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自然、温泉、めぐる季節と一つになりたい。
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山と海と里のなかに
超古代 竹内文書を読む
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山と海と里のなかに
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蓮花 [2008年07月30日(水)
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自然の生命力 [2008年07月29日(火)
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「山」=やま、セン、サン [2008年07月28日(月)
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「〜山」という字は「やま」と読むのか、「セン」と読むのか、それとも「サン」と読むのか難しいものです。会津磐梯山(ばんだいさん)、加賀の白山(はくさん)などは「さん」と読み、浅間山(あさまやま)、巻機山(まきはたやま)などは「やま」です。伯耆大山(ほうきだいせん)、船上山(せんじょうせん)などは「せん」です。
知っている身近な山なら誰でも分かるのですが、知らない山については読み方が分からないことが多いものです。この2〜3日、寝床で読んでいる本で『山名の不思議』谷有二著があります。最初に「やま」の文化、「サン」の文化が載っていて実に面白いことが分かります。 それによると「セン」という読み方は呉音だそうです。因みにお経は全て呉音で読んでいるそうです。「サン」は漢音です。平安時代の初め、空海に代表される多くの日本人が唐に渡って漢字を覚えて帰国しました。覚えてきた漢字の読み方は漢音=正音です。 漢字以前の数百年に亘って日本に入ってきていたのが呉音ですから「山」は「やま」が古くて、次ぎに「セン」が来て、最後に「サン」が来るという順になります。 ここで面白いのは「セン」と読む山が山陰地方に集中していることです。ざっと挙げると伯耆大山、船上山、若杉山(わかすぎせん)、氷ノ山(ひょうのせん)、蒜山(ひるぜん)人形山(にんぎょうせん)等があります。此は太古からこの地方に住んでいた人々が「山」を「セン」と発音していた名残に他なりません。もしかしたら大国主命の出てくる古事記や出雲神話のころまで遡ることになるのかも知れません。だとしたら、大国主命は呉音の文化圏にいたと云うことになります。またこうも考えられます。大国主命が国譲りをしたあと、支配した天孫族の文化が「セン」(呉音)の文化だったのではないかと。 因みに私が年に四〜五回は福島に出張して通る霊山町(りょうぜんまち)は、福島県伊達郡にある町です。2006年1月1日、同じ伊達郡の伊達町、梁川町、保原町、月舘町と合併して、伊達市となってこの町は消えましたが、この町には霊山神社があり、御祭神は北畠顯家 北畠親房 北畠顯信 北畠守親の四柱です。 Posted
at 19:03
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石塚左玄 [2008年07月28日(月)
]
自然食の提唱者の元祖とも言うべき人に明治時代に活躍した石塚左玄がいます。
現今の食品が人工肥料にはじまり、人工着色、人工調味料などによって全面的におかされ、健康なる生命が失われゆく姿を正視するに忍びず、として起こったのが自然食運動です。 石塚左玄の食本主義は「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとしました。人の心を清浄にするには血液を清浄に、血液を清浄にするには食物を清浄にする、とあります。 今、人類穀食動物論 食養理論の大著である『化学的食養長寿論』を解説した本を読んでいますが、「人類は穀食(粒食)動物なり」と書いています。臼歯を噛み合わせると、粒が入るような自然の形状でへこんでいるため、人間は粒食動物だと言っています。そして穀食主義を提唱しています。人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、菜類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、人類は穀食動物であるからです。 身土不二についても言及しています。 「郷に入れば郷に従え」、その土地の環境にあった食事をとる。居住地の自然環境に適合している主産物を主食に、副産物を副食にすることで心身もまた環境に調和するのです。 他にミネラルのナトリウム(塩分)とカリウムに注目した陰陽の調和論、一物全体の提唱等々食について究めつくしています。 西洋に発する物質文明にどっぷりと浸りきって生きてきた私達は、これからいつ身体の具合が悪くなるやもしれぬ高齢者と高齢者予備軍です。食育が叫ばれている昨今ですが、食養の祖、西洋物質文明と戦って日本医学の復古維新を図った憂国の志士、石塚左玄先生の本を閑な折に読んでみるのも良いのではないでしょうか。 Posted
at 06:11
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真夏 [2008年07月25日(金)
]
毎日「真夏」の暑さが続きますが、この「真」がつく表現。他にも「真冬」はいいますが、なぜ「真春」「真秋」とはいわないのでしょうか、とNHKラジオでアナウンサーと思しき人が言っているのが耳に入りました。
