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自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。

虫や鳥、草や木の声を聞き取りたい土筆です

激変する農業と食糧  [2008年08月14日(木) ]
 アメリカ・NASAの発表によると北極の夏の氷はあと5年で完全に消滅するということです。これは予測よりも30年も早いそうです。
 温暖化の真の原因は明らかではありませんが、私は海底核実験などが相当に影響しているのではないかと思っています。温暖化による環境破壊は農業に大きなダメージを与えます。一度、破壊された環境は1年や2年ではまったく回復しません。環境破壊は激しい気候変動を発生させます。大雨、台風、日照りによる大旱魃です。この事については皆様は、この夏の気温や雨の降り方から納得されているでしょう。

 農作物は気候変動の影響をもろにうけます。温暖化すると南方から入ってきた害虫が全部越冬します。それらが暖かい夏になると大繁殖をします。地球温暖化はわずか一年ですさまじく変化しています。一年前の温暖化情報が嘘のようです。このような大きな変化の中で昨年と同じような栽培方法をしていてもうまくはいきません。

 この地球上で、食糧資源の底は尽きようとしているのに世界ではまだ資源を開発して経済発展を続けようと多くの国が競争しています。環境はますます悪くなっています。破壊された環境が元に戻るにはどれくらいの時間が必要なのか誰にもわかりません。少なくとも、ここ20年や30年は改善されることはまったくないと言ってもいいでしょう。そんな中で農業生産がなされています。いつまで続くか誰にもわかりません。

 今の私達を取り巻く現状を私たちはもっと正確に認識する必要があります。誰あろう、私達自身が招いた事ですが、私達は相当に困難な時代を迎えています。


Posted at 17:25  | 自然  | この記事のURL
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意識は物質?  [2008年08月13日(水) ]
 人が何事かを思う時、想念波動を出します。、それは電気、熱、光、音などと同じく現実的なものです。人の耳に聞こえなくとも虫や精密機器が感知する音はあるし、人の目に見えなくとも繊細な機器に感知出来る光の波はいくらでもあります。新しい機器が発明されて新しい波が出現するのではなく、機械が発明されようと発明されまいと波は存在しているのは誰しもご承知でしょう。磁気・磁力は私達の感覚器官に引っかからないけれど、存在している事を私達は磁石の存在から知っています。また磁気波が鳥を寄せ付けない事も農家の皆さんには経験的に知っています。鳥が磁気・磁力を感知している事は明らかです。、
 人は同じ周波数で引き合うのです。愛には愛が、憎しみには憎しみが引き合います。強い想念、長く思い続けている想念に対しては、その想念に応じる他の想念を引き寄せます。類は友を呼ぶ、これは真理です。愛に満たされている男女はどんな面にも愛を見て、他の愛を引き寄せますし、憎悪を抱く人は最大限の憎悪を受けます。人生は闘争だと思っている人には常に戦いの種が待っています。
 私達は残念な事に意識・想念の使い方について教えて貰ってきていません。学校は単に知識を詰め込む場でしかなく、意識について、人間の生き方について全く教えてはくれませんでした。
 私達の今は多かれ少なかれ、自らが思った結果です。直接言葉によって、あるいは想念の波を介して伝わってきた他者の思いも影響していますが、心の態度全体が自分の発する想念だけではなく、他から受け取る想念の性格も決定するからです。人はその人の心の態度全体に調和する想念だけを受信します。心の態度と調和しない想念は殆ど影響を与えませんし、反応も起こしません。人は自分の心に合うもの、探しているものを見つけ出すのだと言えます。その意味で、秋葉原の無差別殺人事件で犯人が刺した人は偶然のように見えて実は犯人の意識波動と繋がっていたのかも知れません。丁度テレビのある番組が犯人の意識波動だとするとその番組にチャンネルを合わせた人が被害者となってしまった。
 もし心が強く、明るく、楽しく、仕合わせで、自信に溢れ、積極的に動いていれば、勇気を感じ、仕事をよくこなし、目的を遂行し、成功への道を進むでしょう。他に影響を与え、協力したいと願わせ、後に続きたいと願わせる強く積極的な思いを放つからです。
 断言とか決意表明は大きな役割を果たします。積極的な宣言をする事で同じような波動を引き寄せる事が出来るからです。これが、「アフォメーション」(宣言)と「自己暗示」の重要なところです。アフォメーションの目的は二つあります。
一つは新しい心の態度を自ら設定する事で、自己改造、性格形成に驚く程役立つこと。
もう一つは、同じ思いに生きる他の人の積極的な想念を受け取るように心の常態を高めること。
創造的に生きる為には、断言・宣言や決意表明が如何に重要かが分かります。

