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紫陽花が見ごろ [2008年06月13日(金) ]
先日、梅雨の谷間で好天気。
鎌倉散策して、見ごろの紫陽花を楽しんで来ました。
鎌倉の紫陽花と言えば、明月院の紫陽花が有名ですが、今回は、成就院の紫陽花と長谷寺の紫陽花を堪能して来ました。
成就院では、海と紫陽花が目に飛び込んできました。

長谷寺では、2500株の色とりどりの紫陽花が観音様のお膝元を飾っていました。

中学の修学旅行以来50年何年かぶりに露座の大仏様を拝観させていただきました。
途中、きれいなトケイソウも咲いていました。

由比ガ浜で、生しらすを一杯飲りながら、おいしく頂きました。

江ノ島を一望できる高台のイタリアレストランで、ピザ・パスタを肴にまたまた一杯で散策を終えました。

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新緑の那須塩原温泉 [2008年05月19日(月) ]
先週末、昔の勉強仲間と、恒例の一泊旅行で、新緑の那須塩原温泉に
行って来ました。
48会と言って、昭和48年〜49年まで、日本生産性本部の経営アカデミーのマーケティングコースを一年間一緒に勉強した仲間60人余の内、グループ活動で一緒になったいろいろな企業の仲間です(Gグループ)。
毎年、年2回ほど旅行したり、忘年会ばどで集まって、今年でちょうど35年になりました。

湯ったり温泉に浸かり、近くを散策し昔のグループ活動の話や近況の情報交換など、楽しい旅行でした。

丁度、新緑まっさかりでした。

1185年ごろ、平重盛の妹妙雲禅尼が源氏の追っ手をのがれて草庵を結んだ名刹『妙雲寺』の牡丹が見ごろでした。昔懐かしい草もちのあんころもちも食べられてました。

最年少(当時26才)のMさんも還暦過ぎたということで、時の流れを刻んだ顔や御髪を見合わせながら、次回の再会を約しました。

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山水画の風景桂林の旅 [2008年04月13日(日) ]
先日、中学の同級生4人で、中国桂林のツアーに参加し、山水画の風景を満喫してきました。
天候は、日本では桜を散らす春の嵐のようでしたが、桂林はウス曇が続き、丁度山水画のような景色でした。気温は高く、最高気温28度前後でした。(湿度も結構高かった)

桂林という名前の由来は、きんもくせいが林のように多く咲き乱れるのでついた名前だそうです。中国では、きんもくせいの木は桂樹、きんもくせいの花は桂花と名づけられています。初秋にはきんもくせいの香りで一杯になるようです。

桂林から陽朔(ようさく)まで83Km、半日掛けてのり江(川)下りは圧巻でした。




途中、ろ笛岩(ろてきがん)には、全長2kmの大鍾乳洞があり、ディズニーランドのような、探検電車や舟に乗って見学。7色のライトがちょっときつ過ぎた。

桂林市内の動物園では、パンダが元気に朝食の竹うを食べていました。


連日の中国広東料理、9日の国税局主催のお酒の試飲会(黒めだかさんのブログで紹介)と暴飲暴食がたたり、2日間ダウンしてしまいました。
バチが当たったのです。
でも12日から試飲してみました。何とか大丈夫そうで安心しました。

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千葉の鋸山へ [2007年11月19日(月) ]
17日〜18日、「殿の料理教室」仲間&先生(紅一点)と千葉鋸山(のこぎりやま)方面へ行ってきました。
週間予報では、週末天気が崩れるとのことでしたが、外れてくれて天気に恵まれました。(18日は風が強く、関東地方に木枯らし一号)
君津市の、ヘラブナ釣りで有名な「三島湖」のほとりにある「国民宿舎清和」
に泊まりました。目の前の三島湖には、ヘラブナ釣りの船が一杯でした。

近くの運動公園で、東京から来たグループに教えてもらって「気孔」で汗を流しました。

夜は、先生のご要望に沿って、カラオケ、ダンス、マージャンと盛り上がりました。
翌日は、鋸山へ。
日本で一番大きい「日本時の大仏様(鎌倉の大仏様の3倍弱、奈良の大仏様の2倍弱)」を拝観し、

切り立った岩肌に刻まれた、大観音石像「百尺観音」に平和祈念してきました。

山頂展望台には、高所恐怖症の人に不向きな「地獄のぞき」があり、悲鳴をあげつつ見ている人が沢山いました。
金谷で食べた、海の幸一杯の「海鮮丼」は先生も大喜びでした。

強風で波立つ東京湾をフェリーで久里浜に渡り、湘南新宿ラインで予定通り無事大宮に帰ってきました。


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松代の大本営跡、戸隠 [2007年11月01日(木) ]
10月中旬、遊び仲間と松代温泉に泊まり、近くの観光案内をしました。
今、NHKの大河ドラマ「風林火山」の舞台である「川中島」。川中島の戦いで上杉謙信が武田信玄に襲い掛かったところです。

