20日、お昼ちょっと前に津屋崎に別れを告げ、九州自動車道に車を乗り入れた私は、九州を後に中国自動車道を東に走りました。運転席の脇にはS・Aでもらった中国地方版マップ。目指すは出雲です。地図で見ると「出雲市」のすぐ南に「立久恵峡温泉」とあります。
今日はここに泊まろうと決め、中国道の三次ICで降り、国道54号線を北上、ひたすら出雲を目指しました。54号線はまさに神話街道、車を走らせながらも心が奇妙に落ち着いているのを感じていました。
夕方の6時ちょっと前、立久恵峡に漸く着いた私は、目についた温泉宿に飛び込みました。宿の名は御所覧場。この宿は緑深い渓谷にたつ鄙びた感じの宿です。部屋の中から、また露天風呂から雄大な立久恵峡が望まれます。露天風呂でゆっくりのんびり旅の疲れをいやしました。
翌朝、食事を終えるとすぐに宿を発ちました。私は、昨日、宿に着くまでの道のあちこちで目にした須佐神社の案内板が気にかかっていたので、今日は先ず須佐神社に行こうと決めました。
須佐神社は「出雲国風土記」(天平5年=733年)にも出てくる歴史の古い神社です。今の本殿は450年ほど前に、戦国武将の尼子晴久の時代に建て替えられたもので、「大社造り」という古い様式の神社建築だそうです。
「出雲国風土記」には、次のように記されてあるそうです。『この国は小さい国であるがよい処である。それで自分の名は石木につけない、この土地につけると須佐之男命が仰せられて、大須佐田、小須佐田を定められ、自分の御魂を鎮められたという意が掛かれてあり、即ち御名代として又大神の御本宮である』と。とても霊験あらたかな御社と言うことになります。
『やくも立つ いづもやへがき 妻ごみに やへがきつくる そのやへがきを』
大好きな須佐之男命のお社に偶然とはいえ、参拝することが出来て、この旅はなにか或る意図のもとに行動させられているのではないかという気が一瞬しました。