先日、日野市、新撰組の史跡を訪ねて見てまいりました。
新撰組、6番隊組長井上源三郎資料館、日野宿本陣、土方歳三資料館
では、子孫の方がそれぞれ熱心に説明、解説をされて興味深い散策
でした。
司馬遼太郎の『幕末』『徳川慶喜』他、幕末ものを若い頃、読みあさりましたが、何故旧幕府軍が薩長軍に簡単に負けてしまったのか、今ひとつ、よく理解出来ないでおりました。
今回、その部分を含めて見直してまいりましたが、その結果、全容がほぼ分ってまいりました。
幕末の背景
幕末の政治は藩の意志として倒幕を目指した藩はひとつもなかった。
平和的な王政復古と、新政権で中心的な位置を目指し、抗戦的な会津藩、桑名藩に軽挙妄動を慎むように押さえ、恭順の態度を取っていた徳川慶喜。朝廷は幕府軍との戦いを避けるためにも徳川慶喜、新政府参加に傾いていた。
一方、新政府においてこの件について会議が行われた。薩摩の大久保利通は慶喜の裏切りと主張し、ただちに「領地返上」を求めるべきと主張していた。
そんな中、鳥羽伏見の戦いは西郷らの『暴発』によって戦いが始まってしまい。結果的に幕府崩壊の道に進んで行ったのである。
敗因
@幕府軍の総指揮官が24歳という若さで、戦いの経験が全く無かった。
A兵器に新旧の差があった。
B幕府軍の指示系統に行き当たりばったりで統一性が無かった。
C徳川慶喜は新政府軍の挑発にのらぬように、戦いの先頭に立つことなく、大阪城より、江戸に戦いの最中に戻ってしまった。
D錦の御旗を新政府軍は岩倉具視と画策し、これを建てることに成功し た。
E藤堂藩が、朝廷の勅使により寝返った。
こんなことをまとめたものが、2002年にNHK『その時歴史はうごいた』で
放映されていたのを捜しあてました。会津藩お抱えの新撰組から見た、鳥羽伏見の戦いからのあらましを作成してあり、これを多少短く編集、載せてみました。興味のある方はご覧になって下さい。
新撰組副長 土方歳三、時の流れを知らぬわけではなかったろう、あえて武士の骨格である忠誠心を貫き通した生き様に、古き一時代前の企業戦士の末端を自負するものとして理解出来、土方歳三の辞世の句(第三部の最後に表示)に感涙するものである。
何しろ、動画の容量が大きいため、動画預けサイトの容量にあわせ、3部作としました。
各、7分から8分になります。長いためお暇のあるときにご覧になって下さい。
ああ新撰組第一部 鳥羽伏見の戦いが勃発するまでと戦いの戦況
ああ新撰組第二部 伏見で破れ鳥羽で善戦した幕府軍だが・・
ああ新撰組第三部 鳥羽伏見、淀の戦いに破れ天王山、男山のふもと橋本の戦いで敗北し大阪城にもどり、江戸、東北、北海道と戦った土方歳三の最後まで
BGMを消すのは、左のプロフィールの上の音楽ボタンの■ボタンをクリクして止めて下さい。
新撰組、6番隊組長井上源三郎資料館、日野宿本陣、土方歳三資料館
では、子孫の方がそれぞれ熱心に説明、解説をされて興味深い散策
でした。
高幡不動 土方歳三 像
司馬遼太郎の『幕末』『徳川慶喜』他、幕末ものを若い頃、読みあさりましたが、何故旧幕府軍が薩長軍に簡単に負けてしまったのか、今ひとつ、よく理解出来ないでおりました。
今回、その部分を含めて見直してまいりましたが、その結果、全容がほぼ分ってまいりました。
幕末の背景
幕末の政治は藩の意志として倒幕を目指した藩はひとつもなかった。
平和的な王政復古と、新政権で中心的な位置を目指し、抗戦的な会津藩、桑名藩に軽挙妄動を慎むように押さえ、恭順の態度を取っていた徳川慶喜。朝廷は幕府軍との戦いを避けるためにも徳川慶喜、新政府参加に傾いていた。
一方、新政府においてこの件について会議が行われた。薩摩の大久保利通は慶喜の裏切りと主張し、ただちに「領地返上」を求めるべきと主張していた。
そんな中、鳥羽伏見の戦いは西郷らの『暴発』によって戦いが始まってしまい。結果的に幕府崩壊の道に進んで行ったのである。
敗因
@幕府軍の総指揮官が24歳という若さで、戦いの経験が全く無かった。
A兵器に新旧の差があった。
B幕府軍の指示系統に行き当たりばったりで統一性が無かった。
C徳川慶喜は新政府軍の挑発にのらぬように、戦いの先頭に立つことなく、大阪城より、江戸に戦いの最中に戻ってしまった。
D錦の御旗を新政府軍は岩倉具視と画策し、これを建てることに成功し た。
E藤堂藩が、朝廷の勅使により寝返った。
こんなことをまとめたものが、2002年にNHK『その時歴史はうごいた』で
放映されていたのを捜しあてました。会津藩お抱えの新撰組から見た、鳥羽伏見の戦いからのあらましを作成してあり、これを多少短く編集、載せてみました。興味のある方はご覧になって下さい。
新撰組副長 土方歳三、時の流れを知らぬわけではなかったろう、あえて武士の骨格である忠誠心を貫き通した生き様に、古き一時代前の企業戦士の末端を自負するものとして理解出来、土方歳三の辞世の句(第三部の最後に表示)に感涙するものである。
何しろ、動画の容量が大きいため、動画預けサイトの容量にあわせ、3部作としました。
各、7分から8分になります。長いためお暇のあるときにご覧になって下さい。
ああ新撰組第一部 鳥羽伏見の戦いが勃発するまでと戦いの戦況
ああ新撰組第二部 伏見で破れ鳥羽で善戦した幕府軍だが・・
ああ新撰組第三部 鳥羽伏見、淀の戦いに破れ天王山、男山のふもと橋本の戦いで敗北し大阪城にもどり、江戸、東北、北海道と戦った土方歳三の最後まで
BGMを消すのは、左のプロフィールの上の音楽ボタンの■ボタンをクリクして止めて下さい。
Posted
at 20:51
| この記事のURL
コメント(16)
| トラックバック(0)






がひしひしと伝わってきたでござる。



始めまして、お越し戴いてありがとうございます。
長い稚拙な編集の動画ご覧になって戴いて、恐縮いたしております。
私も『篤姫』毎週かかさづ楽しみに見ております。
また、折に触れてUP致したいと思っております。
今後とも宜しくお願いいたします。