Posted at 07:58  | 意識について  | この記事のURL
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23人の妻  [2008年08月10日(日) ]
 江戸時代の事、17年間に23人も妻をとりかえた男がいた。仙台に住んでいた男だが、入り婿して女房と一緒になったものの、その女房に馴染めず、出奔する。
 以後京に出て次々と22人の女と所帯を持つが誰一人添い遂げる事が出来ず、最後は裏長屋に住み、菅笠の骨竹を削る仕事をしながらその日暮らしの生活をやっと送る毎日の、赤貧の身に落ちぶれて一生を終える。この男の一生は女に惹かれ一緒になるが、一緒になったら女の本性が見えて、女から逃走する事の繰り返しで、女の表と本音を察知出来ない男の悲哀が滲み出ている。
 結婚は人生の墓場だという意見もあるくらいだから男にとっても女にとっても或る程度諦めが肝腎で、諦めたところから二人の生活が続くと言えるかも知れない。本人の思い込みが強ければ強い程、こんなはずじゃなかった、という思いに駆られるは必定で、出す感情もろくなものでなく、一度そのようなマイナスの感情を出す事に慣れると、それが潜在意識そのものとなり、常態となり、女が変われど、ちょっとした事で今までの慣れ親しんだ関係と慣れ親しんだ想念、感情に支配され、マイナスの感情が吹き出す事になる。新しい女にも今までの関係を敢えて作りだしていくと言った方がいいかも知れない。
 結局は女との出会いから、出来事から何も学んでいないから自分を変える事が出来ず、同じ環境、同じ境遇を辿る。吐き出し続けた想念・感情だけが自分の身体に蓄積し、影響を与えて文字通り身を滅ぼす結果となる。人を呪わば穴二つ、というが、人を嫌えば穴二つであり、人を愛せば穴二つなのである。23人の妻をとりかえた男の話は人間の潜在意識の凄まじさを改めて教えてくれているように私には思われてならない。
 

Posted at 10:57  | 潜在意識について  | この記事のURL
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看護士受け入れ  [2008年08月09日(土) ]
 いつの間にか看護士、介護福祉士の受け入れが続いている。インドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者らの第一陣101人が、8月7日成田空港に到着した。
 TVで見ていると看護師・介護福祉士候補者たちは、色とりどりのシャツに身を包み、大きな荷物をカートに載せてゲートを潜った。取り囲んだ報道陣を前に、長旅の疲れも見せずに笑顔で質問に答えていた。
 入国後は、海外技術者研修協会と国際交流基金が実施する日本語研修を約半年にわたって受ける。その後病院や介護施設で働きながら研修を受け、看護師や介護福祉士の国家試験合格を目指すのだという。
 私の友人が経営する病院でも既に受け入れが決まっている。慢性的な看護士不足の解消に彼は受け入れを決めたのだと言った。彼の病院は地域の中核病院であり、救急病院でもある。看護士は3交代制、きついのですぐに辞められ、困っているのだと言うが、看護士の収入の安さが大きな原因ではないだろうか。
 看護士も介護福祉士も資格を持っている人は多くいるけれど、収入の少なさと労働のきつさが辞める原因だと考えられる。看護士や介護福祉士の収入を上げないでよりやすく使える外国人労働者の受け入れは将来大きな問題が生じる事にならないかと危惧される。

