自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。

虫や鳥、草や木の声を聞き取りたい土筆です

宇佐八幡と「ヒメ」 [2007年01月13日(土) ]
日本人に最も親しまれている神社と言えばお稲荷様と八幡様であろう。お稲荷様は田の神様、八幡様は武の神様と誰もが思っているが、最近たまたま部屋を掃除していて平成5年の新聞(新潟日報)に載っている中西進さんの「宇佐八幡は蚕の神様」という記事を読んだ。それによると宇佐八幡の三座の中央に祀られている神様は「姫神」で「日本書紀」によるとカラの国の少女が日本に来て難波と豊前の姫コソの杜の神になったのだという。後者が大分県姫島の「ヒメコソ神社」だ。中西さんによれば「コソ」というのは古代朝鮮語で「神社を意味し、「ヒメ」は蚕を意味するという。

何の事はない、武の神様は蚕の神様であった。蚕を祭るのは朝鮮渡来の機織り集団、すなわちハタを織る秦(ハタ)氏にほかならない。秦氏は京都を中心とする一大渡来豪族である。彼らは養蚕権を独占し、巨万の富を築いた。太秦(うずまさ)という地名は財宝をうずたかく積み上げたからだという。勿論、宇佐付近にも秦氏はいた。宇佐八幡の正式名は広幡八幡大神(ひろはたやはたのおおかみ)で、ハタの美称をもつ。中西氏によれば、このハタは機織りのハタであり、秦氏というハタ織りの氏族に基づく名前であるそうだ。

私の友人が先年宇佐八幡に参拝した折、見えたのが大きな剣の光体だったと電話で知らせてきたが、中西氏の言うようにご神体が「蚕」ではどう考えても矛盾する。やはり宇佐八幡は武の神であって欲しい。

Posted at 13:51 | 歴史 | この記事のURL
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かごめかごめ [2007年01月13日(土) ]
「かごめかごめ」という童歌があります。
歌詞は皆さん知っての通り、多少の異歌はあるが概ね、つぎのようです。「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ? 」
「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ 」

鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を謡いながら回る。歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。
各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、昭和初期に記録された千葉県野田市地方の歌が全国へと伝わり現在に至ったといわれています。
なお、文献では、このかごめかごめは江戸中期以降に現れる。『後ろの正面』という表現は、明治末期以前の文献では確認されていない。さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていないということです。

この歌に関しては国語辞典などによれば「元々児童遊戯の歌として成立したとする説があります」 (籠の中の鳥=オニであり、「囲め、囲め、オニの人は何時になったら次の人と交代して出て来ることができるのでしょうか。後ろの正面は誰?」と解釈する。ただし「鶴と亀がすべった」の部分については「語呂やリズムを合わせる為」と曖昧にしているものが多い。

私は昔からこの不思議な歌が気になっていて最近も時々何かの拍子に思い出す事が多い。この歌の解釈はいろいろありますが、どれも真実とは言えないように思います。日本の歴史の古層のある重大場面を歌ったという人もおり、真実は闇の中ですが、どうも気になる歌ではあります。皆さんは小さい頃この童歌で遊んだことがありますか。

Posted at 08:36 | 歴史 | この記事のURL
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知れば怖くて食べられない [2007年01月11日(木) ]
暮れに九州の親戚から明太子が送られてきた。毎年送られてくる。我が家では父の好物だという事で送られてくるのだが、父は今ではほとんど食べない。一度少し多く食べて腸を痛め体調を崩してから用心して食べないのである。代わりに私が食べるのだが、一腹の半分も食べようものなら翌日から必ず下痢である。今年も暮れから下痢が続いた。
普段玄米と野菜、たまに魚、という食事が基本なので私の身体は明太子を全くの異物として細胞が拒否するのだろうか。
冷蔵庫に入って年を越した明太子、夕べ若い友人が来たので出したら、彼はやにわに鞄から一冊の本を取り出した。『食品の裏側』(東洋経済発行)という本である。
帯に「知れば怖くて食べられない」「安さ便利さの代わりに私たちは何を失っているのか」という言葉が踊っている。
その本の第一章に「食品添加物が大量に使われている加工食品」という項目があり、「明太子」「漬物」「練り物、ハム、ソーセージ」について記されている。
「明太子はタラコを原料としてつくられます」とあり、続いて、「タラコは硬くて色のいいものが高級品とされますが、これは添加物でどうにでもなります。柔らかくて色の悪い低級品の原料タラコ。そんな原料タラコでも、添加物の液に一晩着けるだけでたちまち透き通って赤ちゃんのようなつやつや肌に生まれ変わります。身も締まってしっかりした硬いタラコになるのです。それはまるでマジックのような見事さです」
そして次の頁に添加物の表が出ていて一般に市販されている明太子が出来るまでに使われる添加物の名前が載っている。なんと22もの添加物があげられていた。
驚いたことには、化学調味料の量ときたら明太子以上のものはないそうである。かまぼこも化学調味料のかたまりらしいけど、明太子はその3倍というから凄い。
問題はこれだけの添加物の入った食品を摂取した場合、身体がどういう影響を受けるのか? という点である。厚生労働省は添加物について一つ一つ毒性を検査して、一定の基準を満たしたもののみを許可しているが、複数の添加物をいっぺんに摂取したらどうなるかという事についてはまだきちんと研究はなされていないのだという。 怖い話である。
では、添加物の毒性や発ガン性のテストはどの様になされているのかというと、ネズミなどの動物を使って行われているのだそうで、「ネズミにAという添加物を100c使ったら死んでしまった。じゃあ、人間に使う場合は100分の1として、1cまでにしておこう」
大雑把にそのように決められているのだという。
親戚から送られてきたのは無着色明太子だが、無着色明太子についても、そのメーカーの健康志向を装った売らんかなの拡張表示の実体や添加物の量については普通の明太子と大差ないと書かれていてる。
読めば読むほど鳥肌の立つ内容で、是非とも皆様に読んでいただきたい本である。著者の阿部司氏は食品添加物の元トップセールスマン。食品製造の舞台裏が余すところなく書かれていて、消費者である私たちが普通に買って食べている食品に入っている添加物についてあまりにも知っていないことに愕然とした本である。



