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「フランシーヌの場合」のフランシーヌ[2008年03月26日(水) ]
 また懲りずに懐メロ関連ですみません。

先日のブログで頂いたコメント等から思い出した「フランシーヌの場合」。
今日、その歌を

♪〜3が〜つ 30日のぉ〜 日曜日ぃ〜
と歌いながら 何気なくカレンダーを見て びっくり!
この次の日曜日って 3月30日の日曜日なんですよね。

たまたま こんな年の こんな時期に思い出したこと、何か彼女が”思い出して”と言っているような気がし、少し この歌のことを思い出してみることにしました。

私自身の 懐かしい、という以前に お恥ずかしい思い出話からですが。
学生時代、歴史関連のクラブに所属していたことがあり、そこで通常の活動の他、毎年 何かひとつ研究テーマを決めて、それを文化祭等で発表する、というようなことをやっていました。

ところが、この「フランシーヌの場合」が 世に出た年、それまでの発表の形を変え、これを劇にして発表しようということになったのです。
発案者が顧問の先生だったこともあり、皆この意見に賛同、私も面白そうと乗り気でした。

ニュースで このフランシーヌの一件を初めて聞いたとき、彼女が 不幸にも死を選択してしまったことは残念に思いましたが、その行動からは フランス女性の ジャンヌ・ダルク的精神力の強さ、崇高さを感じ、共感するところがありましたので。

ところが・・
それぞれの配役を決める段になり、肝心のフランシーヌを誰がするか、というところまで話が進んだ時、部員の誰かが 私の名前をあげ、それに先生が賛成し始めたことから 気分が一転。

♪ パリのぉ〜朝に 燃えた命ぃ〜ひとつぅ〜  って?!

それまで演劇部のエキストラで 一度劇の経験はあったのですが、どうでもいいような役だから引き受けただけのことで このフランシーヌのような強烈な個性なんて とんでもない!

わるいとは思いながら 私がこの日 引き受けなかったことから 夏休み後、もう一度話し合うことに決まりました。不穏な空気を残したまま。

ところが、随分前のブログでも書かせて頂いたことですが、この年の夏の終わり、私は大きな事故に遭い、その後2か月 入院、学校に登校できるようになったのは その文化祭もとうに終わってしまってからでした。

過ぎてみると 友人たちの白熱の演技の「フランシーヌの場合」を見ることもできず、残念な気持ちが残りました。

でも、私にしてみれば・・
「事故」 か、 「フランシーヌ」か・・
今となれば、どちらが 不幸中の幸いだったのか・・
よくわからないような 出来事でした。

長い昔話になってすみません。

フランシーヌ・ルコント・・・1969年3月30日、ベトナム戦争、ナイジェリア内戦、ビアフラの飢餓問題に抗議して パリで焼身自殺。

センセーショナルな事件だった この話を歌にした「フランシーヌの場合」は 当時80万枚のヒットを飛ばしたそうで STAGEの方なら よく記憶されている方も多いのではないか、と思います。

STAGEは若い方も読んでいらっしゃると聞きました。
歌を知らない方にもわかりますようにと 下に入れておきます。

また 何故か映像が 大阪万博の
    「フランシーヌの場合」

今回は少し暗いお話になってしました〜

Posted at 17:22 | 時の舟旅(歴史) | この記事のURL
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コメント


booさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。

この歌、実話と思っておられない方がたくさんおいでなのだと ここに書いて初めて知りました。
へたな紹介でも この時書き入れてよかったと思っています。^^

”ハガキよりちっちゃな絵本””穴まで開いてて”・・
つまり、姿?までかわいい絵本なのですね。

今度本屋さんで探して読みたくなりました。
Posted by:  at 2008年04月27日(日) 16:18

わたしも大好きで
しょっちゅう口ずさんでいた「フランシーヌ」でしたが、
そんな逸話があったとは‥

今度歌う機会がもしあったら、
きっと感情移入しちゃいそう。

あっ、それから
エリックカールのことですが、
わたしはハガキよりちっちゃな絵本持ってるんですよ。
上製本で、特殊印刷で、
もちろんいもむしに食べられた穴まであいてて。

ほんと、エリックカールさんって
にくたらしいサンタさんです。
思いっきり嫉妬してます。
Posted by:boo  at 2008年04月27日(日) 02:34