 数年前、小泉さんが首相の時に彼は、人口減少などに伴う労働力不足を補うために外国人労働者を安易に受け入れることは慎重に考える必要があると述べている。 衆院予算委員会で、坂口力委員(公明)の質問に答えたものだが、 小泉首相は「労働力が足りないから外国人を入れればよいという議論 がよく出てくる。ある程度、外国人労働者を入れるのは一つの時代の 流れだが、一定の規模、外国人労働者が増えると必ず衝突が起こる」と 指摘している。 一挙に開放した場合は「労働力はよくても、衝突が起こって犯罪が多く なっては元も子もない」とし、「安易にどんどん受け入れることで労働力 の不足を補うことは、慎重に考える必要がある」と語っていた。
 ただ単に安い労働者を確保出来ればいいという病院や福祉施設の経営者はいないかもしれないが、看護士や介護福祉士の不足問題はそれらの方々の収入という観点から考えないと解決はしないだろう。

Posted at 20:54  | 時の流れ  | この記事のURL
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農家の悲しみ  [2008年08月07日(木) ]
 単純に自然界の生き物について考えてみるに、自然界はまことによくできていて、まさに神の配剤としか言えないように設定されている。この地球上の命有るものの凡てがそれぞれの命を輝かせて生きていくようになっている。しかし、今の文明が人間のエゴ、人間に都合のいいように自然界に働きかけてきた結果、人間の浅知恵が木っ端微塵に打ち砕かれる、そんな状況に至っているように思う。生きとし生けるものたちの御親である地球様のエネルギー調整がはじまった。自然界を人間が自分達の都合のいいようにしてきたことに無理があるのだ。
 野菜の産地化がなされ、産地の野菜でなければ出荷すら出来ない状況が農業を歪なものにしてきた。知人夫婦は千葉県の習志野駅の近くで農業を営んでいるが、作るのは50eの畑で人参だけである。毎年毎年人参だけを作り続けている。みんなで人参だけを作って出荷しているのである。
 同じ作物を作り続ける事は天敵の存在を無くしてしまう。即ち、害虫の天下となる。害虫をやっつける為にはより強力な農薬が必要となる。いたちごっこである。害虫は種の保存のために自分の身体を作りかえるから世代交代によって農薬に適応するようになる。ついには究極の農薬、遺伝子組み換え作物が登場する。害虫が食べると死んでしまう作物の登場だ。そんな野菜が人間の身体にいいとは到底思えない。
 そんな農業をやってどうなる、と私は思うのだが、知人は産地でなければ生き残れない。生活出来ない、と云う。市場がそもそも取引してくれないからだ。少しばかりの作物を多品種作ったところでそれをどうやって販売するんだ、販売出来なければどうにもならないじゃないか、とは知人の言い分である。
 彼の言う事も一理あるが、そもそも流通の都合に合わせた結果、農業が歪になった。自然の法則に背いているからである。自然界ではある種だけが無限に増えない仕組みになっている。必ず天敵がいてバランスがとれている。私が10eちょっとの草ぼうぼうの畑に150種類の野菜を育てようとしているのは自然の法則に任せたら作物はうまくバランスがとれて成長していくと考えているからだが、私の場合は、野菜を作ってそれを売って生活していくのではなく、気楽に楽しみとしてやっているので、野菜農家として、職業としてやっていくのなら、私もまた枝豆なら枝豆、メロンならメロン、苺なら苺というふうに単品を作っていかざるを得ない事になるだろう。
 日本の農業が今の市場の流通の枠組みから脱する事が出来なければ農家の疲弊と悲しみは続く他無い。

