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文化の散歩(野菊の墓) [2007年04月21日(土) ]

ブログを覗いて、文学散歩で野菊の墓に行こうと妻が言う。
京成線で柴又駅を降りて帝釈様にお参りし、寅さん記念館を見学した。その後、江戸川の土手に沿って歩み、矢切の渡し場に到着する。
矢切の渡しは江戸時代に両岸の農家の人が関所を通らずに江戸へ往来する時利用した名残という。今は観光として3月から11頃まで乗船できる。
乗船者は10人程で15分位で対岸松戸に到着した。名ばかりの船着場です。

河川敷のゴルフ場を渡って「野菊のこみち」と呼ばれる畦道を抜け、少しなだらかな坂道を昇ると西蓮寺の裏手で、階段の上のこじんまりとした庭に伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の碑がある。
時期外れではあったが、可憐で優しくて品格もある民子には白っぽい花のユウガキクよりも淡く紺色のカントウヨメナ(関東嫁菜)が似合うだろうなと思った。
伊藤左千夫は元冶元年(1864)に旧山武郡成東町に生まれ、上京して牛乳搾取業を営みながら和歌に関心を深め、明治33年正岡子規の門下に入る。明治39年「ホトトギス」に「野菊の墓」を発表し、当時文学界の重鎮である夏目漱石に激賞され一躍有名になる。
「野菊の墓」の物語は

矢切の渡しのある村の斎藤家の政夫は15歳。その家に手伝いのため来た民子は17歳。二人は仲良しで、良からぬ噂が立つ。母親の言付けで二人は茄子畑に行く。山で野菊を見て民子は“自分は野菊の生まれ変わり”という。政夫は野菊が好きで確かに民子は野菊に似ていると言う。
二人は情が込み上げるのを感じる。楽しい時間が過ぎて行く。
しかし、帰りの遅い二人について、家では会議が開かれている・・・・
川端康成の「伊豆の踊り子」に似た淡い恋物語である。

Posted at 20:45 | この記事のURL
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文化の散歩 [2007年04月12日(木) ]

法華経寺の参道の裏手を辿って行くと木下街道に出る。その沿道に国際的に知られる日本画家の東山魁夷の記念館がある。
その建物はドイツ風で美術学校の同窓生の建築家・吉村順三によるものであり、2005年11月に開館された。東山画伯の作品は長野県信濃美術館に多く所蔵されているが、東山画伯は1945年から50年余をこの地に住んだ名誉市民であり、それに因んで「人間東山魁夷の軌跡をたどる」をテーマに人物像を浮彫りにした展示になっている。
戦後、熊本から市川に移住した時、近くの高石神に住む中村家初代の勝五郎氏は力士上がりで財を成し、若き芸術家のパトロンとしても知られており、その縁で中村家の建物に寄宿し絵の制作に励んだ。1947年「残照」が日展で特賞となり、世に出るきっかけとなった。1950年「道」を出品し好評を博し、次々と作品を制作していった。
1969年に文化勲章を受章し、1999年には従三位勲一等瑞宝章を受章する。
「残照」は南房総鹿野山を中心に甲州や上越の山を情景としたと言う。
「道」は八戸市の種差海岸を写生したものと言う。

Posted at 19:01 | この記事のURL
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