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古代の恋歌[2006年06月25日(日) ]
     それぞれの風
       
         〜ふたりのおおきみ〜

 あのとき 確かなものを 感じた
  気が遠くなるほどの 風の中で
 不思議な 馬上で揺られる 安らぎ
  貴方の鼓動だけが 聞こえてきた
    白藤の衣で 抱き寄せられた時の
    首すじにかかる 息が忘れられない
 君待つと わが恋をれば わが屋戸の
        すだれ動かし 秋の風吹く
 ああ風でなく わたしが待っているのは    
                貴方

 妹よ 羨ましいわ そうして
  心ふるわせて 待っているのね
 わたしも 昔は夫を 愛した
  でももう何もかも 終わったのよ
    野に咲く花たち 鳥の啼き声にさえ
    胸しめつけられ 耳をふさいでしまう
 風をだに 恋ふるは羨し 風をだに
        来むとし待たば 何か嘆かむ
 もうわたしには 待つひとがない
               風も吹かない


 この詞も歌にしてから かなりの時が過ぎていますが、今も作詞者の所在がつかめず、連絡がとれないものです。

 私の子供の頃の思い出は、京都、大阪、奈良と三都にまたがっています。
 子供時代に見た風景を思い起こす時、自分でもつくづく古都に縁があると思います。

 今日は、その中のひとつである 奈良のお話を少ししたいと思います。
 
 母の友人が奈良に居て、そこに私と同じ年の子供さんがいました。
 当時、私は都会の真中にいて、何度注意されても ついボールを追いかけて道路に飛び出してしまうという毎日でした。
 そんな私の 春、夏休みのどこかいい遊び場所を探していた母。
 片や、母の友人のお家は、お父さんは学校の先生、お母さんは親の代からの農家を継いで 農業の仕事をしていて、休みになっても子供の相手をしていられない、誰かいい遊び相手がいたら...という両方の思いが重なって、私は小学校に入る前あたりから、休みの度、そこのお家に遊びに行かせて頂くという幸運を得ました。

 始めは すぐに泣いて帰って来るかとも思ったらしい母の心配をよそに 地元の子供達ともすぐに仲良しになった私は、むしろずっとここにいたいと思う程、そこの暮らしにとけ込んでいきました。

 春は、つくし、すみれを探しに、夏は、オニヤンマや アゲハを追いかけ、山を駆け回りました。
 そうして遊びに行く山の中に、地元の子供達が「ご陵さん」と呼ぶ場所があり、私もよく行きましたが、そこの空気は私にとって他の場所とは何か違う異次元でした。

 そこにある大木が醸し出す独特の空気のせいなのか今だに分かりませんが、そこに入ると こちらが見ているというより、逆に何か大きなものから自分の方が見下ろされているような感じを受け、その感じも 何だかとても神聖なものだったのです。

 そうして、いつも遊んでいたその場所が、万葉の舞台の真っ只中であったことを知ったのは、ずっと後になってからのことでした。

 「ご陵さん」は、壬申の乱で有名な 天智・天武天皇の父である じょ明天皇(すみません、変換の中にジョの字がありませんでしたので仮名にしました)のお墓で、そこから山間の道を少し歩くと、先の歌の二番の歌詞中の歌を詠んだ 鏡女王(かがみのおおきみ)のお墓がありました。
 いつも この辺りにすみれの花を探しに行った私には「鏡女王」というと、この辺りに咲くすみれのような気がしてなりません。

 また、一番で歌われている歌は、額田女王(ぬかたのおおきみ)の歌で、万葉の時代のことを少し聞きかじった方なら多分よくご存知の歌人と思います。
 鏡女王と額田女王とは、親子説と姉妹説がありますが、私は様々な本を読み比べて、昔よくあった親子ほど年の離れた姉妹ではなかったかと思っています。
 この人のお墓は、その理由を後でもし書けるなら書こうと思いますが、理由あって今その所在も分かりません。
 ですので残念ながら「その場所」から感じ取れるものは何もないのですが、もし思い浮かべるなら、「すみれ」より少し情熱的な花を感じます。

 ともあれ、こうした思い出を持った私の前に現れたこの詞は、「古代」の歌ではなく、山の生き生きとした風景と共に、生きている「今」の歌のように感じられました。


 少し長くなりすぎましたので この歌に関連する恋模様等に関しては、また、今度にさせて頂きます。

                    (続)

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コメント


アンヌさま  たどり着いて下さって とても嬉しいです。奈良の美しい風景と共に 思い浮かべて下されば最高です♪
Posted by:  at 2006年07月01日(土) 19:51

今頃になってここにたどり着きました。わー面白い!目の前に、いつか見た奈良の稲田と夏雲の空が浮かびます。
Posted by:アンヌ  at 2006年07月01日(土) 16:42