Posted at 19:24 | | この記事のURL
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与えられている歴史 [2007年01月07日(日) ]
オーパーツ out-of-place-artifacuts
(現在の私たちの科学体系では処理できない場違いな加工物)

佐治芳彦氏がオーパーツについて次の様に書いている。
「一九六七年アメリカコロラド州のロッキー・ポイント鉱山で(地表から約一二〇bの深さのところ)銅の鉱脈の中から人骨が発見された。)地質学的に見て数百万年以前のものとあるから、アフリカのオルドバイ峡谷から発見された世界最古の人骨よりも古いかも知れない。ただ問題だったのは、その箇所から、人骨以外に、長さ一〇センチの焼きのよく効いた銅製のやじりが出土したことである。つまり学者から見ればまさに『場違い』もいいところなのだ」
この事実を現代の学者たちは解説できない。しかし事実は隠しようもなく事実である。
また、「一九七二年、フランスの原子力委員会の元委員長フランソワ・ペランの出した有史以前の核の連鎖反応の報告がある。
それは西アフリカのガボンから送られてきたウラニウム鉱石の分析結果が、ウラン二三五を〇,六二一l(普通〇,七一五l)しか含まず、あたかも二三五の減少した分が連鎖反応によって燃えたとしか考えられなかった事である。しかもフランスの核研究センターの調査によると、ウラン核融合物の残滓物の特有な形で四つの稀土元素も発見されたのである。だが連鎖反応が自然に起こったとすれば、つまり燃える為には減速剤として「水」が必要である。その「水」は不純水が一万分の二〜三パーセント以下の純粋でなければならないが、そのような高純度の「水」は天然には存在しない。ということは、一七億年前に原子炉があったということである」
これらの事は今の歴史では処理する事が出来ない。だとすれば地球の歴史が本当に四五億年なのかどうかも疑ってしかるべきではなかろうか。現代科学や歴史学が恣意的にとは言わないが、解明できていないことは実は山ほどあり、それらは解明不可能と言うだけで無視され、現在の歴史の体系が作られているとしたら、未来に起こるであろう地殻の変動によって種々のものが無視できないほど出現する事により、地球の歴史は大きく変わると考えた方が自然である。三内丸山遺跡の発見によって縄文時代の意味がまるで変わってしまった様に。
つまり今私たちが与えられている歴史はあくまでも仮の歴史であり、本当の歴史を私たちは未だ何も知っていないと考えるべきであろう。
その意味で学会で無視されてきた日本の古史古伝の一つ『竹内文書』についても素直に読んでみる必要がありはしないだろうか。また、酒井勝軍著『太古日本のピラミッド』なども本格的に検討し、歴史の中に位置づけていかなければならないのではなかろうか。

Posted at 21:47 | 歴史 | この記事のURL
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今気付いたんですが・・・ [2007年01月05日(金) ]
このブログ、今気付いたんですが、昨年の11月以前の記事をどうやったらみることが出来るのでしょうか?
どなたかお教えいただけませんか。

Posted at 17:09 | この記事のURL
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明けましておめでとうございます [2007年01月01日(月) ]
静かな元旦、天候にも恵まれ、新潟も3月中旬の気候、雪のない、穏やかな正月となりました。小笠原の父島では今日が海開き、気温は20℃だという。日本は広い。
夕べムラのお寺の除夜の鐘の音を聞いていたらいつの間にか年が明け、1時。外に出ると月が出ていた。
午後、穏やかな天候に誘われて数年ぶりで越後の国一宮、弥彦神社に参拝するも身動きのならないほどの人出、参拝する人で弥彦神社は埋まっていた。


今年が平穏の日々でありますよう、日本が平安、安泰であります様、祈念しました。
皆様今年も宜しくお願い申し上げます。

Posted at 18:17 | この記事のURL
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