こずかたさま

こんばんは。コメントありがとうございます。
大阪万博の頃は、私はただそこに遊びに来るだけの学生でした。あの万博開催にそうして尽力下さった方と 今ここでこうしてお話できることに感謝しています。

敗戦のこと、跡形もなくなった 子供の頃の風景・・
それは教育のせいだけでなく、愕然とされた思いがわかるような気が致します。
私は 歌に歌われた”戦争を知らない子供たち”の中の一人です。
でも 戦争の話は 年の離れた父からよく聞かされました。
私は学校で習う戦争の話より 父から聞かされる 生の戦争話が好きでした。
いつか自身のブログに書いてみたいと思いながら そのままにしていますが。
こずかたさまの小説から そうした父の話の中にもあった兵隊さんの姿を思い出しています。
小説、これからも楽しみにしています。
コメント等書いていませんが読ませて頂いています。
読み始めた時から タイトルの「サヨウナラ」の意味がわかるまで 続けて読ませて頂こうと思っていました。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
Posted by:  at 2008年04月07日(月) 20:54

大阪万博の絵、拝見。私はあの催しのプロデューサーの端くれでした。最後の追い込みなどは殆ど徹夜でしたが、無事開場で、やれやれと東北へ戦火を逃れ疎開するまで生まれ育った神戸、西宮。特に浜甲子園の近辺を眺めに行き、愕然としました。「あ、日本は本当に戦争に負けたんだ」と呟いている自分に気づいたからです。幼い頃遊んだ場所、建物、風景、景色が無くなっていました。かすかに記憶にあった古い店のご主人に尋ねると「あ、あそこも、あれも、これも空襲で焼けました」と説明され、日本が敗けたと納得したのです。小学2年まで[神国日本は絶対鬼畜米英に負けない]と信じていた心がどこかに残っていたのです。戦後25年も経った焼け跡を見て、ようやく日本の敗戦を認めたのです。小さい時、植え付けられた教育の影響の恐ろしさです。
Posted by:こずかた  at 2008年04月06日(日) 23:52

mimmikageさま

こんにちは。お久しぶりです。
コメントありがとうございます。この歌のこと、書き込んで初めて 意外に覚えていらっしゃる方が多いのだと知りました。
>今も活躍中〜
この思いは戦争がなくならない限り ずっと続くのでしょうね。
Posted by:  at 2008年04月01日(火) 14:20

私もこの時期になると自然と口ずさんでいる自分に驚いてます・・・学生運動のまっただ中、時々夜の密かな集会にカンパ金を届けてくれた彼女は今も活躍中らしいですね
Posted by:mimmikage  at 2008年04月01日(火) 14:07

Mirubaさま

こんばんは〜
お忙しいのにコメントありがとうございます!

この前のなに^^の時も楽しいコメントで

書いて下さった通り、この事件、フランシーヌのことは本国より日本でのほうが記憶されている方が多いのですね。
調べてみたときも そういうことが書かれていましたけれど、改めてMirubaさまに見て頂き、コメント頂いて 更によくわかり 嬉しかったです。

万博のときのお話、
ほんとにあの頃は 何か皆エネルギーに満ち溢れていましたよね。
懐かしいお話です。

事故のことですが、色々書いて下さったお礼に(どんな?(笑))入れておきますので宜しければまた覗いていって下さいね。

日本で起きた JRの尼崎の事故、ご存知?
あれから もうすぐ1年、という時に、書いたブログなんです。
私の所の周辺から乗った人も多く、他人事と思えず、事故に関連して自分の記憶を書きました。

 「事故の衝撃」〜そのトラウマ〜

Posted by:  at 2008年03月30日(日) 18:19

静様

ああ〜忙しくて出遅れちゃった
私もフランシーヌの場合は〜♪歌った口ですよ
静様 この前のなに^^といい ありがとうございました

万博は家族で行きました 初めて新幹線に乗ったのもこのときです
愛知の万博も娘達と行きましたが やはり大阪の万博は子供だったからか見る人たちの迫力が違いましたね 国のエネルギーを感じたものです

