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独善雑記「15年目・25」 [2008年05月31日(土) ]

心が大切なのじゃない。
心の底にある扉が大切なのだ。
扉は他とつながっている。
扉は裸につながっている。

心は静めるのが大切なのだ。
磨くという表現は適切と思えない。
静めるのは・・・難しい。
止水明鏡の境地は名人しかできない。

静めるのは難しいが・・・
端にどけるのは、難しくない。
ロクデナシの心をそのままにしていいのだ。
使わなければいいのだ。
相手にしなければ、いいのだ。

                                 
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)

Posted at 19:37 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・24」 [2008年05月30日(金) ]

学校で習った生物学を思い出せば納得する。
生物は似ている。
多種多様であるが、似ている。
まして人科なんて、裸にすれば同じだ。

心という幻があるから、別に見える。
人種は同じなのに違うと勘違いする。
アメリカ人、フランス人、アフリカ人、アジア人。
勝手に人種が違うと命名して、殺しあう。
勘違いを認めても、殺しあう理由にならない。

何処で殺戮まで進んでしまうのか?
それは、心があるからなのだ。
すると、ワシよりもオッチョコチョイがいう。
「心が無くなったら、ロボットよ」
手塚治虫氏の作品を読んでみろよ。
心は存在全てに備わっていると知る。
                                 
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Posted at 23:09 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・23」 [2008年05月29日(木) ]

心は自分自身だと思われている。
だが、心は自分を覆っている膜だ。
幾重もの服だ。
多種多様のパッチワークの服だ。

それらが少なくなった時、本来の自分が見える。
完全に無くすことは出来ないかもしれない。
それでも、一つでも脱げれば自分に近づく。
外側だけ見て、自分だと思ったら大間違い。

脱いでいくと、いろいろに気づく。
多分、裸になれば、他と大した違いは無い。
結構、自分と他は共通しているものだ。
他とは、人間以外も含むぜ。

                                 
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独善雑記「15年目・22」 [2008年05月28日(水) ]

・・・心なんて、どうでもいいかもしれない。
これに気づいた事は大きい。
以前より、薄々は気づいていたのだ。
心の曖昧さ、日和見、身勝手、いいかげん。
そんな心が大切なんてなぁ・・・
何処かに、そういう思いがあった。

世の中の常識。
心は大切。
心は磨くもの。
心が一番。
・・・何か・・・違う。

心は小さくするモノ。
大人しくさせるモノ。
無くしていくモノ。
それには、あまり相手をしない事だ。
                                 
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Posted at 23:34 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・21」 [2008年05月27日(火) ]

14年間で気づいた事は多い。
状況の厳しい人が相手だ。
普段の生活では見過ごす事。
その中に深く大切な基本の「気づき」がある。
不マジメなワシでも気づけるほど大きいし深い。

見えない世界と見える世界の間にいる。
見える世界からでは気づけない事。
常識や固定概念では気づけない事。
そういう諸々を教えていただいている。

心についても、その一つだ。
「心は大切だ」
「心を磨きなさい」
「心で全てが決まる」
今までの固定概念だ。
特に精神世界では心を重視する。

                                 
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Posted at 22:54 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・20」 [2008年05月26日(月) ]


24時間の氣功師を目指している。
実際は諸事情があり、封鎖している時間も多い。
例えば電車の中。
鍼灸学校でも封鎖。
寝ている時はわからない・・・

それでもかなりの時間を氣功している。
相手がいる、いないに関わらない。
すると、いいかげんなワシだもの、
自分の歪んだ心にかまう時間が少なくなる。
次第に何でもよくなる。
ワシの好みや嫌いなんて、どうでもよくなる。

心が広くなったのではない。
使うのがメンドウになったのだ。
どうせ使う時間は少ないのだ。
使おうと思っても、氣功始めたら使えない。
ワシは・・・心なんて、どうでもいいと思い始めた。
                                 
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Posted at 23:09 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・19」 [2008年05月25日(日) ]

自分の意思が動かない。
無くなったわけじゃないが、動かない。
曲がった根性はそのままだが、動かない。
ヒネた心が有るのを意識できるが、動かない。

ワシは威張るオッサンが嫌いだ。
政治家や官僚タイプが嫌いだ。
慇懃無礼な銀行員も嫌いだ。
ずうずうしいオバサンも嫌いだ。
ギラギラした若者も嫌いだ。
野生猿のような傍若無人も嫌いだ。

だが・・・
氣功時は「嫌い」が動かない。
嫌いなのに、嫌いになれない。
超大好みの御婦人と変わりなく接する。
ワシの心は区別も差別もしたいのに・・・
この氣功は自分を離れてしまうのだ。

                                 
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Posted at 21:48 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・18」 [2008年05月24日(土) ]

他に染み入る意識。
モノを区別しない意識。
自と他を区別しない意識。
感情で区別しない意識。

自我が邪魔する。
固定概念が邪魔する。
欲が邪魔する。
だから「深い愛」ってのはマレなのだ。

通常のワシでは無理だ。
ワシは心が小さく曲がっている。
だが、氣功時のワシは別人になる。
ワシの心は隅っこで動けない。
ヒネた心だが、動けなければ邪魔しない。

                                 
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Posted at 18:29 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・17」 [2008年05月23日(金) ]

他を愛おしく思う。
それも「愛」だろう。
愛の一部だろう。
表現の一部だろう。

「氣」との関係から「愛」を観る。
すると感情の愛とは違うモノだと感じる。
波動という言葉を使うなら・・・
他に染みこめるほど微細な波動。
微であり、妙である。
妙なる波動、それが愛となる。

深い愛、とは波動が妙なのだ。
他のモノに染みこむ。
そして、和する。
他とは、人間だけじゃない。
動物だけじゃない。
生物だけじゃない。

                                 
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Posted at 10:13 | この記事のURL
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独善雑記「15年目・16」 [2008年05月22日(木) ]


何故、故御師匠様はあれほど凄かったのだろう。
意識が自由だった。
それは、そうだけど・・・
更に別の要素が会ったと思う。

大いなる使命だった。
それもあると思う。
見えない応援する存在が多かった。
多分、そうだと思う。

だが、もっと決定的な要素がある。
例えれば、ワシの万倍も大きい何か。
それは
「深い愛」とでもいうようなモノだ。

                                 
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