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社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン
無垢の心を生きる[2007年05月16日(水) ]
 すっかり忘れてしもたわ

 昨日のことも

 今日のことも

 せやのに 何でいつも

 朝 何食べたか

 お昼 何食べたかて 聞かはんのやろ

 そんなこと どうでもええやないの

 うちかて覚えてる

 表に出たら

 誰かあいさつしてくれはった

 え? 息子?

 うち 息子いてんの?

 うち 子供生んだ覚えないけどなぁ

 いつも

 あっち行ったらあかん

 こっち行ったらあかんて

 よう怒る人はいてはるよ

 あの人 怒らはったら そら怖いでぇ

 この前 お母ちゃんの家 探しに行ったら

 えらい怒られた

 もう 勝手にいろんなとこ 行かれへんねん

 探しに行ったかて

 何でか知らんけど 家見つからへんし

 今日はもう ここで泊まるわ

 ほなね

 おたくは

 どこで 泊まらはんの?




 **********************
 近くに住む もうすぐ90歳のおばあさんの 日頃話されている言葉を そのまま詩に綴ってみました。
 何となく、触れてはいけない分野のように感じ、先週 母の日を前にサークルにだけ書きこんでいたものですが、老いを想うことはどなたも同じかと思い、こちらにも書き入れました。

 随分前のことですが、二人いた息子さんのうちのお一人が、同居する直前に 突然、癌で亡くなりました。
 その時のショックが激しく、そこから立ち直れず、以来妙な言動が始まったのです。
 暫く入院もしておられましたが、彼女の症状は他の人に比べ、まだ軽い方ということで退院となり、そのまま現在まで10年近く、在宅介護の状態です。
 今、介護の人と 定年を迎えた近くに住む息子さんが、朝早くから夜遅くまで世話をしに来られています。

 子供を生んだ覚えはないと言いながら、息子さんがちょっとどこかに出かけると、帰って来られるまで 通りの角に何度も行って 待っています。
 どんなに優しい言葉をかけていても介護の人を そうして待つようなことはありません。
 記憶を失っていても 無意識の世界で 彼女は母であり続けているのだと しみじみ思います。

 昔は、このおばあさんと話すと 胸が痛みましたが、今はむしろ不思議なやすらぎを感じるときがあります。

 ありのままを認めて生きる、ということは、残酷でもあり、また、見方を変えれば、無理をせず、心が楽になるやすらぎでもあるのかなと 最近思うようになりました。
 会う度、子供に帰っていくような彼女の笑顔の中に 今、息子さんを失った時の悲しみは感じません。
 ほんとに無邪気な表情です。

 付け足すようですが、ステージは、若い方も見ていらっしゃると聞きました。
 シニアというと、定年後の余暇はどこへ?何に? ずっと家にいたら連れ合いに迷惑がられますよ、とかいった 何だか時間を持て余している方たちばかりのような受け止め方をされていることが多いように感じるのですが、そんな中、こんな老いもあるのだとういうことを伝えてみたくて この詩を書きました。

 この女性の息子さんも もうすぐ 高齢者と呼ばれる年齢になります。

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コメント


人間大好きさま

コメントありがとうございます。
遅くに、だなんてとんでもないです。

私もこのステージでは 皆様の様々なブログから 後半生の様々な生きかたを 日々学ばせて頂いています。
私も感謝の心を忘れず、ここで出会ったご縁を これからも大切にしていきたいと思っています。

どうぞいつまでも忘れないでくださいね。
そしてまたいつでもお遊びにいらして下さい。いつでもお待ちしています。
Posted by:  at 2007年05月24日(木) 19:30

今、最後のブログを書きました。

そして読ませていただきました、こんなに遅くにごめんなさい。

穏やかに老いて平穏な毎日を送る難しさ、年々感じてきます。
実年齢は61歳、バリバリ働いて居られる方もたくさん・・・
責任を果たされて、ご夫婦で楽しまれているかたもたくさん・・・
人生色々ですね〜

せめて心に優しさを持って感謝の心をなくさず、歩んででいきたいものです

たくさんの癒しの心と、優しさを気付かせて頂きました。
ありがとうございました。
Posted by:人間大好き  at 2007年05月24日(木) 15:50

Takezoさま

コメントありがとうございます。

その方は思い出にてっせんの花を残していかれたのですね。
私の話している方と同じで 色んなことを忘れても 優しさだけは残しておられたのでしょうね。

こういうことって 文にしたり、まして詩にするなんてタブーかな、とも思いましたが、仰るように 自分もいつか行くかもしれない道、このおばあさんを見習って タブーなんて思わず、もう少しあたたかい目で見つめてみたいと思ったんです。

