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父の病状ー1[2007年05月19日(土) ]
3月に入って同居している82歳の父の声が突然出なくなった。明け方喉が裏返しになるほどの咳をしているような音が階下から聞こえ、朝食時に降りていくと父は声が出せなくなったことを微かなかすれた声で言った。耳を父の口元に近づけると聞こえるが、少し離れると聞こえない。喉に異変が起こっているのだ。その日は朝一番に町の耳鼻咽喉科の医院に父を送っていった。

医院からは新潟市内の大きな病院の耳鼻咽喉科の医師宛の紹介状を頂いて父は出てきた。その足で病院に行く。全部予約制のこととて4時間以上待って漸く診て頂いたが、左の声帯が全く動かないとのこと、エコーという機械で映し出された映像を見せられながら若い医師から説明を受ける。消化器、あるいは呼吸器、また肺に何かの異常があり、左の反回神経が麻痺しているのだという。何れにしろ検査の必要があるが、父がいつも診て頂いている地元の病院に今までのデータがあるので今度はそちらの病院の医師宛に紹介状が書かれた。

翌日、地元の病院に父を送って行くとすぐに検査入院となる。次の日、仕事に出ている私のところに病院から電話、外科の先生のお話があるという。少し不安を覚えながら病院に急ぐ。約束の午後4時ちょっと前に病院に着くと医師はすでに待っておられた。大きな紙袋から肺のレントゲン写真が出され、説明を受ける。左の肺の心臓のすぐ上あたりに2センチ弱の丸い白い影が映っている。ほぼ一年前に撮ったレントゲン写真だった。この時すでに本人に肺癌だと医師は伝え、手術を奨めたが、父はこのままで良いと、手術を断ったのだという。高齢だということもあり、手術をしても成功の可能性は50lくらいだったので、医師は無理にとは言わなかったのだそうである。今日撮った写真は癌が6センチ強に大きくなっていることを示していた。心臓も大きく見えた。癌細胞が広がっていき、左の反回神経を麻痺させているのだという。医師から、もう声は戻りませんよ、といわれた。医師は私に「このまま行くと、もって後二〜三ヶ月でしょう。心臓に癌細胞が食い込んできているので心臓が破れるか、あるいは停止するでしょう」と説明された。

父は延命治療を一切拒否する旨を医師に伝えていたことを医師から聞かされた。。七年前に胃を全摘する手術を受けて以来、もう人生は終わったと父は思っているのかも知れないと私は思った。酒の大好きな父は胃癌の手術直前まで酒を飲んでいた。胃癌で胃を全部摘出したあと、一年位は酒をやめていたが、またやりだし、喉がおかしくなりかかっているのを自覚しながらもまだ飲んでいたのだった。

人生の最後の時に向かって父はどんな想いで酒を飲み続けてきたのだろう、ふと私はそんなことを考えた。

Posted at 10:29 | 人生の最後の時を迎えて | この記事のURL
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コメント


静 さま

ご心配頂き有難う御座います。
昼夜の付き添いも妹三人と母で交代しながらやっておりますが、そろそろ夜は私がしようかと思っております。骨と皮ばかりでそれでも生きてゐる父を早く楽にさせてあげたい、今はそんな思いです。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 18:04

辛いお話ですね。
こういう時、一番側におられるご家族が一番お辛いと思います。

どうぞ充分心を尽くしてあげてください。
こんな言葉しか言えなくて申し訳ないです。
Posted by:  at 2007年05月20日(日) 15:35

ホワイトローズ さま

お見舞いのお言葉有難う御座います。
二日ほど前、あることで、死を間近に控えた父に対してまだ自分が頼っていると思わされました。如何に親に頼っていたか、支えられていたか思い知らされる事件でした。
父が亡くなることによってはじめて私の自立が始まるのかも知れません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 11:51

グランパ さま

ご心配いただきありが統御座います。
素晴らしいお父さんでしたね。
明治の気骨ですね。
私の父も頑固で、自分の人生に自分の責任に於いて終止符を打とうとしております。家族はただ見守る位しかできません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 11:46

やうち さま

有難う御座います。皆様から頂くお言葉が私にとりまして何よりの励ましとなりました。悔いの無いように父の最期を見届けたいと思います。有難う御座いました。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 11:40

machan さま

ご心配頂き有難う御座います。
お父様、98歳ですか、お元気で何よりですね。
私の父はもう最後の時を迎えています。
麻薬の量も増えてきています。
痛みの無いよう、それだけを願っております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 11:37

ルル さま

ご心配頂き有難う御座います。
父母を見送る、
そんな年になっていることに何となく気付きながらも、
そのことへの心の準備はしてきていない自分がいました。
ルルさんのお父さん、いかがですか。ご心配ですね。
大変ですが、乗り切っていく他ありません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:32

花よりケーキ さま

ご心配頂き有難う御座います。
父と母に希い息子としてこの世に誕生してからこの時の来るのは予想されていたことですが、父と子の繋がりは決してこれで切れるのではなく、またいつの日か父の霊と再会すると確信して、これからの悲しみを乗り切っていこうと思っております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:23

blanc さま

ご心配頂き有難う御座います。もう皆覚悟は出来ておりますが、あまり苦しむことなく逝って欲しい、今はそれだけを願っております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:16

:chuuchichi さま

いつも有難う御座います。
父が医師にハッキリと延命治療を断っておりますので、ただ麻薬のみ使われています。麻薬の使う量は増えています。時がそろそろ来ているようです。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:11

