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独善雑記「迷説般若心経・25」 [2007年08月31日(金) ]


  第二章(6)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

「観自在」は自分を観直す事じゃない。
自分を深く見つめる事でもない。
「自」が「在る」事を認めるだけでいい。
「在」が底にあるからといって、底までいかなくていい。
深く潜らなくてもいいのだ。

「行深」を「深く行をする」と訳すから間違う。
深く行こうとすると「力」が入る。
「更に力をぬいてごらん」と訳すのだぜ。
「冥想」は力を抜くこと。
だから、誰でもできるのだ。

「観自在(菩薩)行深」は誰でも出来る。
観音様という超スーパーウルトラマンが行ったのではない。
「観音様とはアンタ(観自在)の事だよ」
「アンタ(観自在)は普通に出来るんだよ」
ゲンちゃん(玄奘)は本文の最初にそう教えてくれている。

 

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独善雑記「迷説般若心経・24」 [2007年08月30日(木) ]


  第二章(5)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

「自」の「在」を「観」る事を「冥想」という。
「在」は「自」の底にある。
底には扉がある。
扉は「全」と繋がっている。
「観自在」は「冥想」なのだ。

心経は「冥想」で解くモノなのだ。
「冥想」というと、難しく感じる人がいる。
それは大間違いだ。
誰でも扉があるし、誰でも出来る。
優しいゲンちゃんが書いたのだ。
頭デッカチの理屈屋が書いたのじゃない。

新たな能力を持て!と言ってるのじゃない。
感覚を磨け!と示しているわけじゃない。
息を吐いて、力を抜けばいいよ、といってるのだ。
力を持つのは一部の人。
だが、力を抜くのは誰でも出来る。
冥想は誰でも出来るようになっている。

(「冥想」とその一方法の「瞑想」を混同しないでね)

 

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独善雑記「迷説般若心経・23」 [2007年08月29日(水) ]


  第二章(4)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

ゲンちゃん(玄奘)は優しい。
優しい人は隙が無い。
あるいは・・・隙だらけだ。
自然体といってもいい。
そんなゲンちゃんの心経だ。
本文の最初に「観自在」を持ってきたのも優しさだ。
何度も何度も心経(の意味)を繰り返す内容だ。

「観自在」だけでも心経を説明している。
「観自在」は心経の意味と方法でもある。
般若波羅蜜多(とっても楽になる)への方法。
でもゲンちゃんは優しいから、更に続けた。
心経は何度も何度も意味を教えてくれている。
題字を入れて276文字が意味の多重説明と方法だ。

「観自在」の三文字で心経を理解できる人もいる。
それは決して頭のいい人達の事ではない。
条件無しで、理解できる人はできるのだ。
強いて条件をあげれば・・・力の抜けた人。
だって、観、自、在、と優しく書いてあるんだもの。

それでも誰にでも理解できるように、更に言葉を重ねた。
いくらなんでも三文字じゃ格好がつかない。
あるいは、格好よすぎる。
ゲンちゃんはサービス精神も持っていた・・・。
つ、つい、蛇足を何本も付けていった。
 

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独善雑記「迷説般若心経22」 [2007年08月28日(火) ]

  第二章(4)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

ゲンちゃん(玄奘)は優しい。
優しい人は隙が無い。
あるいは・・・隙だらけだ。
自然体といってもいい。
そんなゲンちゃんの心経だ。
本文の最初に「観自在」を持ってきたのも優しさだ。
何度も何度も心経(の意味)を繰り返す内容だ。

「観自在」だけでも心経を説明している。
「観自在」は心経の意味と方法でもある。
般若波羅蜜多(とっても楽になる)への方法。
でもゲンちゃんは優しいから、更に続けた。
心経は何度も何度も意味を教えてくれている。
題字を入れて276文字が意味の多重説明と方法だ。

「観自在」の三文字で心経を理解できる人もいる。
それは決して頭のいい人達の事ではない。
条件無しで、理解できる人はできるのだ。
強いて条件をあげれば・・・力の抜けた人。
だって、観、自、在、と優しく書いてあるんだもの。

それでも誰にでも理解できるように、更に言葉を重ねた。
いくらなんでも三文字じゃ格好がつかない。
あるいは、格好よすぎる。
ゲンちゃんはサービス精神も持っていた・・・。
つ、つい、蛇足を何本も付けていった。
 

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独善雑記「迷説般若心経・21」 [2007年08月27日(月) ]


  第二章(2)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

見えない世界を伝えるのは大変だ。
だから観世音を菩薩に例えるのはいい。
だけど意味が誤解になったのでは元を失う。
最初からつまずくなよなぁ。
ゲンちゃんは優しいから、心配りで観自在菩薩とした。

「自に在」る「観」の能力。
全てに在る「観」の存在。
観自在の言葉は意味があるのだ。
すると「観音」の意味が理解できる。
観自在は観音を活かす言葉だ。

仏教に限らず、優れた経典は例え話だ。
理解度によっては、そのまま受け取ってもいい。
だが、例えを解いていくと、更に面白いのだ。
優れたモノは優しくできている。
優しいモノは面白くできている。
経典がツマランと思うのは、伝え方が未熟だからだ。

 

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独善雑記「迷説般若心経・20」 [2007年08月26日(日) ]