静様は大変な事故に遭われたのですね その時演じていたら・・・
もしは禁物か^^

フランシーヌのことはフランス人も記憶に無い人のほうが多いようです
皆さんがおっしゃるように 日本人は歌がヒットしたので覚えている人が多いということになるでしょうか
また フランス人には フランシーヌのような行動は 「KAMIKAZE」的な行動として あまり好まないのです 今の自爆テロとおなじですからね 決して英雄にはなれない だからおばかさん なのですね

思いはわかるような気が致しますが 過激な行動にでるのではなく とにかく「話し合う」スタンスを崩して欲しくない そんな気が致します

自由の国フランスは自由がありすぎて自由を謳歌できなくなっています
日本も同じかもしれませんね
Posted by:Miruba  at 2008年03月30日(日) 16:47

あーやさま

はじめまして。
可愛いお顔いっぱいのコメント、ありがとうございます。
私も書きたいけれど、新パソコンになってから どこをいじったら出るのか まださっぱりわからないんです。
なので 味気ないコメントで ごめんなさい!

私も暑かったなぁ〜という印象があります。
夕方くらいから ライトアップで素敵な会場になるんだけれど、もう帰らないといけなくて・・
いつも残念でした。

Posted by:  at 2008年03月28日(金) 23:40

賢さま

こんばんは。
遅くなりました〜

農協さんの団体!
私もよく見かけました!
確か 欧米人との”食べ方の文化の違い”も話題になったように記憶しています。
麺類を食べるとき、音を立てて食べる様子を見て びっくりしたとか。
書いて頂いたようなこともあったのですね。笑っちゃいました〜
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 23:31

はじめましてヾ(*^▽^*)〃
(*^o^*)ヨ(*^O^*)ロ(*^Θ^*)シ(*^ε^*)クー♪ ね

万博ですか???懐かしいですねぇ。。暑かったのを、覚えています。
Posted by:あーや  at 2008年03月28日(金) 12:48

あまりに〜も お・ば・かさん

大阪万博ですか、中学生でしたね、初めて目の前で金髪の外人さん
見ました。

全国の農協さんが観光で集まってトイレが満杯。
おばさん迄が芝生の隅で・・・。
外人さんの目が仰天

なんて話題も有りました。

※品が悪くて
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 08:08

グランパさま

こんばんは。
お仕事とはいえ、あの万博に 毎日通われていた、なんて羨ましいです。
私も時々遊びに行きましたが、時が過ぎるのがアッと言う間でした。
できることなら あの時 私も毎日でも行きたかったです。

>コンパニオンと談笑〜
映像の中にもチラと映っているようですね。
皆さん とてもきれいですね。
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 00:29

あきさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。

>一番苦しい〜
そうなのですか。
その一番苦しい形で 反戦を訴えた彼女の思い・・
遠い話になっても 忘れてほしくないですね。
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 00:24

花よりケーキさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
歌手名を書いていなくてごめんなさい! そうでした。”新谷のり子”!
その名前も懐かしいですね。
今このSTAGEを見ていらしたらなぁと思います。
>今ここで そういうことだったのだと納得しました〜
ありがとうございます!
書いてよかった、と思いました。
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 00:21

やうちさま

こんばんは〜
コメントありがとうございます。
>世情に疎く〜
とんでもないです。いつも 色々学ばせて頂いています。
私は この映像を探しただけですので。
宜しければ お暇なとき 時々覗いていって下さいね。
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 00:14

kawayanさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
この万博の年にご結婚されたのですね。 それはもう忘れられない、思い出深い年となられたことでしょうね。
またコーラスのお話も楽しく聞かせて頂きありがとうございます。
ずっと後に花博がありましたが、あのとき感じた熱気にはかなわない、それ程強い印象でした。
Posted by:  at 2008年03月28日(金) 00:09

ルルさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
ルルさまの書き込んで下さったコメント自体が 懐かしい時代の映像のように感じられました。
同じ時代を生きてきたのだと 私も胸がいっぱいになりました。

ほんとうに 上の万博の映像のどこかに私もいるような気がしたんですよ。
ルルさまもだったんですね。

フランシーヌのことは、〜長くなりますので〜
と書かれたこと、きっとルルさまならそうなのじゃないか、と思っていました。
私は、ルルさまの 普段書かれているブログやコメント等、拝見していて、上のフランシーヌと同じようなハートを感じていたんです。

