。小学生3年生のときに『フジペット』を親に買い与えてもらって以来、いろんなカメラを使ってきたが、どういう訳だか“変革期”に登場するのがペンタックスだ。
写真を趣味としてキチンとやりたいと思った中学2年のときに入手したのが『アサヒペンタックスSP』。当時、小型1眼レフの人気機種で、ワタシはこのカメラを手に、学校をサボっては夜行列車に乗りSLの写真をあちこちに撮りに行った。その後高校へ進むと今度は大判カメラが欲しくなり、生意気にも『ペンタックス6×7』を手に入れ、大学時代までコレを使い倒した。

その後フィルムからデジタルへ移り、そろそろデジカメを試そうと思い買ったのがコンパクトデジカメ『ペンタックス・オプティオS4』。そしてつい最近、初のデジタル一眼が『ペンタックスK-x』。
とくに意識してペンタックスにこだわってきた訳ではないけれど、ワタシの写真趣味の節目でペンタックスを選んだのは、小型・軽量、高性能で扱いやすく安価なことがその理由だ。プロの酷使を想定した頑強をウリにするニコンやキャノンの製品と違い、フツーの人がフツーに使って良く撮れる小型カメラ、という“相応感”がペンタックスの身上のように思う。

そんなペンタックスの手頃さが、60年代のヨーロッパの音楽家にウケていた事実は面白い。ひとつはクラシック界の帝王カラヤン率いるベルリンフィルハーモニー管弦楽団が1966年に来日した際のこと。郷里ドイツへの手土産として、カラヤンと団員の全員が免税店で『ペンタックスSP』を買って行ったという話は有名だ。そしてもう一つがポピュラー界の“帝王”ザ・ビートルズのメンバーがペンタックス好きだったということ。
ポール・マッカートニーは“THE BEATLES ANTHOLOGY”の中の1964年2月のアメリカ訪問を回想するインタビューで“We took a lot of photos,We were like tourists with our Pentax cameras.”とハッキリ言っている。その年に公開され大ヒットした映画“A Hard Day's Night”では、リンゴが長いレリーズでセルフ・ポートレートを撮ろうとして「池ポチャ」の失敗をするカメラが、ペンタックスSVのブラックだ。
米国ペンタックス・イメージング社社長のNED BUNNELL氏のブログでは、ジョージがやはり外付け露出計の付いたペンタックスSVを扱っている写真が紹介されている。また、ペンタックスの巨大張りぼてを背景にビートルズが唄う映像も残されていて、彼らの余程のお気に入りアイテムだったのだろう。

カラヤンもビートルズのメンバーも、お金を節約しなければいけない人たちではないのに、高価なライカやニコンではなく、安価で手頃なペンタックスのファンだったこと。そんな逸話からだけでも、ペンタックスの価値を感じ取ることができる。

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日本最低の、分水嶺。  [2010年01月09日(土) ]
雨水を太平洋側と日本海側に分ける分水嶺。日本列島の端から端までを一本の線で結ぶ5000qにもおよぶ長大な稜線だ。ワタシは昔から、この分水嶺という言葉の響きが好きで、普段は簡単に到達することができないような深山を想像したりするのだが、兵庫の内陸に海抜100mにも達しない「日本一低い分水嶺」があるということを知り、正月休みに独りブラリ旅をした。

尼崎からJR福知山線に乗って2時間弱のところに目的地近くの石生(いそう)駅がある。かつてはSLが活躍していたこの線も電化されて久しいが、駅は今にもSL列車がゆっくりと入線して来そうなレトロな雰囲気。お目当ての分水エリアは駅から歩いて10分ほどの場所にあった。

分水嶺と言っても人の近づけないような山奥ではなく、幹線自動車道が通り、民家が軒を連ねる普通の街だ。なのでその呼び名も「嶺」ではなく、「分水界」と言うらしい。
この丹波の街中に1qほど伸びる日本一低所の分水嶺があり、それにほぼ沿うかたちで小川が流れているのだが、途中で左に分かれた水流は約70q南の瀬戸内海へ、右へ行く流れは約70q北の日本海へと降りて行く。
付近には分水嶺にちなんだ「水分れ(みわかれ)」という地名も付けられ、そばに日本最低所を記念した「水分れ公園」も造られている。