マリー さま

いつも有難う御座います。
自分の身体が日々変わってゆく、衰えていく恐怖は私たちにははかり知れません。父は食事を殆どとれなくなりました。接しているこちらも悲しくなりますが、仕方ありません。苦しむことがないように尽くせる手だては尽くしたいと思っております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:08

ハワイアン さま

お越し下さり有難う御座います。父はとうに覚悟は出来ていたようです。
この人生は幸せだった、全く悔いはないと言い切っていますから、私たちにとってとても悲しく、寂しいことですが、痛んだ身体を早く抜け出して帰るべきところに今は行って欲しいと思っております。現幽異にするとはいえ、隣り合わせなのですから。来世の企画もし終えた様子が見られますので、いよいよ旅立ちの日は近いとこちらも覚悟をしております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 09:03

なんと申し上げていいか、、。
幾つになっても親が居るって事は、心の支えと思います。
充分心を尽くしてあげてください。

人生の終焉人ごとではなく思える年になったと思えます。
Posted by:ホワイトローズ  at 2007年05月20日(日) 00:57

きっちょむさんへ
こんばんは、この年代の男性は病に対する考え方は解ります。我が亡き親父もそうでした。病院嫌いで、医師の話は全く聞かず、結局は心臓衰弱でなくなりました。医師の判断によると「ペースメーカ」を推奨。親父は「あほな」神様から与えて頂いた身体に「しょうもないものをいれられるか」って
拒否。病院にお世話にならず、母親曰く、朝起きると、死んでいてたのこと、この亡き親父がこの7月に「13回忌」を向かえます。辛抱と忍耐強い
明治生まれの男性。今、その連れ合い(91歳)は兄に世話になってます。しかし
粋なところも。23歳で母親(18歳)と同棲。明治の神田川だったです。
母曰く、「おとうさん」と暮らしてる時が一番幸せだったと。解る!
Posted by:グランパ  at 2007年05月19日(土) 19:11

御父上のこと、さぞご心痛のこととお察し申し上げます。
ご本は既に自分の意をお決めになり、これから病に立ち向かをうとなされている由、本当に気丈なお方なのですね。
私も20数年前になりますが、父を喉頭癌で亡くしています。68歳でした。
元来堅固な父でしたので癌と気付いた時には既に手遅れで、手術も出来ない状態でした。それからの闘病数ヶ月間は家族に出きることといえば、病院のベットの父を励ます精神面のケアーだけで何もしてやれませんでした。
きっちょむさま、心おきなく接してあげてください。
お大事になさってください。
Posted by:やうち  at 2007年05月19日(土) 18:57

家族の病気ほど悲しいものはありません。
私は夫、私の両親と何らかの障害を持って
いますが、前向きに生きています。

病院にかかっていると、家族の同意を求められる
場面が多々あるかと思います。
家族としてはどんな状態でいるにせよ、いつまでも
生きていてほしいと願っています。

1年半前母と弟と私は父の心臓の手術では
医者と意見が合わず、重大な決断を強いられました。
96歳になる父のペースメーカーを入れるかどうかで
決断を迫られました。医者はこのままで、手術しないで
「大往生する」方がいいのではないかと暗にいわれました。
1%でも生きられる可能性があるなら家族は見捨てるわけには
行きません。

今父は心臓にペースメーカーを入れて98歳になります。

義父様の苦痛だけは取り除く治療を
してあげてください。
Posted by:machan  at 2007年05月19日(土) 18:47

お辛いですね…他人事ではありません…
何と申し上げて良いか…言葉が浮かびません。
うちの父も、つい3日ほど前に救急車で運ばれた所です。
父世代の男性は、どんなにしんどくても痛くても、人に見せない意地があります、
それが却って難しくしていますね…。
Posted by:ルル  at 2007年05月19日(土) 18:30

何だか とても つらいお話を伺いました。
ご本人様の気持ちもさることながら・・
それを見守っておられる きっちょむさん”のお気持ちも いかばかりかと・・。
Posted by:花よりケーキ  at 2007年05月19日(土) 17:39

お父さまは意志の強いお方ですね。延命を望まれないとしても、苦痛から逃れる治療法だけは医師と良く相談してください。
ご自身が病状を理解されていることが、家族にとってはせめてものの救いかと思います。
これから予想の付かない状況が色々あると思いますが、これからも幸せを感じる日々でありますようお祈り申し上げます。
Posted by:blanc  at 2007年05月19日(土) 13:48

きっちょむさんもこれからいろいろと大変ですね。
御父さん癌確かに高齢の場合若い人に比べれば進行は遅いですがそれでも確実にし進行はしていきますのでどのような治療をしていくのか悩むところですね。御父さんは延命治療は望まれていないようですし、かといって何もしないわけにはいかないですしね。ただ御父さんの気持ちは尊重してあげてほしいと思います。
Posted by:chuuchichi  at 2007年05月19日(土) 13:11

とてもショックなお話です。いくつになっても 自分の人生が程なく終わるだろうと思うのは 苦しく怖いものだと思います。私たちは 外側から見ているので 一見他の、健康な人と変わらないようにふるまっているように見えますが 本人の心の中は 不安定で 孤独なのではないかと思います。癌は 新陳代謝の良いところに出来やすいとききましたので 心臓に広がるとは思いませんでした。
Posted by:マリー  at 2007年05月19日(土) 12:12

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