やうちさま 読んでいただいて有難うございます。古代の歌には 現代人の忘れかけている情念の深さ、のようなものがあり、心を打つものが多いですね。 宜しければ、次もまたご覧になって下さい。まだまとまっていず、歌より人間関係の方が今浮かんでいますが。拙いブログですが、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 17:09

シーさま 私は関東の方にも僅かばかり住んだことはありますが、殆ど関西なんですよ。今まだ書いていませんが、シーさんのいらっしゃる京都も縁が深いんです。ややこしくなりそうなので今回は書きませんでしたが。ブログ読んでいただいて有難うございます。またしばらくして続きを書きますね。
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 17:04

古代の恋歌に接し感銘しています。気ぜわしいこんな時代こそ、ひと時を古代に夢を馳せたいものです。みそひと文字には馴染みの薄い身ですが、謡曲本にも恋歌が数々あります。また紹介してください。
Posted by:やうち  at 2006年06月27日(火) 13:37

mさんって東京の人ですか。私は、大阪産まれの大阪育ち、京都に引っ越してきて夫と結婚。奈良もすぐ近くです。今日のブログ、ほのぼのと読んでしまいました。 
Posted by:シー  at 2006年06月27日(火) 12:37

プーたんさま レッドライン〜、さすが色彩に敏感なプーたんさんですね。奈良は 春は野の山が美しく、これから迎える夏はひたすら緑濃い世界です。山の辺の道などでは いいショットが期待できそうですよ。
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 10:47

ブログさま 耳成山の麓にいらしたことがおありなんですね。 奈良によく来られるというだけでなく、この地に縁のある方がいらっしゃってとても嬉しいです。 それと 変換の文字のことを教えて頂いて有難うございます。私は始め、パソコンの練習のためにここに入会したような初心者でそんなことも初めて知りました。  その通り一度やってみます。有難うございました♪
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 10:38

ルルさま いつも「難波の宮」のすてきな所を紹介して下さっているルルさんのブログを読ませて頂いていて もしかしたら、太子さんの四天王寺のお近くでは、と思っていました。あの辺りは大阪市内と思えないような「古えの空気」が残っていますよね。あまり行けませんが、思いがけず静かな所でとても好きな場所のひとつです。  それから、中大兄皇子の歌を書いて下さってありがとう!実は、この歌に関連して次に書こうかと思っていました。ルルさん、流石です。私の拙いブログですが、宜しければ次もまたご覧になってくださいね。 ルルさんのように詳しくは書けず、どんな話になるか自分でも分からない程度ですが、歌と共に知ったこと等を書いていこうと思っています。 これからもどうぞ宜しくお願いいたします♪
Posted by:  at 2006年06月27日(火) 10:27

ブログに御来訪頂きまして有難うございました。私も奈良には時々行くもので、また耳成山の麓に半年くらい若い頃居た事もあり、昔のことが思い出させていただき懐かしい思いです。なお漢字の変換入力ですが、入力モードの二つ右隣に、IMEパッドをクリックしてみてください。手書き、部首、総画数などから漢字が出てきます。一度試してください。年寄りのお節介でスイマセン。
Posted by:おじい  at 2006年06月27日(火) 06:00

「香具山は 畝火が愛しと 耳梨と 相争いき 神代より かくあるらし…」香久山と耳成山を男性、畝傍山を女性に見立て、人妻を争う男について詠んだ中大兄皇子。関西は歴史を感じる場所が多いですね。大阪の子にとっては、奈良や京都は30分程で直ぐ行ける場所、友人や親戚がいたりで、とても身近ですね。我が家のすぐ傍には聖徳太子の建てた四天王寺があります。妹の家は堺の仁徳天皇の古墳の傍です。
Posted by:ルル  at 2006年06月27日(火) 01:09

ROSAさま そうですね。時代が変わり、スタイルは変わってもどこか気持ちの通じるところがあるので 万葉の世界は楽しいです。 しばらく後になるかもしれませんが、この続きもまた宜しければご覧になってくださいね。人間関係が混乱する程ややこしい部分もありますが、何となく分かる、という処が多くて楽しいです。
Posted by:  at 2006年06月26日(月) 13:05

熊五郎さま 昨日遊びに行かれていたんですね。 私の行ったお家は今、一緒に遊んだ友達のお兄ちゃんが継いでいて、春が来る度、つくしを見に行くね、と言いながら長い間行けずにいます。 ゆったりとした雰囲気が満喫できたようでよかったですね♪
Posted by:  at 2006年06月26日(月) 12:59

万葉の里とご縁が深くいらしたのですね。私は万葉と聞くと、歌垣を思い浮かべます♪今も昔もスタイルは異なっても愛を語り、歌い、舞い踊るのは、男と女がいるかぎり、永遠ですね(*^_^*)
Posted by:ROSA  at 2006年06月26日(月) 10:21

