何の事はない、武の神様は蚕の神様であった。蚕を祭るのは朝鮮渡来の機織り集団、すなわちハタを織る秦(ハタ)氏にほかならない。秦氏は京都を中心とする一大渡来豪族である。彼らは養蚕権を独占し、巨万の富を築いた。太秦(うずまさ)という地名は財宝をうずたかく積み上げたからだという。勿論、宇佐付近にも秦氏はいた。宇佐八幡の正式名は広幡八幡大神(ひろはたやはたのおおかみ)で、ハタの美称をもつ。中西氏によれば、このハタは機織りのハタであり、秦氏というハタ織りの氏族に基づく名前であるそうだ。
私の友人が先年宇佐八幡に参拝した折、見えたのが大きな剣の光体だったと電話で知らせてきたが、中西氏の言うようにご神体が「蚕」ではどう考えても矛盾する。やはり宇佐八幡は武の神であって欲しい。
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