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父の病状ー3[2007年05月23日(水) ]
人は何の為に生まれてきたのか? 末期の肺癌の父と毎日向き合っている内にそんな問いが生まれてくるようになった。丁度一週間前の朝、母と看病を交代する為に妹を乗せて病院に行くと、父は便せんにびっしりと書いた紙を私に突き付けた。読むと、未だ父の入院を知らせていない、ある親戚にあてた手紙文だった。父の入院は、知らせなければならないところには殆ど知らせたが、その親戚だけは知らせるなとの父の命令で、未だ知らせていないのである。

その手紙は本家・分家について書かれたものであった。我が家を本家と認めるなら見舞いに来てくれ、もし認めないなら見舞いに来る必要はない、といった内容が書かれている。父にとって本家・分家という関係がずっと心を占めていたのが分かった。その手紙を私にその親戚に持って行けということだった。

一体どのように処理をしたらいいのだろう。私はこの手紙をそのまま親戚に持っていこうとは思わなかった。これから葬儀を控えているのに、親戚との間に争いの種になるようなことはしたくなかった。これは明らかに父が私に出した問題だと私は受け止めた。普通に考えれば本家・分家の関係は主に血縁によるモノ・カネの贈与、分与の関係と言うことになるだろうが、父の霊体が私の霊体に出した問題だと捉えると解くのがとても難しい。

今まで父から聞いている話では、その親戚の大本は確かに我が家の先祖じいさんが係わっている、というより先祖じいさんが建てた家だ。だが、もう明治20年代の話しである。そんな古い昔のことを、ましてや、その山裾にあった家はとうの昔に壊され、今の御当主により街中の新しい土地に引っ越し、新しく建てられている。当事者の誰も生きていない今、実際のところは誰にも分からなくなっている。今になって、本家だ、分家だと言ってみたところで始まらない。

「まき」という言葉がある。「あそこの家は○○のまきだ」というように使う。家を単位として、その本家・分家などの関係によって結ばれた集団のことである。

この問題を考えているうちに突然、私は思った。一体、我がきっちょむ家に受けついできた精神の伝統があるだろうか? きっちょむ家の人間の生きる心得というようなもの、家訓といっても良いし、家の柱と言っても良いもの。きっちょむのまきは皆この精神によって生きるのだ、といった命の使い方があっただろうか? 

モノ・カネや地位や名誉を得るのだけが人生の目標であるような、また、他人に迷惑をかけず、人並みの生活が出来ればそれでいいといったような生き方が中心ではなかっただろうか。身上を築いたとか、身上をつぶしたとか、モノカネ・財産にばかり目がいっていて、何にこの命を使うのかという、人間として最も大事な命の使い方を明確には築いてこなかったし、伝えても来なかったのではなかろうか。真に守るべきもの、贈与・分与すべきものは我が家の精神の伝統、命の使い方ではないのだろうか。

父の霊体が私に指し示していることは、きっちょむ家の柱を私に作れと言うことなのだ、と確信した。私はそう受けとめるのが最も自然なように思った。その晩、私は自分の部屋で心鎮めて、父宛に書いた手紙を読み上げた。父の御霊に「必ず近いうちに我が家の柱、我が家の家族の命の使い方を定めます」と約束した。
翌朝、病院に行くと、担当の先生から、「お父さんが大分苦しそうなので、今日から全身麻酔用の薬を使います」と聞かされた。病室に行くと、父が「もう、よっぱら生きたので、早く楽にしてくれ、と、今、先生に頼んだ」と言った。

Posted at 21:01 | 人生の最後の時を迎えて | この記事のURL
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コメント


ルル さま

いつも有難う御座います。
モノカネ、財産といった目に見えるこの世のものはあの世に持っていくことは出来ません。自分の霊体が唯一持って帰ることが出来るのが精神、自分の思考だと思います。
人はこの世で意識するとしないとに係わらず、自分の作りたい世界を作っているのだと思います。自分はどんな人生を送りたいのか、明確に定めたいと今思っております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月26日(土) 11:29

やうち さま
お見舞い有難う御座います。
夕べ一晩付き添っていて父の呼吸を見続けました。
看護婦さんが、やがて呼吸が浅くなり、そして止まります。
と仰いました。一晩に痰を3回とりました。そのたびに父の顔がゆがみます。麻薬と睡眠薬で眠っているとはいえ、苦痛にゆがむ父の顔を見るのは忍びません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月26日(土) 11:23

スラ さま

お見舞い有難う御座います。
いよいよ別れの時が迫ってきました。
父にはただ感謝しかありません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月26日(土) 11:05

花よりケーキ さま

人は結局、どんな人生を送りたいか、どんな世界を作りたいのか、人が
生きると言うことはその問いの答えを出しているのかも知れません。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月26日(土) 11:03

ホワイトローズ さま

いつもありがとうございます。
父の生涯もいよいよ終わりにさしかかっております。
ベッドに横たわり苦しそうな呼吸が続いています。
この様に死ぬ人生を選んだんだな、それを家族に見せ続けて逝くんだな、
これが父の意志なのだな、そんな風に感じております。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月26日(土) 10:58

お父様のお手紙ときっちょむさまの思い、どちらも素晴らしいですね。
これを拝読しながら、私も深く考えました。
人は何の為に生まれ、なんの為に生きているか…
綿々と続く自分への思いや社会の役割を、しっかり考えていかねばと思います。
残り少ないお父様との触れ合い…祈りのようなお時間だとお察しいたします。
Posted by:ルル  at 2007年05月25日(金) 03:55

さすが市議を2期も勤められたお父上ですね。自分の終焉に至って、きっちょむさまに伝えべきべことを残されたのですね。
そしてきっちょむさまもお父上の意を解し、それに応えられるとはご立派です。
きっとお父上も安堵されることでしょう。残る日々をお大切になさって下さい。
Posted by:やうち  at 2007年05月24日(木) 20:55

親の死は必ずやってきます。
私も父親の死を看取りましたが、父自身も痴呆との戦いのようで
とてもむなしいものを感じました。
父の実家は本家で、明治時代からの古い家でしたが落ちぶれて
昔の陰もないようでした。父は別に家を建ててあまり親族関係も
密ではありませんでした。
父の入院を知るとやってきた親戚は資産のお裾分けを約束しようとするし、父が亡くなってからも金をせびりに来たりと、人間の醜さにげっそりとしました。
父は何も言わない何も強制しない、自分の力で好きなように
しなさいという人だったと思います。
私が子供たちにしてやれることは、自分でより正しい方向に
向かえるように経験を伝え、社会へ出るときによりアドバンテージを持っていられるようにすることくらいです。
資産は継承できません・・・・・・・

きっちょむさんも心穏やかに父親の最後を看取ってあげられると
いいですね。
父親のことって、こういうときしか考えることがないような気がします。
自分も含めて家、家系とは何かを考えさせられます。
お疲れ様です。

Posted by:スラ  at 2007年05月24日(木) 11:09

お父様の思いの丈を がっちり受け止められた きっちょむさん”
暗黙のうちに お父様はそれを お感じになって安堵されたでしょうね

「まき」と言う言葉 初めて知りました。
Posted by:花よりケーキ  at 2007年05月24日(木) 09:12

重い課題に遭遇されて、心に問うことが多くありますね。
人の尊厳に関わること。そして、それぞれ生きた場所、時、受け継がれたもの、などでいかようにも思えることかと。
ただ、お父様との残る日々を悔いなくと思うばかりです。

Posted by:ホワイトローズ  at 2007年05月24日(木) 00:26

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