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昭和の写真(大阪祭2) [2007年03月05日(月) ]
 先のブログと同じ、大阪祭の写真ですが、今度は 別の 現代版の行列を載せてみました。

こちらは パレードといった感じです。


アルバムに書いていなかったので 日付の特定はできませんが、上から2枚目の写真の中に 「10月4日→26日」 と書かれた文字が見え、沿道の人出や 一般の車を止めている様子から、この期間のうちの どれかの日曜日と思います。

ここに載せていない他の写真では、女性の車の前には、後続の車と同じ 「北野ダンシングチーム」というプラカードのようなものが 掲げてあるのが読み取れました。

その下の写真は、大阪府警の音楽隊でしょうか。 そんな風に見えます。

ところで 先のブログのコメントにも書いて下さった方がいらっしゃったのですが、「今は?」 のお話。
私も 同じことを思い、この「大阪祭」ってもしかして 今の「御堂筋パレード」の 前身じゃないか、と思いました。
繋がりが分からないので 確かなことはわかりませんが、時期的にも似たような時期に開催されており、また、写真をよく見て頂くとわかるのですが、ナショナルや、載せていない他の写真を見ても、色んな企業が このお祭りに協賛していて、かなり力を入れているようなんです。

2,3枚目の写真中では 住友銀行が見えるせいで ここは 国道1号線と 御堂筋を 交差する角とわかり、ダンシングチームと 音楽隊の行列は その御堂筋を 北から南へと進んでいるようです。

車上の女性、この時20代なら 今70代。 もしかしてどこかで 見ていて、

「あっ!これ、アタシ、アタシ! きれいでダンスが上手かったのよ〜」
と、ひょっこり現われて下さらないかと 願っています。
周りに笑顔をふりまいて とても楽しそうですよね。
こんな時代があったのですね。

Posted at 01:07 | 身近な歴史 | この記事のURL
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昭和の写真(大阪祭) [2007年03月03日(土) ]
前回に続き、今度は 難波のことも 夢のまた夢 の 太閤さんの行列、昭和33年の写真です。
この写真は、一部 アルバムに収められていたので 一言 「赤間知事最後の大阪祭風景」 という説明がありました。






どれだけの市民が参加したのかわかりませんが、皆さん扮装がなかなか上手と思いません?
周りが 道路でなければ 時代劇の一シーンのようです。

でも 肝心の太閤さん(上から3枚目の写真、馬上の人)、カツラが動きでもしたのでしょうか?
頭が気になる様子で あまりサマになりません。 後の稚児さんの方が凛々しく見えますよ〜 なんて言ったらオコられるでしょうか。(笑)

写真の様子から 場所は国道1号線のようです。(続)

Posted at 01:46 | 身近な歴史 | この記事のURL
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昭和の写真 [2007年02月16日(金) ]
写真が好きだった父は、若い頃、色んな写真を写していました。
楽しむのはいいのですが、沢山写しすぎて アルバムにも入れず、束になったままの写真が 今も結構残っています。
 
そんな その時はどうでもよかった写真の中にも 今見ると 面白いものもあり、少し載せてみました。




写真だけでわかるでしょうか。
懐かしい いとこいさんです。
詳しい説明もできたらいいのですが、なにしろ束になったままの状態なので 日付も場所も何にも書いてありません。残念! 昭和30年代前半の写真の束の中にあったので多分その頃で 場所は大阪だとは思いますが。

やすきよさん以来、早いテンポの漫才に聞きなれ、それが当たり前のように感じるようになりましたが、私は このいとこいさんのような漫才も大好きでした。
スローテンポで どこかから空気でも抜けたような とぼけた味わいがたまりませんでした。
いま見ると 懐かしい 昭和の写真のひとつです。

Posted at 19:58 | 身近な歴史 | この記事のURL
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祈り [2006年12月30日(土) ]


 



物心ついた頃から、京都や奈良に縁があり、その古い文化を見聞きすることが多かったせいか、日本の古い美術に、子供の頃から 年配の方並みに 興味がありました。

 お気に入りのトップは、「玉虫の厨子」、続いて 興福寺の「阿修羅像」、平等院 「雲中供養菩薩」、夢殿・・・書き始めたら、きりがないほどです。

 今日は、その中の 「阿修羅像」のお話を 少しさせて頂きます。

 ふくよかで、柔和、やすらぎを感じる 多くの仏像の中で、痩せっぽちで、眉をしかめた表情の この阿修羅像の姿は、子供だった私の心に 鮮烈な印象を残しました。
 
『何でこんな顔しているんだろう? それに、こんな顔して、一体何を祈っているんだろう?』
 と、この異色の仏像を眺めながら 思いました。

 時が過ぎ、20才の頃、奈良の友人と 興福寺に行った時、ずっと気になっていた阿修羅像の写真を やっと手に入れることができました。
 載せているのが、その時の写真です。