Posted at 19:57  | 野菜作り  | この記事のURL
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野菜の種  [2008年08月06日(水) ]
 食に関心を持つ人達の中には野菜を自分の手で作ってみたいと思う人が増えてきています。自分の手で作った野菜は農薬や化学肥料などの心配もなく、ましてや産地偽装も関係なく、安心して食べられるからですが、此処に困った問題が起きています。種の問題です。
 日本は食糧自給率がカロリーベースで40l。穀物自給率にいたっては30lを切って危険水域に達していますし、中国から輸入の野菜の農薬汚染などが騒がれたこともあり、定年後は自分が子供の頃食べた野菜を作ろうと思うものの、いざ、種を買おうとホームセンターや種屋さんに行って驚くことは種が無いと云うことです。勿論種売り場には様々な野菜の種が並んではいますが、それらの種の大部分が交配種です。毎年種を買うことが前提となっているものです。在来種の種はなかなか見つけることが出来ません。農家が種を自家採取することが無くなってしまって、種の世界は大きく変わってしまっているのです。最近私が買った在来種の種「新黒田五寸人参」「本紅かぶ」などでさえ、生産地はアメリカであり、イタリアです。種の世界では日本は本当に危機的状況にあります。
 我が家の信濃川河川敷の畑に在来種の野菜150種を育てようと計画しているのですが、これはなかなか難しいことになりそうです。友人、知人から頂いた山形の温海温泉辺りで焼き畑で作られている「温海かぶ、」、滋賀県日野特産の「日の菜蕪」、京都あたりで作られている「本紅金時」などの種が手元にありますので、種を自分で採りながら一つひとつ増やしていこうと思っています。

Posted at 07:02  | 野菜作り  | この記事のURL
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キウリとナスの刈り込み  [2008年08月04日(月) ]
 未明に雷鳴、いっとき、ざあざあと雨が降りましたが、朝起きる頃には止んでいました。朝食前に裏の畑のキウリとナスを刈り込みました。今年は、キウリは、どうにもならないほどなり続け、毎日穫り続けましたが、ここに来て、もう倒す時期となりました。例年、秋キウリを3〜4本植えているのですが、今年は植えませんでした。というのも、キウリがなっても誰も食べないからです。我が家には秋キウリは殆ど必要でないのです。作るだけ無駄というわけではありませんが、秋キウリを作らなくとも食べる野菜は多くあり、結局有ってもなくても良いからで、今年は秋キウリは植えなかったのです。
 朝、キウリの棚を片づけようと思ってキウリの蔓を切っていく内に、あれ、根本近くの脇から細い蔓が出ているのに気付き、根ごと引き抜くのを止めました。棚をそのままにしておき、細い蔓が生長して幾つかキウリがなればもっけの幸いと考えたのです。初めてなのでどうなるか分かりませんが、うまくいけば又キウリが食べられるでしょう。
 ナスは私の背の高さほどに成長し、繁茂しているので、20本の内半分を丸坊主にしました。木を休ませ、再び元気にする為です。このままだと肥料を吸い尽くし、早晩ダメになってしまうのではないかと思ったからです。どうなるか分かりませんが、脇から新しい芽が出てまたナスがなるのを楽しみにしているところです。


Posted at 20:05  | 今日の農作業  | この記事のURL
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エシャロットとアサツキ  [2008年08月03日(日) ]
 信濃川沿いの河川敷に我が家の畑が3個所にあり、合計面積は一反以上です。母から隣の畑の迷惑にならないように作物は作らなくても除草だけは必ずするようにと言われていますが、昨年は結局草ぼうぼうになり隣の畑には迷惑をかけてしまいました。
 根がずぼらなので不耕起、無肥料、無農薬を目指すことにしましたが、草の勢いは凄まじく、ちょっと畑に行かないと畑は見るも無惨な姿になってしまうので、今年はとにもかくにも草だけは何とかしようと一月ほど前に「立ち鎌」なるものを買いました。腰を折らなくとも立ったまま草を刈ることの出来る鍬のような鎌のような農具です。この辺りでは全く見かけたことのない農具ですが、コメリにあったので、ものは試し、と買いました。
 使ってみるとこれがなかなかの優れもの。腰をかかめる必要がないので楽です。写真は川前の畑と呼んでいる信濃川に一番近いところの畑の様子です。人様にお見せするには恥ずかしい限りの畑ですが、不耕起、無農薬、無肥料でこの畑には30種類の野菜を植えようと思っております。時々はこの様に雑草だらけのお見苦しい写真を載せますが、お許し下さい。

