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マルタ島[2006年06月24日(土) ]
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 先日、マルタ島に誘われました。

と言っても、観光旅行と違い、そこで秋に行われる会の為です。
 
 以前していたことに関連して 時々そんな電話がかかってきます。が、今まで会には一度も行ったことがありません。
 家に高齢の母が居り、普段からあまり長く家を空けることが出来ず、今回も やはりいつものように断りました。
 日本の近所に行くのも大変なのに 何でマルタ島まで、という感じです。

 しかし、今回は電話口で 担当の方がちょっと興味深いことを話されました。
 全部覚えられなかったのですが、後から文書で送られてきた物の中に 簡単に要約されたものがあり、それを今ちょっとご紹介したいと思います。

 
 地中海に浮かぶマルタ島は、1989年、東西冷戦に終結を告げたマルタ会談が行われた場所として有名ですが、同じ島国の日本とは 歴史的にも古くから友好関係が続いています。
 第一次世界大戦中、日本は連合国の一員として、英国領であったマルタと人々を懸命に守り、その働きに感銘して建てられた記念碑があります。
 終戦後、まだ皇太子だった昭和天皇がマルタを訪れ、当地の人々に盛大な歓迎を受けました。

 (マルタと日本の交流史)
 
 第一次大戦中(大正5年)、英国と同盟国にあった日本は巡洋艦「明石」を旗艦とし艦隊を出動させ、英国艦隊を援護し戦闘。駆逐艦「榊」は敵の魚雷攻撃に遭い大破。59名が戦死。
 現在マルタの南部にあるカルカーラのカプチン共同墓地に墓碑があり、救国の英雄である勇敢な日本海軍兵士に対して敬意と感謝の念をマルタの人々は今もなお抱き続けている。大正10年には、昭和天皇がマルタに公式訪問された際、前例のない歓迎を受けた。〜


 上記の訪問から 今年ちょうど85年目にあたり、それで 会の場所がマルタに選ばれた、ということでした。
 
 こうしたことを聞き、日本人である私でさえ知らなかった そうした方達への感謝の気持ちを 今もなお忘れず持ち続け、大切にして下さっているというマルタ島の人達に対して、こちらこそ感謝したい気持ちになりました。

 戦争という、それは悲しいことには違いありませんが、遠く離れた所で こんなに時が経ってもこうしたことを忘れずにいる人達がいること、...同じ日本人として とても嬉しいことと思いました。

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コメント


shieさま そうですね。私も同じ気持ちです。戦争は 確かに悲しくて空しい、でも それだけで終わったら、その時代を命を懸けて生きた人達の魂は浮かばれませんよね。 マルタ島の人たちの優しい気持ちを知って、私もとても嬉しいと思いました。
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 16:58

マルタ島のお話、私もはじめて知りました。悲しくむなしい戦争の後で、こんなに心暖まる交流が残されているなんて嬉しいですね。
Posted by:shie  at 2006年06月27日(火) 09:06

bajiruさま  はじめまして。 今回のことで初めて色々写真などを見て美しい所なんだと知りました。 歴史的建造物が多い所ですね。印象に残ったのは、国名の話です。 フェニキア語で「安全な場所」を意味する言葉が国名の語源だそうです。 いつか行きたい場所のひとつになりました。
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 00:45

何も知らないのでmさんブログで初めて知りました。マルタ島へ行けなかったのは残念でしたねお母様のお世話お疲れが出ませんように
Posted by:bajiru  at 2006年06月24日(土) 22:14

シーさま そうですね。私も同感です。 さらにこんなお話をおし進めていくと、中国の人も韓国の人も ほんとは同じ心を持っている筈と思うんです。何かこう強く民衆の気持ちを先導する別の大きな力が働いているという気がします。ほんとは、そうした事こそが、亀裂を生む第一歩ではないかと未熟な私の考えにすぎませんが思います。ただあくまでも分からないので強くは言えませんが。表面的な処でなく、もっと深いところで分かり合える関係になれることを祈ります。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 14:43

あきさま 日本に生まれたことの誇り、大切にしたいですね。 私もそう思います。   何の本だったか思い出せず、詳しくかけないのが残念なのですが、昔読んだ本にこんなことが書かれていました。 「倭」という字は、にんべん(人)に委ねると書き、この字にはその形の通り、人に素直でおとなしい、従順である、等の意味があるそうです。 漢だったか、魏だったか、そのあたりがよく思い出せないのですが、古代の中国の人が、古代の日本人を見て、この字のままの性格と判断し、「倭人」と呼ぶようになったと書いてありました。 確かに言われてみると今でもそう思いますよね。 この話を読んだ時、私は日本の原木である「桜」を思い出しました。強い自己主張などなく、少しの間、自分のため、人のために精一杯咲こうとする、日本人ってその桜のような国民性だなぁって 思いました。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 14:30

