今年はブラジル移民百年目の節目に当たります。皇太子さまがブラジルに公式訪問され、首都ブラジリアの日本大使公邸で各界で活躍する日系人代表と懇談される様子が報道されました。
移民というと私はもう何十年も前に読んだ 第一回芥川賞の受賞作、石川達三の『蒼氓』の衝撃を忘れることが出来ません。日本の国自体が貧しかった時代、日本の農村部の貧しい人達を国外へ追いやった、棄民という言葉が相応しい移民ではなかったかと理解しています。
移民を受け入れることについて考えるに、イギリスやフランスのやってきたことを調べればすぐ分かりますが、例えばフランスは中東やアフリカ、そしてアジアに至るまで植民地支配を行い、今日まで続く民族紛争や領土紛争の種をまいて来ました。フランスの移民問題で検索したら次のサイトが目にとまりました。http://nakazemi.hp.infoseek.co.jp/france.htm
詳しくはこのサイトを読んで頂ければと思いますが、かいつまんで一部引用しますと、「アルジェリアやチュニジアをはじめ、多くの発展途上国からの移民が暮らすフランスでは彼らの多くは、大都市郊外にある公営住宅に住んでいます。そこは、フランスでは、貧困と犯罪の巣窟であるかのように言われています。移民の人々の住む「郊外」はフランス国内にあってフランスではないのです。フランス人の多くは、移民が集中している地区に足を踏み入れることもないまま、「移民集中地区」をフランスへの同化に背く人たちの「ゲットー」とみなすようになっています。
もちろん郊外に暮らす人々は、好き好んでその地区で暮らしているわけではありません。景気が悪くなるたびに移民は失業問題にさらされ、それでもなお低賃金で働いてきたからこそ、低所得者住宅「郊外」に集中を余儀なくされているのです。貧富の差、宗教・文化の違い、皮膚の色の違い、様々な要素によって、「自由・平等・博愛」を標榜する人権国家フランスには民族差別が社会の中に存在しているのです」
有色人種は「自由・平等・博愛」の対象ではないからでしょう。
「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」(座長・木村義雄衆院議員)が目指しているのは第一に企業の目先の経済的利益の為に安い労働力が必要であるとの論理からでしょうが、将来に禍根を残すことになりはしないかと危惧されます。
そもそも、一億人以上もこの狭い土地に住んでいること自体、日本の長い歴史の中では異常なことではないでしょうか。日本の人口は鎌倉幕府の頃で684万人、関ヶ原の合戦の頃は1227万人、そして明治維新の頃でさえ3330万人にすぎなかったのですから。
目先の経済的利益追求のための移民受け入れよりはスローライフへの道を目指した方がよいのではないかと考えます。
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