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自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。

虫や鳥、草や木の声を聞き取りたい土筆です

藤沢周平はやはり面白い [2008年02月17日(日) ]
 この一週間ばかり、10数年ぶりに藤沢周平を読んでいた。『用心棒日月抄』シリーズ3巻。それに『よろずや平四郎活人剣』上下巻である。

 藤沢周平はやはり面白い。文章に切れがあるのが良い。登場人物の意識や感情が鮮やかに浮かび上がって、読んでいて人の感情について学んで居る様な錯覚に陥る。

 『よろずや平四郎活人剣』や『用心棒日月抄』シリーズは藤沢作品の中でも人気の高いもので「江戸」ものの代表作と言える。天保や元禄時代の江戸に住む庶民の生活や哀歌が浮かんでくる。武技にたけた主人公が庶民の中で暮らして、種々の事件の解決にあたる。市井侍小説と言えるだろう。

 『用心棒日月抄』は北国の小藩を出奔した若者が糊口をしのぐ為に江戸で用心棒家業をはじめる。その用心棒の仕事の他に国元から放たれた刺客との斬り合いが絡み、また大きな背景として赤穂浪士の動きが絡んで小説世界をふくらましている。

 3月の初めに東京に行くので、一日、人文社の『藤沢周平の世界』を手に東京に残る『用心棒日月抄』の舞台、江戸の町、両国橋近辺の鳥越神社や回向院、吉良邸跡を歩き、江戸東京博物館に寄ってみようかと思っている。

Posted at 09:55 | 時代小説 | この記事のURL
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大人の紙芝居 [2008年01月17日(木) ]
 『居眠り磐音 江戸双紙』、この小説の24巻目を買った。知人には、「この小説は飽きる。いや、だらけてしまう」等と言いながらも、シリーズの24巻目「朧夜ノ桜」が出たのを知り、つい買ってしまった。作者、佐伯泰英さんが体調を崩していたためか、少し時が空いて、久しぶりに坂崎磐音が帰ってきた。いや、今は佐々木磐音となった磐音が帰ってきた。

 佐伯泰英さんのこの人気シリーズは、テレビで放映された所為でもあろうが、売れに売れて、版元では累計650万部突破と謳っている。版元、双葉社は笑いが止まらないだろう。この度、出た新刊は、友人御殿医桂川国瑞と織田桜子の祝言から始まり、磐音とおこんの祝言で終わる。  

 久しぶりに登場した鶴吉が舞台を回す。四年ぶりにおこねをつれて江戸に帰ってきた三味線造りの名人、三味芳四代目芳造の次男坊鶴吉が偶然聞き込んだ相良藩用人による磐音暗殺計画がこの巻の軸となる。

 幕閣の中枢部と今も繋がりを持つ佐々木道場、その道場主、佐々木玲圓の養子となった磐音は老中田沼意次と戦う運命へと誘われる。

 この小説の筋立ては実にゆったりと進んでいくが、そしてそれはそれでいいのだが、欲を言えばもう少し全体にリアリティが欲しい。感情移入出来ず、時としていかにも作り物が鼻につく。もっとも、この種の小説はどれもこんなものなのだろうか。この調子だと永遠に完結しそうにないのは、主題がそもそもない様に思えるからだろうか。主人公磐音は何を目指しているのだろうか? また、この小説を通して作者は私たちに何を訴えかけたいのだろうか?

Posted at 18:45 | 時代小説 | この記事のURL
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時代小説・江戸小説 [2007年09月09日(日) ]
 先週、出張中の山形の宿で夕食後、何気なくテレビをつけた。この十数年、テレビは朝食時にニュースを見るだけで、余程のことがなければ夜にテレビを見るなどということはないのだが、旅の宿である、何となくスイッチを入れた。時代劇だった。若い俳優が主人公、浪人ものだ。何気なく見ている内につい引き込まれてしまった。最後にこの番組の原作が佐伯泰英の『居眠り磐音 江戸双紙』だと分かった。私の知らない作家だ。その翌日、仕事の途中で書店で佐伯泰英の文庫『居眠り磐音 江戸双紙』を5卷買った。仕事を早めに切り上げ、宿に帰って読み始めたら面白くてやめられない。殆ど徹夜をしてしまった。
 日頃時代小説を愛読しているというのではないので、私は時代小説というとついこの前までは、御三家、即ち池波正太郎、藤沢周平、司馬遼太郎と思っていた。勿論今でもこの三氏の本は売れているのだろうが、新しい書き手が登場していることに気付かされた。最近では江戸小説という言葉もあるらしい。江戸時代の、もしくは江戸を舞台にした小説を総称して江戸小説と呼ぶのだという。剣豪ものであれ、股旅ものであれ、市井人物ものであれ、何でも良いのだ。
 昔、まだ高校一年の頃、私は高校の若い先生方3人と二年生の先輩2人とでやっていた明治期の文学作品を読む会に参加していた。月に2回、夜、7時頃から深夜まで、大学を卒業して先生になったばかりの若い先生の下宿先に集まり、二葉亭四迷や、坪内逍遙、尾崎紅葉などの明治期の文学作品を読んでいた。3人の先生方はそれぞれ出身大学は別だったけれど、専攻が日本文学や近代文学等だったのでそのような会を立ち上げたのだろう。何故そんな会に私が誘われたのか今では忘れてしまったが、私はそこでお酒の味も煙草の味も教えられた。懐かしい想い出である。
 しかしその会とは別に、私はこっそり吉川英治に夢中になっていたし、山手樹一郎の時代小説やサラリーマンものの小説を書いていた源氏鶏太 を愛読してもいた。高校の中間テスト、学期末のテストの前になるとそれこそ夢中で山手樹一郎や源氏鶏太の小説を読みふけったものだ。その小説世界が何故か明るくて私は好きだった。文学的にどうだとか、小説としてどいうだとかいうのではなく、安直にただ読める読み物だった。何十冊も読んだことを思い出す。あの時代の大衆の意識が志向する一面が反映されていたのかもしれない。たしかにそのような時代だった。
 今の新たな時代小説ブームは、また新たな市民の今日的意識を反映しているのだろう。

Posted at 07:25 | 時代小説 | この記事のURL
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