母が最初に脳梗塞になったとき、手足にマヒはなかったが、言葉が少し分かりにくくなった。「せんせい(先生)」を「てんてい」という程度の。
その後二度目の発作に加齢も重なって、ほとんどろれつが回らなくなり、意志の疎通ができなくなった。大きな紙に五十音を書いて指さすようにしたが、ポンポンとテンポよく指せるわけでもなく、時間がかかるとこっちも初めの字を忘れたり、イライラしたりして、結局うまくいかなかった。
昨日に引き続き参加した障害者のパソコン利用の講座の中で、キーボードが『五十音順』に並んでいるものがあると聞き、「それをもっと早く知っていたら!」と悔やんだ。年老いた母とパソコン・・・結びつけて考えもしなかったことを後悔した。うまく使えば、少しでも母の言いたいことをわかってやれたかもしれないのに。悔しくて涙がこぼれそうになった。
この二日間でパソコンは若者や健常者のためだけのものではなく、高齢者や障害者の情報の収集・発信や交流範囲の幅が広がり、生活をより豊かにすることを学んだ。そのサポーターになるにはまだまだ道のりは遠いけれど。
その後二度目の発作に加齢も重なって、ほとんどろれつが回らなくなり、意志の疎通ができなくなった。大きな紙に五十音を書いて指さすようにしたが、ポンポンとテンポよく指せるわけでもなく、時間がかかるとこっちも初めの字を忘れたり、イライラしたりして、結局うまくいかなかった。
昨日に引き続き参加した障害者のパソコン利用の講座の中で、キーボードが『五十音順』に並んでいるものがあると聞き、「それをもっと早く知っていたら!」と悔やんだ。年老いた母とパソコン・・・結びつけて考えもしなかったことを後悔した。うまく使えば、少しでも母の言いたいことをわかってやれたかもしれないのに。悔しくて涙がこぼれそうになった。
この二日間でパソコンは若者や健常者のためだけのものではなく、高齢者や障害者の情報の収集・発信や交流範囲の幅が広がり、生活をより豊かにすることを学んだ。そのサポーターになるにはまだまだ道のりは遠いけれど。
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