  第二章(1)
  観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時 

いよいよ本文だ。
最初に出てくるのが観音様。
通称カンちゃん・・・。
女性のイメージが強いがオナゴじゃない。
といって、ニューハーフでもない。
カンちゃんは人間じゃない。
というか・・・姿が無いのだ。
その事をゲンちゃんは心経で示した。

通常は観世音菩薩という。
「観」は見えないモノを「観る」意味だ。
世(この世とあの世)の音(震動・波動)を観る。
あらゆるモノと動き、働きを観抜く存在。
略して観音様。

ところがゲンちゃんは観自在菩薩と書いた。
人間は進化して菩薩になる(らしい)。
だが菩薩と付いてるが、観世音菩薩は別なモノだ。
観世音をイメージしやすいように、菩薩に例えたのだ。
それが広まってしまった。
そこを混同しないように示した。
当時から混同し、混同を教える人達もいたのだろう。
未だに観音様という擬人化を本気で教える人達が多い。
 

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独善雑記「迷説般若心経・19」 [2007年08月25日(土) ]


   第一章(11)
   摩訶般若波羅蜜多心経

題字のワシ的訳。
「超スゲェ楽になれる方法を簡単にまとめたぜ」

ゲンちゃん(玄奘)はそう言った。
ゲンちゃんはホンマモンの高僧だ。
この世とあの世の間まで行って持ってきた。
そんな高僧なら、ヒョウキンに決っている。
気負いがあるようじゃ行けないはずだ。
超優しいから、優しい解釈をしてくれた。
超高僧だから、易しい言葉で語ってくれた。

「誰でも使えるように簡単にしたんだ。
下手にいじるなよなぁ。
意味なんて解らなくても大丈夫なようにしてある。
唱えてれば、いいんだぜ。」

ゲンちゃんは題字で中身まで話したのだ。
心経は濃縮してある。
濃縮してあるが、難しくしたわけじゃない。
ゲンちゃん級の濃縮は優しい(易しい)のだ。
(濃縮だから)題字は大事。

 
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独善雑記「迷説般若心経・18」 [2007年08月24日(金) ]


   第一章(10)
   摩訶般若波羅蜜多心経

「波羅蜜多」も音読み当て字。
彼岸の心境といっても判り難いよね。
行った事ないし・・・。
居たかもしれないけど、覚えてないし・・・。
「超楽な状態・境地」という意味でいいや。

彼岸と此岸という言葉がある。
此岸はこの世、彼岸はあの世。
というのは間違いだと思うぜ。
多くの葬式仏教の誤訳だ。

この世(肉体界)もあの世(霊界)も此岸だ。
そして、肉体界でも霊界でも彼岸がある。
彼岸と此岸は精神界の次元の違いだ。
物質界と無物質界の違いじゃない。
だから「心経」があるのだ。
生きている間で役立つモノなのだ。
(死んでも役立つようだけど・・・)



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独善雑記「迷説般若心経・17」 [2007年08月23日(木) ]



   第一章(9)
   摩訶般若波羅蜜多心経

「般若」もサンスクリットの音読み当て字だ。
ワシには正確な音読みが出来ない
不正確な音読みも自慢じゃないが出来ない。
意味は「宇宙からの智恵」という感じかな。
宇宙でも神でも仏でもいいけど、人間の智恵じゃない。

人の智恵もある。
動物の智恵もある。
だが、宇宙とか自然とか神とかの智恵とは別次元だ。
生物の智恵は生きていく事から発生したものだ。
生物中心や自分中心だから、偏った智恵だ。
悪いわけじゃないが、規模が小さい智恵だ。

般若は全ての存在に共通し、調和を促す智恵だ。
この世とあの世を含めた共通智恵のようなものだ。
共通だから、誰の中にもある。
どんな存在の中にもある。
生物だけじゃなく、非生物や非物質にもある。
だから使うには「冥想」という方法なのだ。


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独善雑記「迷説般若心経・16」 [2007年08月22日(水) ]



   第一章(8)
   摩訶般若波羅蜜多心経

最初の「摩訶」(まか)は当て字だ。
サンスクリット語の「マハー」をそのまま漢字にした。
意味は「偉大な・とってもエライ・超スゲェ〜」だ。
マハトマ・ガンディーという偉人がいた。
戦争無しでインドをイギリスから自立させた、じっちゃんだ。
ワシの超尊敬十人衆の一人だ。

「マハ」は偉大な、という尊称。
「トマ」の父(父ちゃんではないぞ)も尊称。
「マハトマ」は尊称に尊称を重ねたのだ。
そのくらい、ガンディ師に人々が尊敬していたのだ。
通称、ガンじぃ(爺)・・・。

ヨガ風体操やヨガもどきをする人は多い。
だが本当のヨガ行をする人は、とっても少ない。
絶滅種のようだ。
だが昔のインドには結構いたようだ。
行者として生き、更に尊敬に値するヨガ行者もいた。
人々に多くの幸せを導いた行者だ。
自己満足の行者じゃないぞ。

ある境地の生き方まで高め、実績を残した行者。
尊称は「リシ」という。
リシの中でも更に偉大なリシもいた。
「マハ」を重ね「マハリシ」という。
モノは重ねりゃ、更にいいのだ。
重ねたトコロから「命」は生まれる。


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