寂は淋しいのではない。
寂は単なる事実、当たり前。
当たり前に、気づく事。
これが生まれて来た、もう一つの意義。
当たり前に気づくと生命は活性する。
当たり前と生命は根が同じだからだ。
当たり前は別名、自然という。
別名、神ともいう。
生命は即、神である。
寂は生命の現れの一面。
誰の内でも例外なくある。
どんなモノの内でも例外なくある。
万物に生命がある。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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独善雑記「寂・18」 [2008年09月30日(火)
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寂は淋しいのではない。 寂は単なる事実、当たり前。 当たり前に、気づく事。 これが生まれて来た、もう一つの意義。 当たり前に気づくと生命は活性する。 当たり前と生命は根が同じだからだ。 当たり前は別名、自然という。 別名、神ともいう。 生命は即、神である。 寂は生命の現れの一面。 誰の内でも例外なくある。 どんなモノの内でも例外なくある。 万物に生命がある。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・17」 [2008年09月29日(月)
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自の世界。 自の存在の世界。 存在は肯定して存在となる。 肯定とは愛する事だ。 自の世界は生命を活性する。 自の生命を愛するから。 自を観るから。 自を慈しむから。 自の世界は「寂」の世界。 存在には「寂」が寄り添うから。 「寂」は生命を慈しむから。 生命は「寂」を感じているから。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・16」 [2008年09月28日(日)
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個の自覚。 自分の存在の自覚。 「寂」は同時に安心を生む。 「寂」は同時に安定を感じさせる。 根を自覚する。 底を自覚する。 相手も同じだとわかる。 他の全てが同じ個だとわかる。 「寂」の静かさ。 「寂」の哀しさ。 だから、人は人と寄り添う。 支えあう。 愛し合う。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・15」 [2008年09月27日(土)
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理屈ではない。 感覚だ。 「寂」は個を感じ、自覚する感覚だ。 全てのものに「寂」を観る。 「寂」から繋がるもの。 個故に「一体」を感じる。 それぞれ「寂」の存在だからこそ、 「慈しみ」が生まれる。 寂に対する慈しみ。 それが「慈悲」というものだ。 お互いに個としての哀しみがある。 単語では「慈悲」としたが、 本来なら「慈哀」だろう。 「慈哀」は「慈愛」と同じ意味になる。 深いところでは「哀」と「愛」は同じだ。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・14」 [2008年09月26日(金)
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個だけでは生きていけない。 宇宙空間にたった一つの個。 生きていけない。 単なる事実だ。 個だけでは生きる意欲もない。 他との影響で自分が認識できる。 個だけでは個を認識できない。 生きている事さえ認識できない。 生きる意欲もない。 それでも個であるという事実。 底にある個の意識。 他の底にもある個を意識する。 それを「寂」として感じる。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・13」 [2008年09月25日(木)
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一人という事実。 一人という感覚。 一人という意識。 一人という意味。 この世は全て一人(個)。 一人一人が影響し合って成り立っている。 それは見えない霊も一人一人。 波動も個別。 この世を地球に限定してみる。 個を意識すると「寂」に触れる。 個と個と全ての交響曲。 「寂」は地球の仕組みに触れる扉となる。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・12」 [2008年09月24日(水)
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どういうわけか、静は生を活性する。 活動的な状態を生命力が大きいと勘違いしやすい。 活動的、精力的は生命力が現れている状態だ。 それをもって、大きいとか活性してるとか判断できない。 生命力は見えない世界だ。 見えない世界だが仕組みはわかる。 動より静の時に生命力は活性する。 例えば人が昼に活動している時。 生命力は使っている(消費)状態だ。 夜、眠っている時。 生命力は増えている。 意識と身体と生命力。 意識は静になると身体に無駄が無くなる。 そして生命力は増える。 「寂」は静を伴っている。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・11」 [2008年09月23日(火)
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個の自覚。 自覚すれば自立する。 自立とは、他との共存の自覚だ。 万物の中の自覚。 「寂」の感覚。 自立であり、ある意味、孤立でもある。 共存であり、ある意味、共栄でもある。 個であり、万物との一体でもある。 世界の中の個。 多種多様な氣が混同している。 それでも孤立もしている。 自覚できれば、静の世界。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・10」 [2008年09月22日(月)
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人は誰も一人で生を受ける。 そして、独自の人生を送る。 肉体と去るのも一人きりだ。 どんなに他と係わっても一人だ。 人に限らない。 生物は皆等しく個として存在する。 何千匹同時に生まれた稚魚もだ。 その中の一匹一匹は個別の魚だ。 生物の限らない。 この世の物質は皆、個である。 この世は個の集まりで成り立っている。 この世は個々の共存で存在している。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。) 独善雑記「寂・9」 [2008年09月21日(日)
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20代、30代の頃。 何となく「寂」があるのは知っていた。 だが「寂」が不可欠な要素とは知らなかった。 それを意識する、意識できるにかかわらず。 「寂」を感じるのは趣味の一つだと思っていた。 誰の心にもあるとは思ってなかったのだ。 まして、生命力を応援するモノとは想像もしなかった。 「個の寂」と「森羅万象の寂」がある。 「寂」は、個と世界に共鳴する。 この世界の創造主。 人を創った創造主。 その仕組みの深さ優しさに感心する。 って、ワシがエラソウに創造主を褒めてどうする。 (過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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