思い出のお話をありがとうございました。
心に残ります。
Posted by:  at 2007年05月23日(水) 21:45

年を取ること・・・その現実をしっかり伝えていただいていますね

私の家にテッセンの花が在ります
近くに住むおばあちゃんが、建てたばかりの私の家の入り口が
殺風景だと、サンボのついでに持ってきてくれたものです
女手一つで、男の息子達三人を育て上げた強い人でした

そのおばあちゃんも、年には勝てず、
ボケ始めて散歩の足も、よちよちと子供のようになりましたが
私の家の前で、自分のくれたテッセンを見て
「もっとしっかり剪定してあげなくては可哀想」
などと、私をしかりつけながら
それでも、その次の会話は、ふっと別の世界に入っていって
仕舞うおばあちゃん

家の前の坂道で座りながら、とりとめのない
おばあちゃんの話を何度も聞きました
その時の「おばあちゃんの言葉がここにありました」

ありのままを受け入れる・・・
辛いけれどそれが一番彼女にとって幸せな事になるんだと
思いました

数年前に無くなりましたが、今年も形見のテッセンは
綺麗に咲いてくれました

何時か行く道・・・
その時私の周りの人たちはどう私に接してくれるのかな〜



Posted by:Takezo  at 2007年05月23日(水) 18:05

花ちゃんさま

はじめまして。
92歳のお母様!すばらしいですね。
ただ、目に見えて悪くなっていく・・・この姿は辛いですが、仰るように、
>母はどんな状態になっても母・・・
この気持ちさえ忘れなければ、高齢になっても元気でいてくれることを感謝する気持ちになれますね。
世話をしながら そうしている自分が癒される、それは、親子なればこそなのでしょうね。
親は人生の大先輩、いつかはゆく道を教えてくれているのだと思います。
日頃のお話を交えて、貴重なご自身のお話を ありがとうございました!
Posted by:  at 2007年05月20日(日) 00:55

初めまして。
私にも92歳の母親がいます。父親亡き後、一人住まいなのです。
私がヘルパーの資格を取り、週に2回行ってお世話しています。
去年から比べると今年は母の状態が目に見えて悪くなっています。

今まで昔のことをよく覚えていたのですが、この頃は同じ事を何べんも言ったり、昔のことも忘れるようになってきたのです。それに本人も「頭が変や、ボーとしている」と言い出します。「大丈夫や、その歳でよう覚えている方や」となぐさめますが、本人も辛いし、不安だと思います。
私もこのまま、物事を考えられなくなるのかなと寂しくなってきます。
母はどんな状態になっても母です。この母がいなくなるとと思うととても寂しくなってきます。
静さんがこの方にやすらぎを感じられたと、私もそうなのです。世話をしながら、私が安らぎを感じているのです。人生の大先輩に。
Posted by:花ちゃん  at 2007年05月19日(土) 21:18

minoさま

コメントありがとうございます。
この問題は身近にこういう方がいらっしゃる方は よく理解されているのだろうと思っていました。
とても深い問題で、ほんとはこうして詩にし、ここに書き入れるのもためらいました。
仰るように世話をする周りの方に頭が下がりますね。
そして一番辛いのは 肉親の方です。
でも こんな現実は多く、そのありのままの姿を書いてみたいと思ったのです。
読んで頂き、ありがとうございました。
Posted by:  at 2007年05月19日(土) 00:22

身内が一人もいなくなった叔母が、特老に入れられたので見舞いに行った
ことが有ります。
ボケの始まった叔母の姿を見たら、言葉かでませんでした。

それを世話する職員の方には本当に頭が下がりました。
あれを見ると老々介護には限界が有ると感じますね。
Posted by:mino  at 2007年05月18日(金) 23:12

chuuchichiさま

コメントありがとうございます。
仰る通りですね。こうしてブログを書くことは 頭も働かせ、手も動かす、やり過ぎない限り、いいことだと私も思います。
どうぞこれからも楽しいブログを拝見させてくださいね。
楽しみにしています。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:47

きっちょむさま

コメントありがとうございます。
近い未来、超高齢化社会となり、(もうなっているのでしょうか?)こういう問題が増えていくことでしょうね。
WHOがそういうことを提唱しているのですね。

今、すでに 老いも若きも”魂のケア”の必要な時代のように感じます。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:43