散輪坊さま そんなこともあったのですか。 ほんとに知らない事が多すぎると改めて思いました。 先のコメントにも書きましたが、そうした事を知る機会がもっとあるといいですね。 そう願いたいです。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 14:11

光代さま はじめまして。昨日初めて、コミュニティーの方に書き入れました。見て下さり有難うございます。実は、以前トップページで紹介された「戦争〜」のサイトを少し拝見した時、光代さんのお父さんのお話が、私の父の話と共通していて興味を持ち、タンゴさんにお聞きして入会したのでした。 私の場合、あまり書く事もなくてサイトに入るほどでもなかったのかもしれず、書くにしても 又こうして普通のブログに書くだけかもしれませんが。 仰るように、こうしたあたたかい交流は これからも続けていって欲しいものですね。 その時の 敵、味方、の国の存在もあり、あまり今強調して語られないのでしょうけど、せめて その国の人たち同士は、こういうことを知っておきたいし、知る機会ももっとあって欲しいものですね。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 14:07

昔、昔にそんなことがあったなんて知りませんでした。こういう素晴らしいことこそテレビで報道してくれればいいのに・・・・・やっぱり日本人って、勇敢でやさしい民族なんだ。中国や韓国などで言われていることは、本当は違うことがたくさんあると思います。
Posted by:シー  at 2006年06月24日(土) 09:55

ichinobakaさま あの試合を見た時、文書が送られてきた後だったので 私も同じことを思いました。今、わざわざこんな古い話をされる方はいないでしょうし、一般的には完全に忘れられた話と思いますが、やはり古くからの友好関係があったことからの試合なのかもしれませんね。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 09:49

ケンタッキー便りさま そうだったのですか。学生の時、歴史の時間に一度は勉強している筈なのに、今すっかり忘れています。日本一国の中の 戦国時代などと違い、色んな国との関係の変化の激しいこの時代あたりからは、どこかいい加減に聞いてきたように思います。 もう一度 時代の流れを確かめることができました。有難うございました。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 09:43

戦争は、敵か味方がはっきりしますが、僕は日本に生まれたことを、誇りに思っています。だから、マルタ島の日本に対する思いやり、嬉しいですね。
Posted by:あき  at 2006年06月24日(土) 09:01

 日本の各地で 遭難した外国船の乗組員を助けたその関係で 外国と繋がりがあると言う話もよく耳にしますね 第一次世界大戦中 日本軍が地中海のマルタまで行っていたのははじめて知りました
Posted by:散輪坊  at 2006年06月24日(土) 08:28

ケンタッキー通りさんのおっしゃるとおり 歴史をさかのぼっていくと 色々な国同士 ある時は味方であっても また敵として戦っている時期もあることでしょう。このお話は ただ「連合国だからということで 助けてもらった」という以上の「人としての交流」もあったのかなあと感じますね。私達もそのような交流が増えていくように 生きていきたいです。
Posted by:光代  at 2006年06月24日(土) 08:17

その縁で、この間、日本チームとマルタ島のチームがサッカーの試合をしたのでしょうか。
Posted by:ichinobaka  at 2006年06月24日(土) 04:08

日露戦争から10年余、日英同盟の最後の頃の話ですね。この二年後にはシベリヤ出兵、その翌年、朝鮮万歳事件、と日本の拡大が始まり、そして日本は英米を敵にまわすことになるわけです。日本にとっても世界にとっても、大変動の前夜だったことになりますね。
Posted by:ケンタッキー便り  at 2006年06月24日(土) 03:46

ルルさま 昨日は、ルルさんの処でネパールの現状を知り、勉強させて頂きました。有難うございました。 この話は、先の戦争のまだその前の第一次の時のことで あまり古くて驚きました。今はもう勿論、どちらの味方、等というような考え方自体したくありませんが、どちらかに付かざるをえなかった時代の中にあって、その中で精一杯生きた人達に対する敬意の気持ちは、人として失いたくない、と思います。
Posted by:  at 2006年06月24日(土) 02:32

そうですね。アジアに対しては様々な問題がありますが…、親日家の方も多いですね。
Posted by:ルル  at 2006年06月24日(土) 01:54

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