松代は真田十万石の城下町で、松代城は山本勘助が川中島合戦のころ築城した「海津城」跡にあります。幕末の吉田松陰の師で先進家の佐久間象山、女優松井須磨子、あの「硫黄島からの手紙」の栗林大将などの出身地です。山本勘助の墓もあります。

終戦に近いころ、この町を囲む山腹に、軍部が本土決戦の最後の拠点として大本営、各省等を移すために極秘で掘削されており、途中で終戦となったため地下壕のままとなった。一部は東大地震観測所として世界的にも有名になっています。総延長は10Km。延べ300万の人が投入され、朝鮮から連れて来られて、過酷な労働を強いられたようです。事故でも多くの人が亡くなっています。
今、見学できるのは、各省が移される予定だった「象山地下壕」だけです。

戸隠は、そばでも有名ですが、神々の存在を濃密に感じさせるところです。
中社です。

戸隠古道の散策に訪れる人が多く、神告げ温泉で汗を流すハイカーが大勢いるようです。

Posted at 23:21 | | この記事のURL
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高野山へ [2007年11月01日(木) ]
10月27日〜29日、中学の同級会で「高野山・紀伊白浜」へ行って来ました。
60歳の年に「お伊勢」さんに行き、70歳の年には「高野山」と決めていましたが、女性25人、男性27人の52人のクラスで、男性だけが8人亡くなってしまい、急きょ65歳の年に高野山へ行くことになりました。
長野の松代からは、当時担任だった小林先生はじめ10人がバスを仕立て、関東在住の5人は新幹線で名古屋へ。名古屋でバスに合流。台風の余波で名古屋は強い雨。
高野山の総本山に参詣、松代真田十万石と縁が深い宿坊「真田坊蓮華定院」に泊まる。


翌朝6時から「蓮華定院」の本堂で、亡くなった8人の回向はじめ、宿泊者の祖先回向のオツトメに出席。10度を割った冷気の中、奥の院を参詣。

参道を信長や秀吉などの墓を詣でながら歩く。「蓮華定院」で遅い朝食をとり、回向の証を頂く。
白浜温泉に向かう。途中、串本の奇岩「橋杭岩」を見、白浜の「三段壁」見学、丁度夕日が沈むところでした。


温泉に入り、宴会・カラオケ、夜中までのおしゃべりで盛り上がりました。
南紀の海岸線を北上、30年ぶりに大阪城を見学。
ジオラマなど最先端技術駆使した説明に今昔の違いを痛感しました。



Posted at 20:24 | | この記事のURL
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エジプト・トルコの旅3 [2007年06月14日(木) ]
5日目は、イスタンブールからトロイを経て、エーゲ海の避暑地アイワルクへ。
バスでトロイへ345km、6時間半の行程。特急を抱えている身にはつらい行程。正露丸飲んで、仲間と励ましあい途中のトイレ休憩も気遣ってもらって無事。
昔見た「トロイ戦争」の映画を思い出しつつ見学。紀元前3000年からローマ時代まで9つに市が興ったとのこと。敵を寄せ付けなかったレンガの城壁の跡、生贄の祭壇の跡、ローマ風呂跡、議事堂跡など世界遺産。

おもちゃみたいな「トロイの木馬」を復元したもの。

リゾート地アイワルクのホテルもきれいだった。
エーゲ海で、足湯ならぬ「足海」しました。

6日目は、エフェソスでの聖母マリアの家、ポンペイの遺跡みたいなエフェソス都市遺跡、世界の七不思議のアルテミス神殿跡の一本の柱見学。
エフェソス都市遺跡は、ローマ時代の体育館、共同便所、図書館、円形競技場など、トルコでも指折りの古代遺跡群だけのことはありました。

世界の七不思議のアルテミス神殿跡の一本の柱は、後方に聖ヨハネ教会が遠望されてはいるが、何だかあっけない感じ。

またまた150km乗って、パムッカレへ。きれいなホテルで満足。
夜は、ベリーダンスのアトラクション楽しむ。ちょっと調子に乗ってワイン飲む。直りかけの特急がまた走り出す。

Posted at 14:54 | | この記事のURL
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エジプト・トルコの旅2 [2007年06月14日(木) ]
3日目は、カイロ市内見学。
1962年に建設された、アブディーンパレス。今は剣や銃、銀食器類等の展示館になっており、アラファトや各国元首からの贈り物の中に橋本龍太郎元首相がムバラク大統領に送った城の写真(松本城?)も展示されていた。圧倒的に人殺しの道具が多く、うんざり。