面白いのは、ちょうど分流ライン上に建つ料亭旅館「大和」。その屋根のそれぞれの斜面に降る雨が一方は加古川経由で太平洋へ、他方が由良川を経て日本海へと流れて行くとか。また、これはもちろん仮説だが、もしも日本の海面水位が100m上昇すると、この付近を境にして本州が二つの島に分断されることになるという、少しSFっぽいネタも提供してくれる。
低い標高で日本海側と瀬戸内を結ぶこの一帯は「氷上回廊」と呼ばれ、古くから動植物や文化が南北に行き交い、このエリア独特の歴史や生態系がつくられているんだそうだ。

分水エリア近くの山へ少し分け入ると、そこには美しい杉の森林が広がり、いたる所で湧き水が流れ出ている。日本のどこにでもありそうなひっそりとした風景だが、兵庫の内陸にある興味深い場所で、新年の鋭気を得ることができた一日だった。

Posted at 21:42  | この記事のURL
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00年代の終りの日に。  [2009年12月31日(木) ]
われわれIT屋にとって10年前の今日は忘れられない日だ。2000年問題といって、西暦1999年から2000年に切り替わる瞬間に、世界中のコンピューターが誤動作を起こして予期しないことがあちこちで起こるかも知れない、という風説レベルのものまで含めた騒動になった。
オンラインシステムや交通機関に支障がでる、などまだカワイイもんで、ミサイルが誤発射されるなんてブッソウなものまであった。
結局天からは何も落ちてこず、まさに杞憂に終わったのは幸いだったが、そんな大騒ぎの幕開けが象徴するかのように、この00年代は混迷の10年だったように思う。

今朝の朝日新聞・天声人語によると、90年代がナインティーズなら、00〜09年の、つまり本日で終わる00年代をどう呼ぶかが米国で話題になっているんだそうだ。例えばフィフティーズとかセブンティーズ、日本語では50年代、70年代などと言うとその時代背景やら流行りごとといった一連の「時代の風景」がよみがえるように思うのだが、ゼロズ、とか、ダブルオーズ、といったネーミング案からしてしっくりこないこの00年代。社会、経済、政治、すべてにわたって00という数字が象徴するような進歩があまり感じられない、虚ろな10年間だったのようにも思える。

さて、年があらたまる今日。混迷と空虚の00年代も桁が上がってキリ良く2010年になり、心機一転の期待がもてるのだろうか。
ここはひとつ、世の中の動きから暫しのあいだ距離を置き、明日からの10年代をどう実りのある10年間にすることができるのか、たまにはマジメに考える年越しとしてみたい。

みなさまにとって実り多い10年となりますよう。
良い新年をお迎えください。

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餃子の王将とユニクロ。  [2009年12月27日(日) ]
職場の近くに『餃子の王将』がある。昼食を摂りにたまに入るのだが、12時過ぎに行くと、いつも店舗入り口に順番待ちの客がいて店内はもちろん満員。ただ、回転も速いのでたいして待つことなく美味しい料理にありつくことができる。
一方、自宅の近くに『ユニクロ』がある。先日、新聞の折り込み広告にほだされて色違いの「ヒートテックTシャツ」2枚と家着の「スウェットセット」を購入。フル回転だが大行列のレジに少しの時間並んで“まとめ買い”の大袋を抱えて帰った。

この『餃子の王将』と『ユニクロ』。昨今のトンデモ不況を尻目に高収益をあげ続ける超優良企業だ。ワタシ自身“利用者”として、その元気の理由をさぐってみた。

理由その1。安い。ニンゲン生きる上での基本を「衣食住」と言うけれど、とくにこんな世の中になると、それらに対するコスト意識が最優先に働く。その意味でジャストフィット。ただ、この2社の特徴は単に安いだけではなく「この価格にしてこの満足」というところがポイント。

理由その2。宣伝がうまい。とくにユニクロは新聞折り込みやTV-CMで常にメッセージを発信し、商品の魅力訴求につとめている。ワタシもそれにひっかかったひとり。ただ、両社共通しているのは店舗内での宣伝の巧さ。メディアでの宣伝コピーに連動したポスターを掲げ、来店客へ“ダメ押し”キャッチコピーで購買意欲をそそらせる。

理由その3。いろんな世代の客が来ている。老若男女という古風な言い方があるが、まさに顧客層を問わない品揃えと店舗設計で千客万来(これも古風・・・)のための演出に成功している。

理由その4。期間限定が上手。「今月のテーマ料理」「フリースセット期間限定価格」などなど、“今なら”系プロモーションにすぐやられる我々のスキをきちんと突いてくる。そして、次はなんだろう?の期待に継続的に応えている。その結果、リピーター醸成に成功。

