イヤ〜ア、お墓巡りって本当に楽しいですね〜〜
都営三田線の春日で降り、文京区役所の裏を中央大学の方へ坂道を10数分登って行くと、徳川家康の生母「於大の方」のお墓がある伝通院に着きます。
谷中や上野の様にこの辺りも歴史ある由緒正しいお寺が多いので、一度来たいと思っていた場所です。
伝通院へ入る手前を左に折れた稲荷神社に古い立て札を見つけて、ちょっと嬉しい発見。
見にくいが、橘の里とある。太田道灌が、急な雨に蓑を借りたいと村の娘に言ったら、黙って山吹の花を差し出し
@七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき@
蓑がないことを古歌に例え、この歌を知らなかった道灌が己を恥、以後勉学に励んだとされる場所だ。(正確には、場所は認定されておらず、色んな説がある。)
伝通院の門をくぐるとすぐにある「指塚」。‘押せば命の泉沸く‘でおなじみの指圧の関係者の記念塔です。(浪越徳次郎を若い人は知らないのでしょうね。)
いよいよお目当ての「於大の方」の墓だす。
於大の方(おだいのかた、享禄元年(1528年) - 慶長7年8月28日(1602年10月13日))は初め松平広忠、のちに久松俊勝の夫人で、徳川家康の母として知られる。晩年は「伝通院」と称した。
次は、「千姫」の墓でごんす。
千姫(せんひめ、慶長2年4月11日(1597年5月26日) - 寛文6年2月6日(1666年3月11日))は、安土桃山時代から江戸時代の女性で、豊臣秀頼・本多忠刻の正室である。父は徳川秀忠、母は浅井長政と信長の妹お市の娘である崇源院。号は天樹院。
千姫は、男をもてあそびその後すべて殺したという話が有名であるが、真実ではないという説が有力らしい。いづれにしろ、戦国最後の悲劇の女性であることには間違いないと思う。お市の方の血筋なので、美人と思うが現代と違いのっぺりした顔だと思う。
この廻りには、徳川初期のまだ活力のある頃の巨大遺跡とも思えるお墓が圧巻です。由緒正しいお墓が多く「冷泉家」とか「五条何とか家」とかあり、「オオーかっこいい、苗字を冷泉に変えようか」とか「奥」と話ました。
最後は、清川八郎の墓です。数年前、SMAPの香取慎吾が主役をやった、NHKの大河「新撰組」をご覧になった方には懐かしいと思います。
この人も時代に振り回され、最後は牢獄で死んだとか、幕府に暗殺されたとか、諸説あります。最後が哀れだとお墓、ちっちゃい、普通の人のお墓より、小さいお墓でした。
ダハハハハハ、今回はある理由(知ってる人は知っている・・・・何のこっ
ちゃ・・・)で甘いものはな〜〜いよ。


オッパッピー

都営三田線の春日で降り、文京区役所の裏を中央大学の方へ坂道を10数分登って行くと、徳川家康の生母「於大の方」のお墓がある伝通院に着きます。
谷中や上野の様にこの辺りも歴史ある由緒正しいお寺が多いので、一度来たいと思っていた場所です。
伝通院へ入る手前を左に折れた稲荷神社に古い立て札を見つけて、ちょっと嬉しい発見。
見にくいが、橘の里とある。太田道灌が、急な雨に蓑を借りたいと村の娘に言ったら、黙って山吹の花を差し出し
@七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき@
蓑がないことを古歌に例え、この歌を知らなかった道灌が己を恥、以後勉学に励んだとされる場所だ。(正確には、場所は認定されておらず、色んな説がある。)

伝通院の門をくぐるとすぐにある「指塚」。‘押せば命の泉沸く‘でおなじみの指圧の関係者の記念塔です。(浪越徳次郎を若い人は知らないのでしょうね。)

いよいよお目当ての「於大の方」の墓だす。
於大の方(おだいのかた、享禄元年(1528年) - 慶長7年8月28日(1602年10月13日))は初め松平広忠、のちに久松俊勝の夫人で、徳川家康の母として知られる。晩年は「伝通院」と称した。
次は、「千姫」の墓でごんす。
千姫(せんひめ、慶長2年4月11日(1597年5月26日) - 寛文6年2月6日(1666年3月11日))は、安土桃山時代から江戸時代の女性で、豊臣秀頼・本多忠刻の正室である。父は徳川秀忠、母は浅井長政と信長の妹お市の娘である崇源院。号は天樹院。
千姫は、男をもてあそびその後すべて殺したという話が有名であるが、真実ではないという説が有力らしい。いづれにしろ、戦国最後の悲劇の女性であることには間違いないと思う。お市の方の血筋なので、美人と思うが現代と違いのっぺりした顔だと思う。
この廻りには、徳川初期のまだ活力のある頃の巨大遺跡とも思えるお墓が圧巻です。由緒正しいお墓が多く「冷泉家」とか「五条何とか家」とかあり、「オオーかっこいい、苗字を冷泉に変えようか」とか「奥」と話ました。
最後は、清川八郎の墓です。数年前、SMAPの香取慎吾が主役をやった、NHKの大河「新撰組」をご覧になった方には懐かしいと思います。
この人も時代に振り回され、最後は牢獄で死んだとか、幕府に暗殺されたとか、諸説あります。最後が哀れだとお墓、ちっちゃい、普通の人のお墓より、小さいお墓でした。
ダハハハハハ、今回はある理由(知ってる人は知っている・・・・何のこっ
ちゃ・・・)で甘いものはな〜〜いよ。



オッパッピー
Posted
at 18:25
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フヒャヒャヒャヒャ
人は食べることに関心があるうちは
若いので〜す。