今朝5時に行って、あちこち草を立ち鎌でとりました。

新黒田5寸人参(固定種)

雑草に埋もれたサラダゴボウです

草の中で頑張っている山芋 
蔓をひっくり返したのでお分かりでしょう

 この畑に今朝はアサツキとエシャロットを植え、
そして温海蕪を播きました

Posted at 07:53  | 今日の農作業  | この記事のURL
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ハマナスの実をお酒に  [2008年08月02日(土) ]
 昨日、仕事の途中で海沿いの処の温泉に入ったら、近くの林にハマナスの大群落があるのを見つけました。赤い実がなり、熟していました。少し実を採り家に持ち帰り、早速ホワイトリカーに漬け込みました。
 ハマナス酒は香りがよく、とても美味しいものです。11月頃には飲めるので、出来上がるのが楽しみです。

Posted at 10:46  | 自然  | この記事のURL
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想像力  [2008年08月02日(土) ]
理解不可能の事柄を、人は「オカルト」といってひとくくりにしてしまう。所謂現代的な意味で科学的でないものをいつからそのように呼ぶことになったのであろうか。少なくとも江戸時代までは今の人から見たらそれこそ「オカルト」の世界を単純に人々は信じていた。日本人の生活の中に色濃く「オカルト」的要素はあった。

 コミック『漣環 日本書紀』上・下巻が上梓された。出たばかりである。storyは小池一夫。彼の想像力の結実ともとれるが、おそらく、ある種の啓示によって得られた情報によって記された物語であろうと思われる。一見荒唐無稽に見えるが、私にはとても真実に近いものが隠されていると直観された。
 日本の超古代史は闇につつまれている。日本最古の書物と云われる『古事記』の成立も内容もある意味とても不可思議で違和感を抱かざるをえないことが種々ある。謎が多すぎるのだ。だからこそ色んな解釈が成り立つし、時にはこのコミックのように荒唐無稽ともとれる解釈もでてくることになる。
 『古事記』には序文中に天武天皇の御言葉が載っている。「撰録帝紀 討覈舊辭 削僞定實 欲流後葉」とある。現代語訳すれば「帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流(つた)へむと欲(おも)ふ」と読める。
  このコミック『漣環 日本書紀』上・下巻の奇妙に出鱈目で豊饒な世界を一口に解説することは出来ないので是非とも買って読んで戴きたいが、中心テーマの一つが天武天皇の正体を暴いている点である。
 出鱈目だと私が思う点は、例えばテンムはあの世とこの世を自由に飛翔出来る身だと云っているが、何のことはない輪廻転生を云っているに過ぎない。この本によれば人が死ねば「霊魂は無限に拡がる果て無き終わり無き闇だけの世界で彷徨う存在で、枯えることのない涙を流しながらさまよう」のだという。だがテンムは輪廻転生する方法を見つけた、故に不老不死であり神だと。
 おかしな点について云々するより、中心テーマであるテンムの正体が面白い。テンムはどこか大天空の星より飛んできた、人間とは異なる生き物として捉えられている。そして人間の霊魂を時の流れの止まった宇宙船=虚空(アカシャ)にあつめ、霊魂を吸い取る(食う)ことによって不死の生命をえている。テンムをそんな存在として捉えている。いわば別の天空からやってきた宇宙人が地球を乗っ取って自ら神となり、人間を自分の命のエネルギー源として利用しているのだ。
 このコミックでは未来が過去を修正するとはどういうことか。未来が過去を修正したらどうなるか、についても描いていてとても刺激的である。 
 閑なおり、一読されることをお奨めします。

Posted at 07:48  | 古事記の世界  | この記事のURL
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