理由その5。店内に居て楽しい。王将ではカウンターから眺める厨房で勢いよく料理を作る様子を見ているだけでも飽きない。ユニクロではカラフルでバリエーション豊かな商品を見ているだけでワクワクしてくる。双方、どんなに混んでいても店員サンの応対が丁寧。

他にいくつも挙げられるだろうが、共通して言えるのは、顧客の満足を継続的に適価で提供しているということだろうか。じつはこれ、古今の商売に必須の条件のように思える。逆に、儲かっている企業が少ないということは、この原理から遠ざかっている商売があまりに多いということだろうか。

今年は激動のうえ、不景気で明け暮れたように思うが、せめて美味しいのもを食べ新しい服を着て、楽しい気分で新年を迎えたい。これって幸せの原点かも知れませんね!

Posted at 11:53  | この記事のURL
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ザ・ラスト・ブレンデルを聴く。  [2009年12月20日(日) ]
あるクラシック楽曲を初めて耳にするとき、だれの演奏で聴くかがとても重要に思う。同じ原曲でも、演奏者の解釈やコンディションで随分印象が変わる。始めに聴いた演奏が自分にとってのその楽曲の“定番=スタンダード”となるからだ。
ピアノ音楽が好きなワタシは、その“マイ定番ピアノ曲”を、この大御所の録音で多くを得てきた。それはアルフレート・ブレンデル。この巨匠ピアニストの弾くベートーヴェン、モーツアルト、シューベルトなどドイツ〜オーストリア系の王道古典楽曲の数々の録音は、美しく、安定的で、奥深い感銘をいつも与えてくれた。

そのブレンデルが60年間のピアニスト活動に終止符を打ち、ちょうど1年前の2008年12月18日のウィーンでの演奏会をもって引退。そのときのライヴ録音が、その4日前にハノーバーで行なわれた最後のソロ・リサイタルの様子とともに2枚組CDとしてリリースされた。このCD「アルフレート・ブレンデル ザ・フェアウェル・コンサート」には、件の3人の作曲家に加え、ハイドン、バッハを加えたまさにブレンデルの真骨頂を堪能できる「お別れ演奏」が収められている。とは言っても、けして枯れきったような演奏ではまるでなく、「なんで止めちゃうの?」と思わせる美しく力強い現役振りだ。

ワタシは、演奏そのものの素晴らしさもさることながら、この最後のコンサートでのブレンデルの選曲を面白く感じた。そこには作曲家最後の作品で引退ムードをあおるような様子はまるでない。ウィーン・フィルをバックに弾いたモーツアルトの第9番協奏曲「ジュノム」。普通この場面で選ぶピアノ協奏曲は第20番以降の“晩年”の名品だろう。しかし、ブレンデルがその最後のステージで披露したのは、作曲者21歳のときの野心的作品だ。冒頭からいきなりピアノが“返事”をすることで度肝を抜く第1楽章、深み漂うハ短調の第2楽章、第3楽章ではロンドにメヌエットを挿入するという斬新な構造の佳曲。これはいかにもブレンデルらしいセレクトだと思った。
そのほか、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第13番やアンコールて弾いたバガテル作品33、モーツアルト のピアノ・ソナタK.533/494は、ともに作曲者30歳頃の壮年の名曲。また、ブレンデル十八番のシューベルトは、この早世の天才作曲家の「遺作」ながらもピアノ・ソナタ第21番作品960とアンコールで聴かせたお馴染みの即興曲作品988。ともに30歳のころの作品だ。比較的長生きをしたハイドンだが、ブレンデルの採り上げた「アンダンテとヴァリエーション」は、作曲者61歳の円熟の名曲。
それぞれ定番系ながらも、独創性に富み、新鮮な感動を与えてくれる楽曲を、ブレンデルの円熟の技と心が、最上の音楽として響かせる、感動のライヴ録音だ。
ソロ・コンサートで最後に弾いたのは、現役時代殆ど採り上げることのなかったバッハ。ここでその「コラール前奏曲」を選んだのは、彼のバッハに対する畏敬もさることながら、ブレンデルの師匠でありバッハ演奏の権威でもあったエドウィン・フィッシャーへの強い思慕のように感じた。

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サライSブロガー、はじまる。  [2009年12月12日(土) ]
今年創刊20周年を迎えた小学館発行の「サライ」。シニア世代に向けたクォリティー・マガジンとして毎号充実した誌面で高品位な情報を発信している。この「サライ」がこの7月に大手インターネットプロバイダーのニフティと組んでWebサライという雑誌連動のブログメディアを開設した。

