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自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。

虫や鳥、草や木の声を聞き取りたい土筆です

野沢菜 [2007年10月26日(金) ]
 先日、長野からの帰りに久しぶりに飯山から津南に出る国道117号線を走った。野沢温泉や秋山郷などへの道である。県境の栄村の道の駅に立ち寄ると秋である、天然の、くり茸、あまんだれ、なめこなどのキノコ類、それに野沢菜が売られていた。野沢菜はしなくれて鮮度が落ち、残り少なくなっている。6束しかなかった。2束で100円。全部買おうか迷ったが結局、4束買った。数年前に10束ほど買って帰って漬けたことがあり、とても美味しかったので又漬けてみようと思ったが、しなびて鮮度が落ちているので少ししか買わなかった。




 昔は、長野へ旅行して食べる野沢菜の美味しさに惹かれて、この辺の農家でも、また我が家でもそうだが、野沢菜を栽培した時期があると母が言う。しかし、いつの間にか誰も作らなくなった。筋っぽくて漬物以外では美味しくないし、たまに食べるのなら良いが、毎日食べる冬の漬物はやはり沢庵が一番。それに、こちらでは「たい菜」というとても美味しい野菜があり、冬場は「たい菜」を食べたら野沢菜はガスモクを食っているようで食えたものじゃない。だからわざわざ野沢菜は作らない。長野へ旅行に行って、買って食べる野沢菜漬けで充分というわけである。

 野菜はやはりその土地その土地で特徴がある方が良い。気候風土が異なるのだから適地適作があり、長野で、とくに野沢で作られる野沢菜がやはり美味しい。

Posted at 08:25 | | この記事のURL
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十三夜 [2007年10月23日(火) ]
 月の名前を数多く有する日本語。名前の多さから言っても、世界に多くの国がある中で月に一番関心を持ってきたのは日本人に他ならないでしょう。西欧では、例えば「ロミオとジュリエット」の一場面で、ロミオがジュリエットに「あの月に誓ってジュリエット、君を愛するよ」というようなことを言うと、ジュリエットが「毎日変わりゆく月に誓ってとは何事よ・・・」と大いにむくれる。たしかそんな場面があったはずで、月に対するとらえ方が日本人とは異なるように思います。
 今夜は十三夜(旧暦九月十三日)。十三夜は中秋の名月の後なので、「後の月」と言われているのだそうです。十五夜はイモを供えるのが普通ですが、十三夜は「栗名月」、また「豆名月」とも呼ばれています。お供えに栗や豆を供えることからそう呼ばれているのだそうですが、我が家では漸くイモを掘り起こしたばかり。だから今夜、お供えしたのはイモです。もっとも今になると栗も豆も、もう収穫されているので地方によっては栗や豆をお供えしていることでしょう。
  日本人の自己同一性の志向によってイモ正月は駆逐されてきましたが、嘗ては全国各地に餅なし正月、イモ正月の伝承があったのは事実です。月にお供えするのが米でなくイモ(栗・豆)であることは、意味深長です。イモから米(餅)へと至った日本の歴史に興味が湧きます。

 十三夜は晴れることが多いようで、「十三夜に曇り無し」という言葉もあります。今日の新潟は、明け方は雨模様でしたが、その後急速に天気が回復し、午後からは快晴。気持ちのよい 一日でした。写真は仕事帰りにデジで撮った今日の越後平野に沈む夕日とそれからすぐに出た月です。月を撮ったときは生憎薄い雲がかかっていました。



 日本が打ち上げた月の探査衛星「かぐや」。とても良い名前です。この「かぐや」もこの十二月からいよいよ活動を開始するとのこと。月の神秘が多少は明らかになることでしょう。私の関心事ですが、月の裏側がどうなっているのか気になっています。それも「かぐや」によって徐々に明らかになっていくだろうと今から楽しみにしています。

Posted at 19:03 | 自然 | この記事のURL
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リンゴの秋 [2007年10月20日(土) ]
 旧約聖書に登場するアダムとイヴが蛇にそそのかされて食べた善悪を知る果実がリンゴであるというのは後の時代に創作された俗説であるという。その訳は、当時旧約聖書の舞台となったメソポタミア地方にはリンゴは分布せず、またその時代のリンゴは食用に適していなかったからだという。