グランパさま

コメントありがとうございます。
この大阪弁は、ほんとにこのおばあさんの話し言葉の通りなんですよ。
ですので 他の地方の方に どれだけ伝わるかが不安でしたが、ユニークな詩と受けとめて頂けたなら 私もとても嬉しいです。
そう言って下さったおかげで 書いてみてよかった!と思いました。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:38

ネット姫さま

コメントありがとうございます。
またお返事のコメントのことで何度もトライして下さったなんて申し訳ないです。
私はブログを読ませて頂いて励まされるようでした。
失礼なんてとんでもないです。
どうぞこれからも宜しくお願い致します。

書いて下さった最後の2行の言葉、私も全く同感です。
実はこの詩、自分のブログにはパスしていたのですが、昨今親子にまつわる信じられない出来事が多く(あまり言いたくないことですが)、急にこれを書きたくなったんです。

無垢の世界ですら 忘れない親子の気持ちというものを書きたくなって・・。

同じ思いで見て下さっているようで とても嬉しかったです。
ありがとうございます。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:33

うどんげさま

コメントありがとうございます。
仰るように人はこうなると以前の性格とか生き方が現われてくるようで ある意味、こわいところもあります。
この人は以前からおとなしい方だったので 暴れたりわめいたりしませんが、そんな風になられる方は大変です。
色々考えさせられますね。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:19

やうちさま

コメントありがとうござます。
憎まれっ子、夜に憚る・・・
よく考えるといい言葉かもしれませんね。それだけ強く生きなさい、と言われているような気がします。
やうちさまは詳しい昭和史を書かれていらっしゃいますが、そういう何かがあることは素晴しいことと日頃思っています。
手や頭を常に働かせている方はいつまでも呆けずにいられるのだと聞きました。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:13

熊五郎さま

コメントありがとうございます。
つらい思い出を思い出させてしまったでしょうか。ごめんなさい。
そういうご経験がおありだったのですね。
この方にお茶を・・というところをお聞きすると、このおばあさんと同じように 例え息子と分からなくても その人が何だか大事な人、ということだけはわかっていらしたのでしょうね。
分からなくても親子仲良くお茶を飲んでいる・・そんな情景が目に浮かんできました。
Posted by:  at 2007年05月18日(金) 00:04

ちびまるさま

コメントありがとうございます。
昔のことですが、息子さんがやっと遠方から帰って来られて これから一緒に住むというのを余程楽しみにされていたのだろうと思います。
その矢先の病気はほんとに酷なことでした。

ところでそんな来訪者があったのですね。ちょっと笑ってしまいましたが、その時はびっくりされたことでしょうね。
高齢者の多い地区では、時々そんなこともあるかもしれませんね。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:57

カンタロウさま

コメントありがとうございます。

お母様が今もムチャお元気なんていいですね。何よりのことと思います。

>幾つになっても母親っていいものですね・・

同感です。このおばあさんのように 何も覚えていなくても 心が母親であるというところ・・・
傍から見ていても 感動します。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:50

ケンタッキー便りさま

コメントありがとうございます。
仰る通りですね。シニアの底力を見直してほしいものです。
どなたも 今までただ安穏に歩いてきたわけではないのですものね。
これから先だってまだまだ棘の道かもしれません。
人生を開拓していく思いに 老いも若いもありませんね。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:43

散輪坊さま

コメントありがとうございます。
散輪坊さんのように 鳥の姿を追いかけて自然の中で時を過ごされる、またそれをここにUPして下さる・・そんな日頃を過ごされているならお幾つになられても多分こうはならないのだと思いますよ。
高齢になってから大きなショックがあると怖いのだそうです。
心の平穏が如何に大切かを思い知らされますね。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:37

子鹿さま

コメントありがとうございます。
その方も このおばあさんと同じようですね。
家に帰りたい気持ちが、心の奥底に眠っていたのでしょうね。
できることなら 子供の頃と同じ景色を見せてあげたいものですね。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:31

ルルさま

コメントありがとうございます。
>自分の母となると・・・
仰る通りです。この息子さんも 始めの頃は 世話をしながら苛立っているような時が多かったです。
世話そのものの辛さ以上に 思いが伝わらないことへの苛立ちがあったのだろうと思います。
でも 最近はどちらも落ち着いていらっしゃるんですよ。
だから こんなことも書く気持ちになれました。

お母様、きっととてもお美しい方なのでしょうね。
どうぞいつまでもお元気でいらっしゃいますようにと願っています。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 23:27

昔の事はよく覚えているのに今現在の事はすぐに忘れてしまう。年と共に何か実感しますね。自分は大丈夫と思っていてもいつ自分がそうなるかと思うと憂鬱になりますね。せっせとブログを書いて頭の体操しなくては。
Posted by:chuuchichi  at 2007年05月17日(木) 21:12

