白珠(しらたま)は 人に知らえず 知らずともよし
知らずとも われし知れらば 知らずともよし
(訳) 海底の真珠は人に知られない。しかし、知られなくてもよい。人間も同じで、たとえ人が知らなくても、自分自身が我が身の才能を知っていれば、人が知らなくてもよい。中西進「傍注万葉秀歌選」より
昼はつくつくぼうし、夜になると鈴虫の鳴く声が聞こえ、今 ほんとに夏の終わりを感じます。
この夏、急に思い立って、雨水や貝殻等を 好きなように写して遊んでいたせいか、行きもしなかったのに、何だかずっと海の近くにいたような気分がしています。
そんなことで 夏の暑さを凌ぎながら過ごしていた時、ふと 新聞に紹介されていたひとつの歌が目に留まりました。
同じ、海の中の ”真珠”を詠んだ、奈良、元興寺の無名の僧の旋頭歌。
同寺、境内の桜の木の下に うずくまるようにひっそりと建てられているという歌碑に書かれた歌でした。
元興寺には、学生時代、ある講義を受けるために 夏の暑いさ中、毎日続けて通い、よく知っていたつもりでした。
が、”そんな歌碑には気づかなかったナ・・”
そう思い、もう一度よく読んでみると、建てられたのが11年前、というまだ新しい歌碑でした。
元興寺は、その前身が日本最古の本格的仏教寺院、法興寺で、今も飛鳥・奈良時代の瓦が残された南都七大寺のひとつ。
記事説明には、”奈良時代には広大な伽藍を誇ったが、寺格は東大寺に及ばず、平安時代の説話集「日本霊異記」にも 元興寺の修行僧が、東大寺大仏造営の功で大僧正となった行基を妬み、地獄の苦しみを受けたという物語がある。歌の背景として 元興寺の微妙な立場がわかる。〜元興寺の僧は 自らの学識を 「真珠のよう」と誇りつつ、世に認められない身を嘆いた。〜”
などとありました。
そして、歌の通り、僧の名前は世に知られず、今に伝わってはいない。 と。
しかし・・
私はこの歌からは、嘆きやそういう心の葛藤のようなものは殆ど何も感じませんでした。
ほんとうに こういう境地に立って書かれた歌、まさに ”深海の真珠”のような輝きを持った歌のように感じました。
あくまでも一般的にですが、どこか内気な日本人の心の底に共通して在る、”輝き”を求める心、・・・そんな気がします。
歌は素晴らしいですが、紹介文は拙くてすみません。
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at 20:09
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