披露宴会場に着いて、受付をすませると、新郎と白無垢の花嫁が現れて、列席者に挨拶があり、そのまま歩いて7分ばかりのところにある古い大きな社まで、照りつける強い陽射しを浴びながら、皆で歩いて行った。
私は全身汗まみれ、熱中症か、頭がくらくらするので、きっと花嫁は真夏にどてらを着て我慢大会に出ているような気分じゃなかろうかと思い、近づいて、花嫁の顔はと見るに、にっこりと爽やか、なんと汗一つかいていない。花嫁の後ろには打掛の裾を持った人が続き、花嫁の脇には扇子で花嫁を扇いでいる人がいる。もう一方の脇には大きな日傘を花嫁にさしている人がいるとはいっても、このにこやかで、爽やかな表情は何だ。私は思わずうなってしまった。心頭を滅却すれば火もまた涼し、と云うけれど、一生に一度の晴れ舞台、花嫁さんの心は一点の曇りもない、仕合わせ感が身心全てをつつんで暑さなど、感じていないのかも知れない。それに対して新郎の方はと見れば、タオルで顔や首筋の汗を、しきりにぬぐいながら歩いている。う〜ん、この違いは何だ。様々な思いが一瞬脳裏に浮かんだが、それは此処には書かないでおこう。
やがてお社に着き、荘厳な拝殿での厳粛なる挙式。恥ずかしながら、私は今まで神前結婚式には出た事がなかった。私と妻の結婚式は、下仁田の山の中の破れ寺、此処の住職が妻の山仲間なので、このお寺で式を挙げた。一年で一番寒い2月の初めだった。だだっ広い寺の本堂での結婚式だった。今はとても寒かったのしか思い出せない。他にいままで、友人知人の結婚式に参列はしたが、結婚式場以外は、どこも何故かお寺や教会での式ばかり。神社での式に参列するのは初めてだった。
古式ゆかしく、「いいものだな」と思った。昔からこの様な結婚式が日本では当たり前だったのだろうかと、家に帰り、調べてみたら、現在のような神前結婚式が行われるようになったのは、明治時代になってからの事らしい。
鎌倉時代の武家の婚礼では婿方の家に輿(こし)に乗った花嫁が来ると、婿方の家族も参加して夫婦の杯を交わし、その後、親戚などに紹介するという、ごく簡単なものだったようだ。やがて、婚礼はしだいに儀式化していって室町時代になって三三九度もなされるようになった。
現在の神前結婚式の形は、明治三十三年の皇太子(後の大正天皇)のご成婚の際の儀式を手本としているらしい。婚礼の儀式も婿方の家以外の場所で行うようになるのもこの時のご成婚を契機としてだという。時代により、結婚式のやり方も変わっていくのだろう。
これからの時代、どのような結婚式の形になるのか、私には今、想像も出来ない。
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