そしてそのWebサライで、サライ本誌で採り上げる分野にちなんだテーマでブログを運営する個人ブロガー組織サライSブロガーが一昨日からスタート。今回縁あってワタシのブログも紹介いただけることになり、9人のお仲間とご一緒させていただいた。まずはこの場でニフティと小学館の編集者の方々にお礼申しあげます。

インターネットが一般に浸透して10年以上が経ち、とくにここ2〜3年はネットが主役のメディア大変革が進んでいる。とりわけその変革のなかで紙媒体の存亡の危機をささやく向きもあるようだが、ワタシは違うと思っている。もともと紙媒体は電波やネットが台頭する以前から永年淘汰を繰り返しながら発展し我々の生活に深く浸透してきた。そして、ネット興隆の昨今においても、人間が手と眼を使って活動し、脚を使って行動する限り、紙媒体は人間にとって必要であり続けると思う。
古くからの紙媒体とあたらしいWebメディア。それぞれの良さを発揮しながら、ある部分はいさぎよく競合し、ある部分は仲よく補完し合う。そんな関係で互いを磨きあうことが、発信者にとっても受け手にとってもより大きな利益をもたらすように思える。
Webメディアは“鮮度”が命なら、紙媒体は“深度”が身上。Webは多少粗削りであっても、いつもホットであってほしいし、紙メディアは常にホットでなくても上質で丁寧につくられているのが良い。だから、人間の「早く知りたい、深く知りたい」というワガママに応えるためには、今後も紙媒体とWebメディアそれぞれが元気であり続けてほしい。そしてこのWebサライも、そんな要求に応える、時宜にかなったブログメディアだと思う。

小学館の「サライ」は「わが国初、大人の生活誌」を謳っている。その「生活」を分解すると「生きる」と「活かす」。人間の日常活動にとってのこの“ふたつの構え”に必要な養分をもたらし続けることがメディアの役割のように思える。

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ビートルズ、スティル・アライヴ。  [2009年12月05日(土) ]
12月8日はジョン・レノンの命日。この週末は、毎年その日を記念してビートルズファンが集まる恒例宴会だった。ワタシの会社の宣伝部や広報室の仲間に加え、仕事でお世話になった方々と一緒に、かれこれ15年以上も続く、ジョン・レノン追善忘年会だ。参加ルールは至ってシンプル。1つ目はビートルズが好きなこと。2つ目はジョンが作って歌った曲をひたすら歌うこと。ただ、この2番目が結構難しい。
ザ・ビートルズの楽曲の約8割は“レノン=マッカートニー”クレジットの共作なので、ジョン主体で作った曲を判定するのは案外簡単ではない。だから、ワインで酔いがまわってくれば、そんな2番目のルールはたやすく破られ、みんな自分のお気に入りビートルズ・ソングを唄い、みんなでひたすら盛り上がる。

今年あったビートル・ファンにとってのビッグニュースと言えば全楽曲がリマスタリングされたことだろう。9月9日にリリースされるや、ワタシも全曲セットを即入手し携帯プレーヤーに入れてヒマさえあれば聴いた。どんな技術で40年以上も昔の音源を改善したのかはわからないが、聴いてまず驚いたのは、単に音が良くなったことではなく、メンバー4人の演奏と歌声が個別にキチンと耳に入ってくる、ということだ。そして、そのことで新たに気づいたことは、彼らの演奏と歌唱がとてつもなく丁寧に行なわれ、曲が仕上げられているということ。これは新鮮な発見だった。
特に、リンゴ・スターのドラムさばきの素晴らしさとポール・マッカートニーのベーシストとしての巧さ。これは過去充分聞き取れていなかったように感じた。とりわけリンゴは、曲を供給した他のメンバー3人の無理難題に文句ひとつ言わず、独特の“溜め込み感”と“ドライヴ感”で完璧にこなしている。あーうしろにリンゴがいてくれて良かったぁ〜、なんて思ってしまった。

もう一つ、このリマスター盤を聴いて思ったこと。それは世に散在する古い音源すべてが、同様のリマスタリング技術でビートルズの場合と同じ感動をもたらしてくれる音楽に生まれ変わる可能性がある、ということだ。
名作映画のリマスター同様、名曲とか名演奏と言われる多くの古い音源が、最新のデジタル技術で蘇るのであれば、音楽好きにとってこの上なく嬉しいこと。カラオケ店で流れる平板な“ビートルズサウンド”を聞くにつけ、名作オリジナル楽曲の価値を思わずにはいられない。

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