 何れにしろリンゴは人類の歴史と共にあり、古くから食べられていたようである。日本に西洋リンゴが伝わったのは明治時代、今では青森、岩手、長野などがリンゴの産地である。長野へ行くとこの季節、道の脇にりんご農家が店を開いている。新潟から長野に入り、長野市にはいるまでの国道18号線沿いの道に特に多い。そんな中で私がいつも立ち寄るのが長野市に入ってすぐにある「アグリながぬま」だ。多くの農家が決められたマスの中にとれた野菜を出しているが、今の季節はやはりリンゴが主だ。本命フジまではまだちょっと間があるが、ジョナゴールド、世界一、アルプス乙女、千秋、紅玉、秋映、王林等々どれにしようか迷うほどいろいろな品種が顔をそろえている。

 私の友人などはリンゴは紅玉に限るという。あの酸っぱさがたまらないというのだから、それぞれ好みはあるものだと気付かされる。私など、紅玉はアップルパイなどの材料にしか使われないと思い込んでいた。「リンゴを一日一個食べると医者いらず」等とも聞く。この季節、せいぜいリンゴを食べようと5種類も買い込んでしまった。



Posted at 15:09 | | この記事のURL
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沈む夕日 [2007年10月20日(土) ]
 秋晴れの18日、私は松本からの帰り、安曇野を通り、大町、白馬、そして日本海に抜ける国道147号線を走っていた。路傍には芒薄の白い穂や野菊の花が風に揺れ、山間の棚田からは枯れ草を燃やす白い煙が立ちのぼっている。紅葉がそろそろ始まろうかという秋の深まりの中で車を走らせていると心まで秋の自然に染まって行く様な気がする。
 陰陽五行説では秋と云えば「白」、四神で云えば「白虎」でやはり「白」だ。北原白秋は秋にわざわざ「白」をつけている。秋の深まりは白色が相応しい。そんなことを漠然と考えながら車を走らせていると、山の中に忽然と集落が出現したりして驚かされる。
 信州では山の中に、こんな所にと思う様な所に忽然と人家が現れて驚くことが屡々あるが、数年前に四国の剣山へ行ったときも山の中に人家が出現してびっくりしたことがあり、平地の少ない日本では寧ろ昔は山の中での営みが当たり前だったのだろうと思わないわけにはいかない。
 トンネルを幾つも抜けて日本海側に出るともう夕暮れだ。糸魚川の海に沿った国道を北上していると夕日がサイドミラーにきらっ、きらっと反射する。車を降りて海辺で水平線に僅かに横たわる雲間に沈みゆく夕日を撮った。夕日が沈むと共に穏やかな海の色が黒々と変容していく様は圧倒的な大自然の命の営みを目の前に見せられているようで人間の小ささを感じさせられる。人間の思惑など遙かに超越して自然は自然の営みをしていると思い知らされるのだ。

Posted at 11:45 | 自然 | この記事のURL
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橋の光景 [2007年10月15日(月) ]




 橋はこちらとあちら、此岸と彼岸をつなぐ境界にある。それぞれの空間を架ける役目を果たしている。
 天高く、澄み渡った秋の一日、久しぶりに市内に所用で行った。信濃川沿いに歩いていると万代橋が見える。万代橋は、信濃川下流域に1929年に架けられた鉄筋コンクリート製の6連アーチ橋だ。全長は約307メートルで幅は22メートル。橋としては日本橋に次いで国の重要文化財に指定されている。この橋、勿論、日常的に車両が通行する近代の橋である。
 国土交通省では万代橋の重要文化財指定とともに「万代橋」を旧字の「萬代橋」に変更したらしいが、市民は今まで通り「万代橋」と思っている人が多い。市の建造物を代表する橋でもある。いわし雲が空に浮かび青空に模様をつけている。何とも心地の良い昼下がりだ。

Posted at 09:11 | 街の光景 | この記事のURL
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滝の諸相 [2007年10月13日(土) ]



 晴れた秋の一日、深山に分け入ってゆくとその滝はあった。小滝と大滝、白い水沫が身体にかかり、秋の陽光の中で水沫が肌寒さを誘う。
 夏の熱が去り、然し紅葉にはまだちょっと間がある、そんな季節、滝壺の間近で身体一杯に滝の音を受けていると自分の身体が音の中に溶けていく様な感じがした。
 この滝、日本の滝百選の一つ、鈴ヶ滝。

Posted at 18:28 | 自然 | この記事のURL
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マコモタケ、食べたことありますか? [2007年10月09日(火) ]