そして、接頭語である「真」は @「完全である。まじめである→真心・真人間」 A「正確にその状態にある→真東・真上」 B「純粋でまじりけのない。まったくその状態である→真水・真白」などの使い方があるといい、「真夏」「真冬」の「真」は「まったくその状態である」と考えられると。 それに比べ、春や秋は、暑い夏や寒い冬に向けだんだんと気温が変化し移りゆく季節。「その状態が極まっている」といえないために「真」がつかないのだと解説していました。 なるほどと思います。 我が国には天孫降臨の時、持ち下り給うた天津古世見、国津古世見なるものがありましたが、聖徳太子の頃それが散失してしまったと言われています。その為に世は乱れ始めたのです。天津古世見とは過ぎし世の事を記し、国津古世見とは後の世を教えるに用いられ、凡そ一年を三百六十日とし、之を四季に分って 春九十日、初春(はつはる)、仲春(なかはる)、終春(はてはる) 夏九十日、初夏、 仲夏、 終夏 秋九十日、初秋、 仲秋、 終秋 冬九十日、初冬、 仲冬、 終冬 となっています。そして、ほかに年の初めに一日 国祝(くにほぎ)日があり、四季の中には冬季の初めに、一日づつの霊祝(たまほぎ)日があって、各遠津祖の祭り日としてありました。このほかに五年毎に一日づつ特日があって之を種祝日とし、五十年に一日を加へて之を大国祝日とし、次には千年毎、万年毎に一日づつを加へて豊国祝日として、季と節とを合せたもので現在の太陽暦より遙かに完成されていたものであったようです。 してみると古代の人達と現代の私達とは季節の感じ方がだいぶ異なるのかも知れません。 この事は、暦によって人の季節についての感じ方が異なることを意味しているのだという考えを誘います。 例えば、一日が24時間ですが、これを26時間としたらどうなるか? また、マヤの暦のように一年を13ヶ月にしたら、私達の時間感覚、季節の感覚も今とは異なってくると思います。 Posted
at 06:58
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夏の里山を歩いたら [2008年07月24日(木)
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ヘチマの句 [2008年07月21日(月)
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糸瓜咲て痰のつまりし佛かな
痰一斗糸瓜の水も間にあはず をととひのへちまの水も取らざりき この句は子規の辞世の句として知られています。子規は他の植物を選ばず、糸瓜を何故選択したのでしょうか。人生の最後の表現材料に、美しい草花を選ばず、「糸瓜」という精彩なイメージとほど遠いものを選んだのか疑問だとある学者は考えました。最後に「糸瓜」を選んだのですから、子規の精神の到達点に「糸瓜」が大いに関与しているに違いないと思ったのです。 しかし、意識朦朧としている中で単に部屋から見える糸瓜を題材にしたのだと私には思えます。子規は死に至る十年前より糸瓜句を詠んでいます。生涯で五十余句あるそうです。 我が家でも糸瓜は母が毎年1〜2本育てています。糸瓜の水を採る為です。糸瓜の花が朝日を浴びて咲いています。 Posted
at 19:31
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ギャラリー夢のくら 7月の作品展 [2008年07月19日(土)
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久しぶりに友人夫妻がやっている「ギャラリー夢のくら」を訪ねた。館内は混んで賑わっていた。決して広くはないスペースに作品がぎっしり展示されている。此処を経営している気の良い友人夫妻の人柄か、いかにもアットホームな雰囲気が心地いい。 今月展示されているのは「コットンハウス たんぽぽ 親子展」と名うっている。ご夫婦とお嬢さんで作品展をやっている。パッチワークを中心とした布関係が奥さんとお嬢さんの作品、ご主人は陶芸作品を展示している。この焼き物、プロとはとても言い難いが、そこが又良い。値段は安く、中にはちょっと歪のものもあるが、それはそれで愛嬌というものである。値段の安さに惹かれて私もつい5000円の壺と500円の抹茶茶碗を買ってしまった。抹茶茶碗は厚く重く、しかもゆがんでいるが何となく気に入って買った。 Posted
at 19:20
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土用入り 梅雨明け [2008年07月19日(土)
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教育も [2008年07月18日(金)
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大分県の教員採用試験をめぐる汚職事件の報道が連日なされ、次々と真相が明らかになってきているが、この採用のやり方が代々続いていたことを示していて、暗澹たる気持ちにさせられる。
本来なら試験に落ちて教師になれる筈のない人が職を得て教師としてやっている。 この事件の結末がどのように処理されるのか? 過去に遡れば一体どのくらいの数の人達が不正な手段で教師の職を得たかが明らかになるだろう。 問題は、今現在教師をしているその人達をどう処分するかである。見物である。 この度は、大分県でこの様な汚職事件が明るみに出たが、当然ながら他の県では何もないのか? 潔白か? と多くの国民は思うだろう。大分県の場合と似たり寄ったりではないかと危惧される。 戦後の日本、ついに、教育までもが地に堕ちた。日本は、やはりもう一度、御破算で願いましては、からやりなおすしか手はないように思う。新しい酒と新しい皮袋の必要な時代が来ているのだ。そうでなければ蘇ることは出来ない。 Posted
at 20:35
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