老々介護の時代ですね。身に沁みます。WHOでもあげていますが、魂のケアの時代が来ているのを感じます。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月17日(木) 20:56

静さんへ
こんばんは、静さんのイメージではないですが、温和な大阪弁に置き換えていて上手いですよ。本来は可哀想なことなんですが、こう語り方でこのおばあさんのことはユニークさを感じますね。やはり静は「プロ」ですね。
Posted by:グランパ  at 2007年05月17日(木) 19:52

静さま
こんにちは

本の出版に関しまして温かいコメントをありがとうございました。
自分のブログでお返事を差し上げようと思いましたが
何回トライしてもどこからお返事のコメントを書いてよいやらわからず
また静かさまのメールもわかりませんでしたので
こちらからお邪魔しました失礼をお許し下さい。

おばあさまの言葉はすごいですね
何気ない言葉の切れ端におばあさまの想いが込められているようで
含蓄のあるメッセージとなっているような気がします。

昨今の世情の歪みを思うとき、無垢とも言えるこの方のような存在こそが
私たちに何かを伝え、教えてくれるのではないかと思っています。

Posted by:ネット姫  at 2007年05月17日(木) 19:41

今では幸せな時だけが記憶に残っているのでしょう。でも、それは以前
の生き方の反映かなと思うと自信がありません。
Posted by:うどんげ  at 2007年05月17日(木) 19:39

詩を拝読し胸にジンときました。
悪たれ爺ぃ〜も、この先こうなるのでは?・・・との不安からです。
その時、若いものたちはどう接してくれるのだろう?と、ふと脳裏を掠めました。“憎まれっ子世に憚らず”でいなくちゃ〜と、反省しきりです。
Posted by:やうち  at 2007年05月17日(木) 16:43

私の親父も同じようなでしたね。
私の顔が解らなくなり何方ですかと言われた時は
かなりのショックでした。
たまたま家の近くで合ったから一緒に帰ろうと
帰りイスに座るとお袋にお茶でもこの方に出せよって
しばらく話をしてるとうちはこれから昼時なので
あんたは何時帰るの?
一緒に暮らしてるのにどうしたん?
あれだけ偉大で恐かった親父が・・・・・と。

読ませて頂いて思い出しました。
Posted by:熊五郎  at 2007年05月17日(木) 10:58

おはようございます。
この方は、忘れたいことを、頭の中から消し去って、生きているのですね。
そうなる前は、余程辛かったのでしょうね。今は幸せなのかな〜。
でも、文面のおばあちゃんの発言を読む限り、時々は我に帰っているように思います。
同じようなことがあり、思い出しました。
ご主人を亡くされて、遠く九州からこちらに引き取られたおばあちゃん。
迷子になり、よく似た家の我が家の窓をドンドン叩き、お〜いお〜いと。
こちらもびっくりしましたが、おばあちゃんも知らない顔が出てきたので、更に不安でオロオロ。とても気の毒でした。
Posted by:ちびまる  at 2007年05月17日(木) 08:12

最初読んだときビックリしました。関西のおばーさんの話なのですね。

私の母は、80歳ですがもうムチャ元気です。今でも説教されます。

でも幾つになっても母親っていいですね。ブログを読んで少し涙ぐみました

これからもブログ楽しみにしています。
Posted by:カンタロウ  at 2007年05月17日(木) 07:30

静さんの静かなる憤りに同感です。
見くびって貰っては困りますね。生半可な若い世代には、ヤル気も負けず、行動にもひけをとらないのが、「シニア」と呼ばれる人種であることを思い起こして欲しいものです。彼らが真のシニアになれるか、面接試験をしたい気持ちです
Posted by:ケンタッキー便り  at 2007年05月17日(木) 06:53

 人事では有りません。明日はわが身です。
考えたくは有りませんけど、仮に長生きした時は
どうなっているんだろう。と時々考えます。
Posted by:散輪坊  at 2007年05月17日(木) 06:10

帰りたい、帰ります、荷物を整理する人を見てきました。
一緒に出かけて、行きました。何処へ帰るんですか?
実家に帰ります・・・85歳の方でした。
Posted by:子鹿  at 2007年05月17日(木) 00:42

母が、心身共弱ってきていますので、身に詰まされました。

自分の母となると… そこまで冷静に見られません…
美しくお洒落で… 理想の女性だった母が… 
最近… たまにですが 同じ事を何度も言います…
これと同じ 柔らかな大阪弁でも… つい悲しくなってしまいます…
Posted by:ルル  at 2007年05月17日(木) 00:42