 写真をご覧になればお分かりの通り、「マコモタケ」という食べ物です。長野出張の折、はじめて目にしたので求めました。
 マコモは、イネ科マコモ属・多年草の水生植物で、小さい頃はよく沼や河原などで見かけました。こちらでは「がつぼ」といって手で引っこ抜き、茎の白い部分を生で食べたものです。
 写真のマコモタケは栽培したものです。5月下旬頃に水を張った水田に、1平米に1本程度定植した後、水稲と同じような管理をすると、その若茎が黒穂菌(くろほきん)によって肥大生育し、秋の収穫時になると草丈が、1.5メートルから2メートルほどになり、株のところが5〜20センチほどに大きくなり、「マコモタケ」とよばれるように成長るのだそうす。
 生でスライスしてサラダとして食べてみましたが、とても美味しく、また油で炒めても美味しく食べました。食感もさくさく、丁度タケノコとアスパラを足して2で割った様な感じです。自炊宿で酒の肴に絶品でした。


Posted at 22:14 | | この記事のURL
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秋の石仏 [2007年10月09日(火) ]
 下諏訪町の諏訪大社下社春宮から歩いて5分ほどの所、西側を流れる砥川の対岸の田んぼの中に変わった大きな石仏があります。万冶の石仏です。数年ぶりに訪ねましたが、何度見ても面白い。
 この石仏は大きな自然石の上に仏頭を乗せた石仏です。岡本太郎氏や 新田次郎氏が紹介したので広く知られています。 面白いのはここの地籍はこの石仏に因んで古くから「下諏訪町字石仏」なのです。




 

Posted at 21:18 | | この記事のURL
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峠の松並木 [2007年10月09日(火) ]
安藤広重が「中山道六十九次」の中で描いた松並木が今に残っている。その松並木の続く笠取峠(かさどりとうげ)は、長野県北佐久郡立科町と小県郡長和町との境にある、中山道の峠だ。標高は900m。芦田宿と長久保宿の間にあり、旅人が上り坂で暑さと疲れのあまり、皆いつの間にか笠を取っていることから笠取峠と呼ばれるようになったと言われる。
 今は車であっという間だが、昔はどこへ行くにも歩き、さぞや疲れる峠だったのではと思う。小諸藩が植えた松並木が残り、往時の面影を留めている。石畳の道を歩き、美しい松並木を愛でながらそこかしこに建っている石碑に足をとめ、30分ばかりそぞろ歩いた。秋の草に囲まれた茅葺きの休憩所などもある。空気澄み渡り、透明感のある秋の一日は仕事をするよりもこの様な自然の中を逍遥するのがいい。気分も晴れやかになる。峠の入り口に清水がこんこんと湧き出でていたので口にしたが、冷たくはなかった。




Posted at 07:10 | | この記事のURL
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諏訪大社(春宮) [2007年10月08日(月) ]
 諏訪まで仕事に行ったので何年ぶりかで諏訪大社(春宮)にお詣りした。
 諏訪大社は諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)本宮・前宮の2宮、北側に下社(しもしゃ)春宮・秋宮の2宮があり、計4つの宮から成る。社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ木の柱が立っているほか社殿の配置にも独特の形を備えている。祭神は上社に建御名方命(たけみなかたのみこと) 、八坂刀売命(やさかとめのみこと) 、下社は上社の2柱の他に御兄八重事代主神(やえことしろぬしのかみ) である。
 8月に出雲大社に参拝したこともあり、『古事記』の天孫降臨にさいし、国譲りの場面で広く知られている諏訪大社にお詣りせずにはおれなかった。もっとも春宮は毎年2月〜7月に御神体が祭られており、秋宮が8月〜1月に御神体が祭られているので、今の時期は秋宮に参拝すべきなのかもしれぬが、時間があまりないこともあり、また万冶の石仏のこともあり、春宮にお詣りしたのであったが、本当にはお詣りしたことにはならないだろう。
 諏訪大社は信濃国一之宮として広く天下の崇敬を集め、御神徳を奉じ分社・分霊を祀ること全国津々浦々に及びその数五千有余を数えるという。
 式年大祭(申年と寅年の7年に一度)の御柱祭は有名であるが、私は一度も直接には見たことがない。5丈5尺(約16.8m)の樅の木16本を山から切り出し四宮の四隅に御柱として建てる神事だ。神霊の寄りつく柱(または神地境界)を意味する勇猛な盛大なお祭りとしてテレビニュースなどで知っているだけである。


                        御柱



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