そんなルルさまに読んで頂けてよかったです!
Posted by:  at 2008年03月27日(木) 23:57

静さま、こんばんは〜

もう40年を過ぎようとしてるんですね。この曲を聴きましたし「万博」は
私は仕事柄、その会場に毎日通ってましてね。

会場の近くのレストランでコンパニオンと談笑した時代が懐かしい、
Posted by:グランパ  at 2008年03月27日(木) 23:05

焼身自殺は、自殺の中でも一番苦しいと言われています。
だから、
最も心に残るのです。

「フランシーヌの場合」、衝撃的な歌詞でした。
Posted by:あき  at 2008年03月27日(木) 20:38

この歌はよく覚えています
が・・・深い意味など考えもしませんでした
今ここで そう言うことだったのだと納得しました
歌手を思い出せないでいましたら ちびまるさん”のコメントで
新谷のりこさん”と解り、ほんとに懐かしくなりました
Posted by:花よりケーキ  at 2008年03月27日(木) 18:11

世情に疎く、歌や出来事のことは直ぐには思い出せませんでした。
映像を拝見し、おぼろげに当時を偲ばせて貰っています。
Posted by:やうち  at 2008年03月27日(木) 13:01

フランシーヌの場合、覚えています。
でも背景を静さんのブログで読んでから聞くと、
万博画面をバックにした歌が、ジーンと来ました。
この大阪万博は私にとっても思い出深いものがあります。
コーラスで大勢の中の一人として出場もしました。
母親と一緒にパビリオンを廻ったことも思い出します。
この万博の年1970年に結婚して今の家族があります。
思いで復活!、ありがとうございます。
Posted by:kawayan  at 2008年03月27日(木) 10:24

懐かしいです〜!
とっちゃんぼうやさまのコメントを拝見して、私も色々と思い出し…
胸が張り裂けそうな気持ちです。
昭和元禄、アイビールック、平凡パンチ…今もはっきり覚えています。
VANの本社は心斎橋にありました、父にも勧めて一緒にお買い物に行きました。

フランシーヌの事は色々書きたいですが長くなりますので止めます(笑)。
それが原因と言う訳ではありませんが…高校の先生に誘われて南大阪ベ平連に入りました。小田実さん達と、御堂筋を花を持ってデモしました。

マルクスの資本論、毛沢東語録、羽仁五郎の都市の論理などを読み漁りました。
でも結局何も分かっていなかったと思います(笑)

万博の頃は、大阪も、日本も元気でしたね…まだまだ未来に夢がありましたね。
家族と何度も行きましたのであの映像の中に居るかも?
まだまだ書きたい事が山ほどありますが…話し出すと1日では終わらず…
キリがないので(笑)この辺で〜
Posted by:ルル  at 2008年03月27日(木) 02:16

とっちゃんぼうやさま

こんばんは〜
コメントありがとうございます。

この歌が流行ったときは、1969年、つまり昭和44年じゃなかったか、と思います。(合っているのかな・・西暦と年号が時々わからなくなる時があるんですよ)

”昭和元禄”ありましたね。”シエーッ!”とかもその頃でしたっけ??
時代が変わっても 何だか似たような発想をしているようで可笑しいですね。

「平凡パンチ」って 読んだことはありませんが、表紙の感じには記憶があります。
確か、ちょっと派手系でしたよね。

今は色でも 少し控えめが好まれる時代で ああいう感じの表紙って 最近なくなってきましたね。

三極化のお話・・
少し違うことかもしれませんが、私が成人したとき、新聞に”シラケ世代の成人式”なんて書かれました。
ちっともシラケてないのに。
少し上世代が情熱的過ぎたせいかも、です。。

アイビールックも懐かしい〜
「VAN」がありましたね。

こうしてお話していくといつまでも続きそう・・。何丁目の夕日まで行くことやら、です。
Posted by:  at 2008年03月27日(木) 01:18

静さん、こんばんは〜

 この歌が流行したのは昭和40年代前半でしょうか? 
 当時は高度経済成長ど真ん中、昭和元禄などという、いまなら、さしずめ流行語大賞ものになるような造成語が生まれましたよね〜。

