
ブログを覗いて、文学散歩で野菊の墓に行こうと妻が言う。
京成線で柴又駅を降りて帝釈様にお参りし、寅さん記念館を見学した。その後、江戸川の土手に沿って歩み、矢切の渡し場に到着する。
矢切の渡しは江戸時代に両岸の農家の人が関所を通らずに江戸へ往来する時利用した名残という。今は観光として3月から11頃まで乗船できる。
乗船者は10人程で15分位で対岸松戸に到着した。名ばかりの船着場です。
河川敷のゴルフ場を渡って「野菊のこみち」と呼ばれる畦道を抜け、少しなだらかな坂道を昇ると西蓮寺の裏手で、階段の上のこじんまりとした庭に伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の碑がある。
時期外れではあったが、可憐で優しくて品格もある民子には白っぽい花のユウガキクよりも淡く紺色のカントウヨメナ(関東嫁菜)が似合うだろうなと思った。
伊藤左千夫は元冶元年(1864)に旧山武郡成東町に生まれ、上京して牛乳搾取業を営みながら和歌に関心を深め、明治33年正岡子規の門下に入る。明治39年「ホトトギス」に「野菊の墓」を発表し、当時文学界の重鎮である夏目漱石に激賞され一躍有名になる。
「野菊の墓」の物語は
矢切の渡しのある村の斎藤家の政夫は15歳。その家に手伝いのため来た民子は17歳。二人は仲良しで、良からぬ噂が立つ。母親の言付けで二人は茄子畑に行く。山で野菊を見て民子は“自分は野菊の生まれ変わり”という。政夫は野菊が好きで確かに民子は野菊に似ていると言う。
二人は情が込み上げるのを感じる。楽しい時間が過ぎて行く。
しかし、帰りの遅い二人について、家では会議が開かれている・・・・
川端康成の「伊豆の踊り子」に似た淡い恋物語である。
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at 20:45
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