昨日平城宮跡で遊んでました。ゆったりとした雰囲気が良いですね。
Posted by:熊五郎  at 2006年06月26日(月) 09:13

何時までも50歳さま 有難うございます。 縁あって、他の方より少し万葉の世界に詳しくなってしまい、その人間模様の面白さにもハマってしまった時期がありました。今でも楽しいと思い、また、ブログにも書いていくと思います。宜しければ、また是非見て下さいネ。
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 22:01

何か、万葉集を読んでるようです。子供時代の思い出が、京都・奈良・大坂三都に繋がるなんて根っからの万葉人の様ですね。
Posted by:何時までも50歳  at 2006年06月25日(日) 20:59

メモリーズさま 気づいて下さいましたか。嬉しいです。続きにも書こうとしていたんですが、二番の歌は若い女性では感じられない、何とも言えない切なさがありますよね。愛する対象を、全てを 失った女性の悲しみ、ひしひしと伝わってきて 見ているだけで悲しくなります。私もメモリーズさんと同感です。
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 20:59

とめさんさま  そうですね。日本の歴史に現れる有名な女性の生き様を探ってみると、運命に翻弄される姿を知ることが多いです。 色んなエピソードはありますが、この二人は情熱的な歌とはうらはらに とてもおとなしい生き方をしたようでした。 外国ではクレオパトラや楊貴妃が美しい人の代表のように言われますが、私はどうも日本的感覚で見てしまうせいか、ちょっと控えめなこういう人たちの方が美しく感じ、とめさんと同じように 見守ってあげたい気持ちになります。
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 20:52

とっちゃんぼうやさま 時々来られるのですか。私も同じことを思います。奈良ほど古代の空気をそのまま残している都はないですね。邪馬台国論争が起きる度、私はいつも「絶対、奈良!」と思ってしまいます。大和三山の美しい眺め、多分古代の豪族たち、この歌の歌人やそれにまつわる人たちも眺めていたのだろうと思うと 本当に感慨深いものがありますね。私も勿論大好きです。
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 20:42

あきさま 臭いますか。普段から、こんなお話をするわけでもないのに、よく古都っぽい空気と言われます。もう染み付いているのでしょうか。(´∀` ) 折口信夫は学生時代に読み、面白かった記憶はあるのですが、中味をもう忘れてしまっていました。詩を紹介して下さってありがとう!また、読みたい気持ちになりました。 実は、ここ出身の作家に保田與重郎という人がいて その人もこの大木の神聖な空気について書いているんです。それから日本の美を追求していったような人です。 あきさんもいつか この地を訪れてみて下さい。きっとそれを感じられると思います。 旅行慣れした方が見ると この辺はおみやげ屋さんもなく、何だ、こんな所、と思うかもしれません。が、この辺りは深く知れば知る程、奥が深く、興味の尽きることがありません。 私は地元の僅かな人しか知らない古墳にも 先生だったおじさんに連れて行ってもらい、小さな穴から這って入ったりしました。資料館でも今はレプリカしか置いていない所が多いですが、本物のはにわにも巡り会えましたよ♪
Posted by:  at 2006年06月25日(日) 20:28

「もうわたしには待つひとがない、風も吹かない」なんて悲しい歌でしょうか〜とても切ないですね。
Posted by:メモリーズ  at 2006年06月25日(日) 20:12

万葉の昔、女性から積極的に愛を語ることはできなかったのでしょうが、それだけに女性が持つ繊細な偲ぶ心が感じられて、遠いところからそっと見守ってやりたい気持ちにさせられます。
Posted by:とめさん  at 2006年06月25日(日) 19:35

mさん、はじめまして。私も毎年のように京都や奈良を訪れますが、明日香には5,6回足を運んだでしょうか。今年の春も雪の葛城道を歩き、明日香を見下ろしてその景観を堪能しました。大和三山はじめ東に三輪山、そして西には二上山など古代人が眺めたであろう、そして当時と変わらないであろう山容を眺めるのは明日香路訪問の醍醐味。ただ貴方と異なり歌や詩の才能はまったくありませんが、大和の山を愛でるのは同じでしょうか。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2006年06月25日(日) 18:24

mさんのブログから感じるのは、古都の臭いだったのですね。やっと、わかったみたいです。僕は関西に住んだことはありませんが、折口信夫の「死者の書」を読んだ時と同じ感覚になりました。この本にも、神聖な大木が登場します。  ひさかたの  天二上に、  我が登り   見れば、  とぶとりの  明日香  ふる里の   神無備山隠り、  家どころ   多に見え、  豊にし    屋庭は見ゆ。  弥彼方に   身ゆる家群  藤原の    朝臣が宿。本の中の詞ですが、mさんの臭いがします。
Posted by:あき  at 2006年06月25日(日) 17:21

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