新潟県は海岸線が日本海に面しています。日本海に弓なりに弧を描いて突きだしているのが弥彦山塊です。弥彦山塊の連なりに出雲崎があり、国上山があります。
うろ覚えですが、昔読んだ谷川健一氏の本のなかに出雲崎は出雲から海を渡ってきた人達が着いた所ではないか、と書かれていたように思います。「国上」は「陸見(くがみ)」で海から陸を見るという意だと記憶しています。
今日、一年ほど前、たまたま買った梅原猛氏の『日本の霊性』を読んでいたら、糸魚川の奴奈川姫についての言及がありました。「記紀は高天原の神話を除けば主として出雲神話と日向神話であるといわれているが、もう一つ越後神話がある」と載っています。奴奈川姫に関する神話です。ヤチホコノカミが越後の奴奈川姫と結婚する話が古事記にあります。
三浦佑之氏の訳では「葦原の中つ国の主となったオホクニヌシは、強い弓矢をもつお方じゃで、ヤチホコとも呼ばれておった。ところが、この神は色ごとにかけても並ぶ神はいないほどでの、口の悪いやからは、おのれの身のホコがすごいからヤチホコ様じゃ、と言うて笑うておるがの、あるいはそれが当たっておるのかもしれんのう」
葦原の中つ国の範囲が今の日本のどこら辺りまでを指しているのか? 詳しくは分かりませんが、「そのヤチホコが、ある時、高志の国のヌナカハヒメを妻にしようとて、妻問いの旅にお出ましになっての、はるばると出雲から高志のヌナカハヒメのもとに出かけて行き、その家に着くとすぐに、長々と妻求めの歌を歌うたのじゃ」「ヤチホコの 神と呼ばれるわれは 治める国に 似合いの妻はいないとて 遠い遠い 高志の国には すぐれた女が いると聞かれて うつくしい女が いると聞かれて・・・」と歌っています。そして次の日の夜にはヌナカハヒメと共寝ということになります。「高志=こし」とは北陸一帯を指す地名ですが、ここでは新潟県の糸魚川辺りを示しています。
大国主命は出雲から陸路ではなく、船に乗って遠い遠い高志の国、糸魚川にやって来たのではないか、そんな考えが頭を過ぎりました。葦原の中つ国の日本海側の北限は新潟県辺りだったのかもしれない、と思ったことです。
うろ覚えですが、昔読んだ谷川健一氏の本のなかに出雲崎は出雲から海を渡ってきた人達が着いた所ではないか、と書かれていたように思います。「国上」は「陸見(くがみ)」で海から陸を見るという意だと記憶しています。
今日、一年ほど前、たまたま買った梅原猛氏の『日本の霊性』を読んでいたら、糸魚川の奴奈川姫についての言及がありました。「記紀は高天原の神話を除けば主として出雲神話と日向神話であるといわれているが、もう一つ越後神話がある」と載っています。奴奈川姫に関する神話です。ヤチホコノカミが越後の奴奈川姫と結婚する話が古事記にあります。
三浦佑之氏の訳では「葦原の中つ国の主となったオホクニヌシは、強い弓矢をもつお方じゃで、ヤチホコとも呼ばれておった。ところが、この神は色ごとにかけても並ぶ神はいないほどでの、口の悪いやからは、おのれの身のホコがすごいからヤチホコ様じゃ、と言うて笑うておるがの、あるいはそれが当たっておるのかもしれんのう」
葦原の中つ国の範囲が今の日本のどこら辺りまでを指しているのか? 詳しくは分かりませんが、「そのヤチホコが、ある時、高志の国のヌナカハヒメを妻にしようとて、妻問いの旅にお出ましになっての、はるばると出雲から高志のヌナカハヒメのもとに出かけて行き、その家に着くとすぐに、長々と妻求めの歌を歌うたのじゃ」「ヤチホコの 神と呼ばれるわれは 治める国に 似合いの妻はいないとて 遠い遠い 高志の国には すぐれた女が いると聞かれて うつくしい女が いると聞かれて・・・」と歌っています。そして次の日の夜にはヌナカハヒメと共寝ということになります。「高志=こし」とは北陸一帯を指す地名ですが、ここでは新潟県の糸魚川辺りを示しています。
大国主命は出雲から陸路ではなく、船に乗って遠い遠い高志の国、糸魚川にやって来たのではないか、そんな考えが頭を過ぎりました。葦原の中つ国の日本海側の北限は新潟県辺りだったのかもしれない、と思ったことです。
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at 08:12
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