ミルフィーユさま

はじめまして。コメントありがとうございます。

私もね、時々そんなことをふと考えることがあります。
誰もがそうなるとは限らないですけどね。
年老いてから特別悲しいことがあったりすると こうなりやすいのですって。

でもそうなった時には 多分何も分からないのだから それなりに幸せを感じることができるのかもしれませんね。
仰るように 私もできるだけ、”にっこり笑顔”で生きていきたいと思います。
こちらこそありがとうございます。
Posted by:  at 2007年05月17日(木) 00:00

blancさま

コメントありがとうございます。
そうなんですね。長生きできるように 自然に辛いことを忘れていくようになっているのですね。
このおばあさんは、いつも優しくて、息子さんに怒られて気分が悪くなった時以外は険しい顔もしないです。
険しいお顔を見たのも一瞬で 何だか子供がすねているようで可愛い感じがしました。
一瞬でも息子さんを見失わないようにしようとしている様子を見ると切なくなりますが、大事なことだけ、しっかり心でわかっているのだと思いました。
Posted by:  at 2007年05月16日(水) 23:53

はじめまして・・・最初何かのエッセイかと・・・
おばあさんの中では辻褄があっているのですね・・

私、時々・・認知症になった時にどんな人格が出てくるのか?
それなりに愛されるのか、
静さまの場合のように、話相手をしてもらえるのか?
うるさがられ、煙たがられるのか?

にっこり笑顔でプラス思考の癖をつけて
これから生きて行きたいな・・と思いました。
有難うございました。
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年05月16日(水) 23:10

こんばんは。お久しぶりです。
このおばあさまのような高齢になると、辛いことは忘れるような作用が脳に働くのです。そうでなければ、人間は長生きできません。
認知症の方は、子供の純粋さを思わせるような笑顔と、般若のような険しい表情が一瞬のうちに交差することがあります。周りはそれらをすべて受入れる気持ちが大切でしょう。
それにしても、関西弁は優しい響きがありますね。静さまの感じる安らぎこそ、無垢なる心そのものです。
Posted by:blanc  at 2007年05月16日(水) 22:42

子草さま

コメントありがとうございます。
私も全く同感です。
そして 人というもののいとおしさを感じます。
ほんとうに 人の心は”強さの中に弱さあり、弱さの中に強さあり”なのですね。
Posted by:  at 2007年05月16日(水) 22:39

悲しみが大きすぎたときの人間の生きる知恵でしょうか?
そこまで深い悲しみはむしろ忘れてくれるほうがほっとしますね。
悲しみとは無縁の無垢の時代に戻られたのですね。
ただただいとおしく思います。
Posted by:子草  at 2007年05月16日(水) 22:12

湘南ジョガーさま

コメントありがとうございます。
心に蓋をして・・・
ほんとにそうだと思います。あまりに痛ましくて自然にそうなっていったのでしょうね。
今、ほんとに幸せそうです。何か難しいことでも聞くと 
”うち、ようわからんわ〜”
と顔をしかめられるので 殆ど誰もムズカしい話もしなくなりました。
Posted by:  at 2007年05月16日(水) 22:04

激しいショックのため心に蓋をして生きているのですね。
痛ましいことです。
でもこうして明るく振舞っておられることが救いです。
それが別の病であっても。
関西弁は深刻な事情を和らげることができますね。不思議な言葉です。
Posted by:湘南ジョガー  at 2007年05月16日(水) 21:34

花よりケーキさま

コメントありがとうございます。
私のほっとする思いが通じたようで嬉しいです。
彼女と話しているとほんとうにやすらかな気持ちになってくるんです。
つらいことが こんなやすらぎに変わるなんて ほんとに不思議です。
Posted by:  at 2007年05月16日(水) 20:48

soraさま

はじめまして。
コメントありがとうございます。ふと立ち寄りたく・・なんて嬉しいです。
こちらこそどうぞよろしくお願いしますね。
Posted by:  at 2007年05月16日(水) 20:44

心の重荷を捨ててしまって 今は純粋な世界に居られるのでしょうね
静さん”が感じられるように私も何だか 安らぎを覚えます
Posted by:花よりケーキ  at 2007年05月16日(水) 20:38

はじめまして soraです。 
新入生で ブログを 見てて、 ふと立ち寄りたくなりました。
よろしくね・・・
 なぜか ほっとしました。
Posted by:sora  at 2007年05月16日(水) 20:28

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