小学生・(うなぎ・みちこちゃん・祭り・夏休み・母)の続き
父は、背の高い人でした。175cmというと私とほぼ同じで今では普通ですが
当時として高い部類に入ったようです。
海軍航空隊では、整列すると頭一つ高かったとよく言ってました。
剣道が強かったようで、海軍の教練では仕官を公然とボカスカ叩けて気分が良かったと楽しそうに話したものです。
父の家は廻船問屋だったそうで戦前はちょっとしたものだったようです。
次男だった父は家を継ぐ伯父が戦争に捕られないように志願したそうです。
戦時中は米の配給をしたとか、国鉄が通ったときには高額納税者として
招待されたとか申してましたが、戦争で焼けて全てを失いました。
そんな父の言葉を実感したのが、祖父の墓を同じ宗派の近所のお寺に
移した時です。住職が祖父の戒名を見て「これは当寺はつけられない位の高い戒名です。ご子息にこの位の戒名は付けられないのですがよろしいですか。」と聞かれました。
もう昔のようなお布施は出来ないのでその方が良いのです。
戦争から帰ると父は、食料店を開きました。
母とはお見合いで結婚したのですが、詳しいいきさつは分かりません。
今、父のイメージは‘汗‘と‘ランニングシャツ‘と‘笑顔‘です。
時間があると、オート三輪で配達に行く父の横に乗るのが好きでした。
私はオート三輪でちょっとした事故に2度合いました。
1度は走行中にドアが開き外にゴロンと落ちました。
2度目は父が軽快にハンドルを切ったときに車がゴロンと転がりました。
タイヤが4つない悲しさです。当時はよくあったようです。
父は背中で色々教えてくれました。お風呂で背中を流すと日焼けで
くっきりランニングシャツの後が残っており、まだ道路がそれ程舗装
されて無かったので、ごしごし擦るとお湯が茶色になりました。
父親ってすごいなぁと感じたものです。
そんな父のことを思い、娘どもにお風呂で背中を流させ何かを感じ
させようとしていますが、一緒にお風呂に入ってくれません。
育て方を間違えたのでしょうか。
(アホ、間違えてるのはお前だ。<<<<<<<<<)
フニャ