 見る角度によって、微妙に表情が違って見え、何枚も見た中から、気に入った一枚を探すにも 時間をかけてしまった思い出があります。

 以来、場所は変わっても、いつも部屋のどこかに飾っています。

 この仏像が造られた時代背景を鑑み、この表情から感じられるもの、
それは、”苦難に満ちた民を救う祈り”です。

 この一年、振り返ると様々なことがありましたが、嬉しい、おめでたいことが一つあると、悲しいことが 百あるような世相でした。

 戦後、豊かになり、平和も自由も手に入れ、幸せも手に入れた筈の現代人・・・

 しかし、仏の目から見れば、私たちもまた、遥かな昔と変わらぬ「苦難に満ちた民」なのかもしれません。

 どうぞ、その「喜び」と 「悲しみ」が、逆転するような世の中になりますように、そして特に、新しく生まれてくる生命、子供たちへの 愛に満ちた社会になりますように、との祈りを込めて・・・

 重い内容になってしまいましたが、今年最後のブログを書き終えます。

 春に入会してから、ずっと私の拙いブログを読んで下さった方々、また、途中まででしたが、投票下さった皆さん、ありがとうございました。

 来年も また どうぞよろしくお願い致します。





Posted at 01:49 | 身近な歴史 | この記事のURL
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祇園の中の赤穂浪士さん [2006年12月11日(月) ]
 
 今日、京都の親戚から、祇園のお店の七味が届きました。
母が、薬味が大好きで、何度かその辺りへ買いに行こうとして 行きそびれていたので 小さな物ですが、とても喜びました。 
 一般に売られているものも 十分美味しいですが、こうした専門店の物は、鮮度が違うのか、香りが格段に違い、特に冬の季節には 有難いです。
 
 横長の箱の一部を写しただけの写真で見にくいですが、今夜、この中の黒七味を 早速夕食の時に使ってみたら もう、抜群の香りと味!
 僅かにふりかけるだけで 食事の味を驚くほど引き立ててくれる薬味って ほんとに不思議です。

 で、このお店は どんなお店? と、入っていたお店の紹介のカードを見て、意外なことに気付きました。

「原了郭(はらりょうかく)」・・・元禄十六年(1703)赤穂浪士四十七士の一人である原惣右衛門元辰の一子が 剃髪して「了郭」と号し創業。


 と 書いてありました。
 創業の古いのは この辺り殆どそうなので 別に驚きませんが、このお店が 浪士さんの一子によって創業された、というのには惹きつけられました。

 3日後の14日は、その赤穂浪士さんたちの討ち入りの日。

 どなたでもご存知のことですが、現代では、「敵討ち」は 「復讐」とみなされ、復讐は 復讐の連鎖を呼ぶ、ということから 法では禁止されています。
 
 今、こんなところで「復讐」なんていう言葉を使うのは 抵抗がありますが、
世の中の 色んな悲しい事件、事故等を見ていると、
一体 人一人の命をどう思っているの?と 聞きたくなることがあります。

 人の命を奪って 信じられない程、軽い刑で終わっていたり・・。

 法が裁かなくても 天が裁く! なんて思い直しても 気が治まらないような話が多いです。

 そんな中、毎年やってくるこの日。そして、思い出される「忠臣蔵」。
お殿様のためとは言え、たった一人の人間の為に、多くの家臣が 命を懸けて戦う姿・・・。

 これを見ると、胸がスーッとする、というのを通り越え、本来 「敵討ち」の物語の筈なのに、何故か 「人助け」のお話を見ているような感動を覚え、こんなに時が経った今も 多くの人に愛される理由がよくわかります。

 討ち入りの為に亡くなったのですから、当然、この浪士さん本人創業のお店ではありませんが、この紹介を見て、

『今度行く時は、このお店に買いに行こ!』 と、思いました。

Posted at 23:33 | 身近な歴史 | この記事のURL
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