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ふるさとは幻の中 [2008年03月18日(火) ]

 近々娘が東京へ引っ越すので、地図を買った。
大きな東京全図を広げてみれば、東京都心はいつ何が起こっても不思議はないくらいの漠然とした恐ろしさを感じる。
そして、あちらこちらに懐かしい地名を探して、今となっては確かめようのない幼いころと、さらに昔の父母が生まれ育った頃のそのあたり・・・。
父が26年前に幼かったころを回想して書いたものが出てきた。
明治38年生まれの父が少年のころ、東京府八王子市から、日に一度だけでる馬車にたった一度だけ乗った話がある。”初めて乗る馬車はうれしかった。山合の道を走ったり、歩いたり、御者のラッパを聞きながら幾時間か、やがて五日市についた”
母は、南多摩郡の高尾山のふもとから、関東大震災に赤く燃える空を遠く眺めていたと言っていたっけ。幼いころ2度だけ行ったことのある母の里は、バスが、もうもうと土煙をあげて走り去ったな〜。
その後、そのころの東京市向島区で東京大空襲に会い、修羅場をくぐりぬけてきた父母。兄、姉たちは、疎開と買いだしで苦労したんだなぁ・・・。焼夷弾の話、荒川へ飛び込む人たちの話、荒川にかかる鉄橋を歩いて渡るときに、枕木がところどころ抜けていて怖かった話、などを“戦争の話をして”とよくねだったものだったが、まだまだ記憶に新しいことだったんだなぁとしばらくしてから気がついたものだった。
姉は貸自転車を借りたり、それに乗って、くずのウエハースや、お煎餅を風呂敷いっぱい安く(10円)買ってきたり、母は、焼け跡でトウモロコシやインゲン豆やキュウリなどを上手にそだてていたし、父は、荒川へ毎朝釣りにでかけ、ウナギを釣ってきた。時々母に連れられて行った浅草では、傷痍軍人の松葉づえ、アコーディオン、募金箱などがかすかに思い出される。
飛行機からビラがひらひらと舞い降りてきたこととか、堀切橋を渡る時は、よく、どざえもんだー!という叫びに、人々が、上手の欄干から、下手の欄干へ移りながら、たぶん流れていく人の頭が見えていたように思う。
バッタを追いかけたり、クローバーを摘んだ土手は、今は車がびゅんびゅん行きかっているらしい。神戸に引っ越すまでの6,7歳のあれこれが、私の人生で一番大切な思い出。

 娘が東京にいる間に行ってみたいけれど、あまりの変化にがっかりするのも怖いような気もする。

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コメント



von Jagfeldさん

 こんにちは。お久しぶりです。
von Jagfeldさんは昭和24年に東京にいらっしゃったのですね。私はまだおりましたよ。3歳でした。
銀座の柳や、チンチン電車、をかすかに覚えています。
27,8年の神戸はまだまだ戦争の傷跡が残っていて、私たちのいい遊び場でした。
その頃の神戸が今はどこに残っているでしょうか。諏訪山、異人館あたりはまだ残っているほうでしょうね。でも、異人館のあたりも残念ながらマンションンが増えました。
Posted by:そよ風  at 2008年03月28日(金) 11:19

そよ風様

僕もルルさま同様あなたが神戸の方だとばかり思っておりました。東京生まれだったのですね。
でも神戸にかなりいらっしゃるのでしょうから、また今の神戸のことをいろいろ教えてください。僕が神戸から東京に出て行った昭和24年の頃に行き違いだったのかな?
お元気で
Posted by:von Jagfeld  at 2008年03月27日(木) 18:13


ラム☆さん

 ご無沙汰しました。
ラム☆さんのご両親とは、うちの場合と逆ですね。
住めば都で、その上東京には楽しむものには不足しませんものね。うまく利用されればどんどんお若くなられるのではないでしょうか。
母が神戸の市場で”おばさんの言葉きついな〜”って言われたよっていっていたことがありましたが、
今は、きつく響く東京ことばのなかにいろいろな地方の言葉もきこえてくるでしょうか。
Posted by:そよ風  at 2008年03月21日(金) 07:47

ご無沙汰しました。

両親が老後を考え、故郷から東京に移り住んで2年。
不本意な転居でしたが、都になっているようです。
たまに出かけますが、人の多さにはびっくりです。
娘が言うに「梅田がいっぱいある」まさにそう思います。
昔を振り返っても仕方ない、事実を受け止めるしかないなってこの頃思えるようになりました。
Posted by:ラム☆  at 2008年03月20日(木) 14:53


 散輪坊さん

 散輪坊さんも、あちこちにお住まいだったですね。
懐かしいところへの旅、なかなか実行に移せないものですね。
私も人ゴミは苦手になってきました。
ふるさとは遠きにありて思うもの、かもしれませんね。
Posted by:そよ風  at 2008年03月20日(木) 10:26


ルルさん

 まだ、ルルさんが生まれていらっしゃらないころ?かしら、昭和25,6年ころ、単身赴任の父のところへ、母と”つばめにのってい”った、あのころの大阪もかすかに思い出します。淀川の堤防とか、長い橋を渡ったこととか、市電に乗って、父に忘れ物を届けに行ったこととか。
Posted by:そよ風  at 2008年03月20日(木) 10:19

 年に何度か東京へ行きますけど、人酔いして
ぐったりして帰ります。やはり田舎がいいです。
 東京をはじめ、全国いろいろ住んだところへ
いってみたい気もします。
Posted by:散輪坊  at 2008年03月20日(木) 07:09

そよ風さまの故郷は東京だったのですね、
てっきり根からの神戸のお方と思っていました。
昔の東京の貴重な思い出が一杯おありですね…
そういう事を大切にしたいと思います。
Posted by:ルル  at 2008年03月20日(木) 00:07


菊さん

 おはようございます。
お住まいになられていても、ですか・・・。
めったやたらに高層ビルや、高速道路ができますね。
電気がストップすればたちまちアウトになってしまうでしょうに。
Posted by:そよ風  at 2008年03月19日(水) 08:24

東京の変貌は住んでいても驚いています。先日オフ会で六本木に行きましたが、「アマンド」を確認したぐらいで高層ビルやら高速道路、浦島太郎になったようです。
Posted by:  at 2008年03月19日(水) 06:25





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