 同時に、私たち若者にも、三極化があったように記憶していますね〜。
 学生運動に走るもの、それに対して「ツーカー」(素敵なカーちゃん(恋人)とかっこいいカー(車) をゲットすべく一流会社を目指すもの。 
 そしてノンポリで大学の授業はさぼり、アルバイトに精を出す学生・・・・
 懐かしいですね〜

 振り返ってみれば、結構な時代だったんですね〜 
 反戦・反体制なんて一部のものを除いて大半の若者には思想的ファッション。

 えっ、私? う〜ん、いっていいかな〜
 「平凡パンチ」(静さん、こんな雑誌あったの知ってる?)から抜け出たようなIVYスタイルで、 外車を乗り回し、彼女が乗っていないとき、隣の座席には
「資本論」が置いてありましたよ〜 そんなアホな。

 なあ〜んて、私にはどれこれも縁がありませんでした〜
 でも、経済はもちろん、文化にしても今にない活気がありましたよね。
 明治は遠くなりにけり、ならぬ 昭和も遠くなりにけり〜
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2008年03月27日(木) 00:33

ほばしらさま

こんばんは。はじめまして。
お訪ね頂き、コメントもありがとうございます。
この歌、好きだった方は意外に多いみたいですね。
この何とも言えない物悲しさがいいと。
そして 書かれていますように 詞、曲共日本人によるものなんですね。
私もナレーションのせいで フランス製(笑)って 長い間思っていました。

そして 反戦の歌だけれど あまりフォーク調でもなく、自然な感じのリズムになっているところもいいですね。
私たちの世代には それぞれ思い出の蘇える素敵な歌のひとつですね。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 22:59

今晩は! はじめまして。
 今年の3月30日は日曜日ですね。 私もこの歌は好きです。
で、色々調べてアップしようと思っていたけど、先に越されました。
調べてみたら、この歌、日本人が作詞、作曲していますね。
てっきり、フランスから輸入?し、翻訳されたものと思っていました。
第一、途中でフランス語のナレーションが入っているから。

この歌の良さは「反戦歌」とか云うのではなく、歌い易く、我々の年代は
その当時の若し日の思い出がよみがえる? そんな思いが強いのでは?
Posted by:ほばしら  at 2008年03月26日(水) 22:36

無畏さま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
無畏さまのほうにお訪ねさせて頂きます。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 22:31

かおりょうこさま

こんばんは〜
かおりょうこさまは18才ですか。私はひとつ年下の17です。どうぞヨロシク♪
〜な〜んて ここでは通じないのがとても残念です。(笑)

フランスの少女の”自由”のお話、面白そうですね。
この「フランシーヌの場合」は 当のフランスでは 殆ど忘れ去られているようなんです。
日本では 歌になったために こうして思い出す人もいるのですが。
それを考えると 歌にはパワーがありますね。
フランシーヌは 日本でのほうが親しまれているのかもしれません。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 22:30

散輪坊さま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
>今謎が解けました〜
今日ここに書いてみてよかったです。
フランシーヌがもし生きていたら 今多分60代の女性、
心優しい いいお友達になれたかも、ですね。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 22:08

静さん
突然ですが、しばらくブログを休みます。
長いお付き合いを頂き、有難うございました。
無畏ことモルセラ 拝。
Posted by:無畏(むい)  at 2008年03月26日(水) 22:03

ちびまるさま

こんばんは〜
コメントありがとうございます。
>あとになって〜
殆どの方がそうみたいですね。 知らず知らず歌っていて 後になって意味を知る・・
歌って そういう力があっていいですね。メッセージの込められた歌は特にそう思います。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 21:53

リンさま

コメント、そして 楽しそうなコミュのお話もありがとうございます。
そういう話は 始めるときりがない程色々思い出してきますよね。
私も この間からつい・・・今だ、止まらずです。(笑)

また懐かしい歌の名前を拝見して 思い出しています。
そういう歌、ありましたね。
声のきれいな歌手が多かったような気がしています。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 21:50

chuuchichiさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。
仰るように 反戦の歌の全盛時代ともいえるような時代でしたね。
でも 考えてみれば それは、それ程沢山の人が訴えていた、ということなんですよね。
その思いがどこまで届いたのか・・
考えるとつらい現状ですね。

劇のこと、お優しい言葉をありがとうございます。こんな話を書きましたが、自分では想像のつかない劇です。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 21:42