エジプト考古学博物館では、ツタンカーメンの黄金の玉座、黄金のベッド、黄金のマスクなど中心にエジプト古代の史料がぎっしり。イギリス大英博物館や仏ルーブル博物館などに流失したものも考え合わせると、エジプト古代史料の膨大さに唖然。

昼食はナイル川に浮かぶフローティングレストランで、バイキング。
火焔樹(葉はネムのよう)がきれいに咲いていた。

カイロのアメ横「ハン・ハリーリ」でポロシャツ買う。2枚10ドルを5ドルまで値切る。いい気分で集合場所モハメッド・アリカフェに。ついうっかり、マンゴの生ジュースを飲む。

夜中から、ワシントン行き特急列車に乗ってしまい、回復に5日かかることになった。34人の6割がやられる。疲れと時差・熱さで弱っているので、何かの引き金でやられるようだ。
お陰でダイエットに。3kg減る。
 
翌朝、空路イスタンブールへ。
砂埃、喧騒(信号ないので、車は横から入る車、歩行者に容赦なくクラクションならす)、ごみ、ハエの街カイロ・ギザから一転、きれいな、落ち着いた街のイスタンブール。庄野マヨの「飛んでイスタンブール」が口をついて出そう。

オスマントルコ帝国のメフメット2世が1467年に建てたトプカプ宮殿見学。
モナコ公国より広大な敷地に3260gの世界最大のエメラルドや86カラットのダイヤモンドなど宮殿で使っていた食器類他が展示されていた。
レストランもホテルもきれいで、本物の5星でした。

Posted at 13:46 | | この記事のURL
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エジプト.トルコ13日間の旅 [2007年06月13日(水) ]
5月30日から6月11日まで、ツアー参加でエジプト・トルコに行って
きました。
エジプト航空でカイロまで直行、14時間ほどの空旅でした。
カイロからギザのホテルに着いたのは、真夜中の1時過ぎ(現地時間、
時差6時間)でした。
五つ星ホテルらしいけど、エレベーターは壊れそうな音してるし、ベッド
メーキングはめちゃくちゃ。風呂の排水は悪いしで添乗員がてんてこ舞い。

翌朝、9時に「自動小銃を背中の警護の警官」も同乗したバスでピラミッド
の観光へ。
驚いたことに、ギザ市内の道路には全く信号が無かった。
車の間を、人がサーカスのように道路横断するのでした。

32度の乾いた晴天の中、なんとなく砂埃っぽい街を抜けると、有名な
ギザのピラミッド群でした。
高さ146mのクフ王のピラミッド(頂上9m欠けており、鉄柱建ててある)、
上部に化粧石が残っているカフラー王のピラミッド、一番小さいメンカウ
ラー王のピラミッドが偉容を誇っていました。

カフラー王のピラミッドを守っているスフィンクス。

紀元前5〜3000年前に造られたことがうそのよう。ただびっくり。
カイロ市内でエジプト料理の昼食。タッヒーナ(ゴマペースト)つけての
エイシ(大きなパン)はまずまず。問題は厳格なイスラムの国、アルコ
ールは一切飲まないので、外国人向けにだけ出すビール、小瓶が6米
ドル。日本より高いのでお陰でアルコール漬けから開放される。
午後は、オールドカイロの、イエスとマリアが隠れていたという聖セル
ギウス教会、6世紀に建てられたギリシャ正教の聖ジョージ教会、
トルコ支配から独立させたエジプトの英雄「モハメドアリ」が1830年
に建てたモハメドアリモスク(イスラム寺院)など見学。

夕食は、モロヘイヤスープ、コフタ(羊肉のつくね)、ケバブ(串焼き)
などのエジプト料理。
この日は、時差・熱さ・旅の疲れ考慮で、夜7時30分にはホテルへ。
スーツケースに入れてきた、3lの日本酒パックで反省会。
(つづく)

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湯治日より [2007年04月20日(金) ]
夏のような14日土曜日。一転して冬のような寒さ。
身体の方が、悲鳴あげてしまいそう。
15日から寒かった4日間、那須塩原温泉へ「湯ったり3連泊の湯治」に行っ
てきました。
天気は、行楽だったら最悪、寒い雨の毎日でしたが、湯治には持って来い
の「湯治日より」の4日間でした。

湯に入っては、美味しいビール、絵手紙描いたり、ぐい飲み彫ったり、本
読んだり、近くの足湯に行ったり、小雨の中散策したりで結構心身湯ったり
しました。
全長60mの足湯「湯っ歩の里」(昨年オープン)は、歩きながら足つぼを刺
激することもできるようになっていました。




平重盛の妹「妙雲禅尼」が源氏の追手を逃れて庵をむすんだ「妙雲寺」は
5月中旬、2千株の牡丹が咲く名刹です。


桜は2分咲きのまま足踏みしていました。

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