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自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。
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山と海と里のなかに
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桜と桃 [2008年04月14日(月)
]
今年の野菜作り [2008年04月12日(土)
]
今年も桜の季節になりました。桜が咲き始めると田や畑にも人の姿が見られます。
野菜作りは、昨年、父が亡くなり、母一人ではなかなか思うに任せないので、今年は私が昨年より野菜作りに時間をとられそうです。 私が任されている信濃川の河川敷の畑に出かけてみると、枯れ草が一面に被っていました。隣の畑はもう新しい畝が立派に出来ていて、何を蒔いたのか分かりませんが、整然としています。 私は今年は不耕起でいこうと思っています。 枯れ草と生え始めたスギナを鍬で土毎薄く削りとって土の表面を出し、其処にサラダゴボウと5寸ニンジン、を蒔き、薄く土をかけて枯れ草で表面を覆いました。昨年一年間、草ぼうぼうのままほったらかしにしていた畑なので、土づくりもしない、肥料もやらないで、大地の力だけで、育てようと思っています。 当然、除草剤も使わないので、草との共生と言うことになります。どんなサラダゴボウと5寸ニンジンが出来るか楽しみです。草の勢いが強すぎて負けそうな時だけ、周りの草をとって助けてやろうと思っています。 カボチャは、昨年は大きなカボチャが食べきれずにだいぶ残ったので、今年はあまり大きくならない「栗カボチャ」を蒔きました。 ダイソーで二袋105円の種です。一袋に5粒入っています。ポットで発芽させようか迷いましたが、そのまま直に蒔きました。 それにしても100円ショップで野菜の種を買ったのは初めて、上手く芽が出て立派な実がなり、収穫出来るよう祈りました。 Posted
at 16:08
| 野菜作り
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コノハナノサクヤビメ [2008年04月10日(木)
]
桜の季節になるといつも古事記、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)の神話を思い出します。
木花之佐久夜毘売という女神のイメージに関与した花の種類は何かといえば、サクラ以外ではない。咲くという語を名に持つ唯一の花であるサクラが、和歌に代表される伝統的な美意識の中で、華やかさ=生と不安=死とを併せ持つ花として。感じ取られているのは、その木がサクラと呼ばれた時からだと考えないわけにはゆきません、と、三浦佑之氏は語っています。 葦原中国(あしはらのなかつくに)に天降った(天孫降臨した)邇邇芸命(ニニギノミコト)は笠沙の岬で、美しい木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)に出会い、求婚します。木花之佐久夜毘売は「そういうことにはお答え出来ません。私の父の大山津見神がお答え申し上げるでしょう」と答えます。 娘への求婚の申し出を父の大山津見神は大喜びして、その姉の石長比売(イハナガヒメ)を添えて、台に乗せた沢山の食物を持たせて邇邇芸命にたてまつったのです。ところが姉の石長比売は大変器量が悪かったので、邇邇芸命は姉の方は結構だといって送り返します。 大山津見神はおおいに恥じて、怒りをこめて、次のように邇邇芸命に詛いの言葉を送ります。 「私の娘を二人一緒に差し上げましたのは、こういう理由からです。石長比売を遣わしたのは、天津神の御子の生命は、雪が降っても、風が吹いても岩の如く、永遠で丈夫で変わらずに、永くあれと思ってのことです。また、木花之佐久夜毘売を遣わしたのは、天津神の御子孫が木の花の如く栄えてあれと思ったからです。 この様なことを神に約束して差し上げましたのですが、石長比売を返されて木花之佐久夜毘売ただ一人をとどめおかれたとは、こういう事では天津神の御子のお生命は、木の花のままに散り落ちましょうぞ」 この部分を日本書紀に探すと古事記のように天津神の寿命ではなく、人間一般の寿命が短くなった謂われとして語られています。 いずれにしろ、石長比売が永遠性を象徴しているのとは反対に、木花之佐久夜毘売が繁栄と有限という、移りゆく時間を象徴しているのは明らかでしょう。日本人の美意識は仏教が伝わる以前から、桜の花に象徴されているのかもしれません。 面白いのは、邇邇芸命(ニニギノミコト)は天忍穂耳命の御子であり、次男です。木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は大山津見神の娘で、次女なのです。このことに何か意味があるのかないのか分かりませんが、ちょっと気になります。 Posted
at 19:52
| 日本人の美意識
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『続未来からの警告 ジュセリーノ予言集U』 [2008年04月08日(火)
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今日、たま出版からジュセリーノ・ノーブルガ・ダ・ルースとサンドラ・マイアの共著『続未来からの警告 ジュセリーノ予言集』が発売されました。今、手元に届いた本をめくっているのですが、巻末の「世界の予言年表」を見ると言葉を失います。
世界はこれから本当に大変困難な時代に突入していくことが分かります。勿論日本にも超弩級の困難な時代が到来する事が記されています。これらの予言が当たらないことを祈っていますが、今までの彼の予言の当たった確率の高さからして、これらの予言を絵空事と断じることは何人と雖も出来ないでしょう。 この本の第一章に「何のために予言するのか」とあります。 「過去30年以上にわたって出された予言の大半は、自然災害、あるいは不慮の事故などと関係しているにもかかわらず、ジュセリーノ氏の基本的な姿勢は、救済の希望が含まれているということです。氏は、自分が出した警告に対し、まだその災難の拡大を防ぐことができると信じているのです。 ですから、予知された災害に関わる政府や行政当局者などが、予言というものに懐疑的でなければ、多くの災害は避けられたか、災害を最小にすることができたはずだと、ジュセリーノ氏は考えています」 私はジュセリーノ氏を真の予言者だと思わないわけにはいきません。私は旧約聖書に出てくるエレミヤを思い出します。エレミヤは旧約聖書の『エレミヤ書』に登場する古代ユダヤの預言者です。彼の予言はさっぱり当たりませんでしたが、神は彼を重用されました。エレミヤは神の言葉を予言として伝えましたが、彼は示された凶兆を何とかして避けたいと神に祈っていました。その祈りによって彼は当たらぬ預言者になったのです。ジュセリーノ氏も又当たらぬ予言者でありたいと心から願っているのだと思われます。 Posted
at 19:07
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合唱 春の歌 [2008年04月08日(火)
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春の花 分かりました [2008年04月08日(火)
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ロックハート城 [2008年04月06日(日)
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四万温泉の宿を午前10時に出て、上毛高原駅まで友人一家を送っていく途中にロックハート城という建物がありました。旅館でここはテーマパークだと聞いていたので寄ってみました。入場料、千円、あまり期待はしていなかったのですが、中に入ってみると、これがなかなか面白い。
ロックハート城とはスコットランドの古城です。、その城が英国大使館の協力を得て実現した「古城移築」の大プロジェクトによって、復元され、一般公開されているのです。 ロックハート城は、スコットランド独立の英雄ロバート・ブルース王(1274〜1329)と英国が誇る世界的文豪ウォルター・スコット(1771〜1832)のゆかりの城なのだそうです。 いろいろ見るところはありましたが、興味をひいたのは、事故で亡くなった悲運の王妃、ダイアナ妃の御料車ロールスロイス。それに自然の石に描かれた絵です。石を加工して使っているのではなく、拾った石の形状をそのまま利用して、様々なものが描かれています。とても上手く描かれていて、見ていて飽きない作品でした。 Posted
at 22:36
| 旅
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四万温泉 [2008年04月06日(日)
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三国峠越え 県境の春 [2008年04月06日(日)
]
Posted
at 19:17
| 自然
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春の善光寺 [2008年04月04日(金)
]
Posted
at 21:26
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