メーのおばちゃんさま

こんばんは〜
身に余るお優しいコメントをありがとうございます。
もし事故に遭わずに フランシーヌを演っていたら、と思うだけで恐怖の思い出です。彼女には申し訳ないですが・・

私もベトナム戦争の詳しい現実については ずっと後になって知りました。
この時 彼女はほんとに心を痛めていたのでしょうね。
歌詞の中に フランシーヌのことを”あまりにもおばかさん”というところがありますが、彼女の命を懸けたメッセージを忘れてしまうほうがおばかさん、と言う人もいます。納得です。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 21:08

子鹿さま

こんばんは。
コメントありがとうございます。この時期、ほんとに反戦の歌が巷に溢れていましたね。
この歌は、フォークの全盛時代の後、GSが来て 少し後だったでしょうか。
私も もし上記のようなクラブ活動をしていなければ それ程関心を持っていなかったかもしれません。
何にしても お互いに懐かしい時代ですね。
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 20:57

今年18になる私ですが(ウソつきです。)この話は知ってます。

先日NHKで18になる少女が‘自由の国、フランス‘を紹介していました。
観られた方もいるかと思います。‘自由‘を敢えて口にする、意識する国に本当の自由があるのかという問いでした。

今、移民の国、格差の国、フランスはフランシーヌが生きていたらどう映るのでしょうか。(日本よりましか)
Posted by:かおりょうこ  at 2008年03月26日(水) 20:52

なつさま

こんばんは〜
コメントありがとうございます。
当時この歌は流行っていましたが、実話であることを知らない方も多かったようですね。仰るように どこか物悲しさが漂うメロディですね〜
Posted by:  at 2008年03月26日(水) 20:52

 鈍いおじさんは、この歌を聴きながらなんでおばかさん?と
思っていました。実はなぜ彼女が死んだのかも知りませんでした。
今なぞが解けました。
 世の中に、何も知らない、こんなおじさんもいます。
Posted by:散輪坊  at 2008年03月26日(水) 20:31

フランシーヌの場合」新谷のり子さん 懐かしいですね〜。
この歌が流行していた当時、フランシーヌに何があったか、知らずに歌を聴き、口ずさんでいました。あとになって、この悲しい事件を知りました。
Posted by:ちびまる  at 2008年03月26日(水) 20:30

先日、もう1つのサイトで、「戦争が終わって僕等は生まれた」というコミュにお誘いを受けて、学生時代の反戦フォークの事を思い出し、コメ入れたばかりです。

「The Cruel War」や、「花はどこへ行った」「愛する人に歌わせないで」などの歌と共に、もちろんこの「フランシーヌの場合」も上げましたョ。
当時を思い出しますね。
Posted by:リン  at 2008年03月26日(水) 20:12

「フランシーヌの場合」この歌私などにとっても懐かしい曲ですね。
この頃はフォークソング・反戦歌などが全盛であまり意味がわからないまま聞いていましたね。
静さんがフランシーヌの役をやっていたらきっとすばらしいお芝居になっていたのではないですか。
Posted by:chuuchichi  at 2008年03月26日(水) 19:53

みなさんがフランシーヌ役に推薦されたのは静さんのお人柄を見抜いてのことだったと思います。
また別の思い出として残ったことでしょう。事故は不幸なことでしたが残念に思います。
当時、沖縄の米軍基地からベトナムに向け多くの攻撃機が飛んだはずです。
ベトナム戦争については随分後になって現実を知らされたように思います。
今も日本は複雑な立場で動いていますが、彼女の戦争に反対する思いを大切にしたいです。
Posted by:メーのおばちゃん  at 2008年03月26日(水) 19:40

この歌の頃、「反戦歌」が多かったので、私の中では・・・全く意味を
知ろうともしていませんでした。が、そのような事があったのですね。
もし、入院をなさっておられず、主役?を演じられておられたら・・
また、「学生時代の思い出」としても残りましたね。
Posted by:子鹿  at 2008年03月26日(水) 19:23

フランシーヌさんって、実在の方でしたのね♪
物悲しい旋律は、さみしい気分と、ともに、くちずさみたくなる不思議な魅力がありますね
Posted by:なつ  at 2008年03月26日(水) 18:29

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