書聖と仰がれる王義之の「蘭亭序」が、日本初
公開となった。
この名品は、全324字。 自身も最高傑作と
認めたといわれる文は、行書の入門書としても
第一級の書である。
(ただし真蹟は失われているので、展示品は中でも
もっとも近いといわれる臨書(書き写し文)である)
『 永和九年三月の初め、蘭亭に才能溢れる
詩人達が集まった。この風光明媚な地で、
曲水の宴に一遍の詩を作ることは楽しい。
あたりの情景を愛で、見ること聴こえるこ
とを存分に極めようではないか。互いに詩
を練る行為は異なっても、心が意のままに
なるときは老いが近づくことも分からないほ
ど楽しい。
しかし心は移ろい易く、まして人の命も短い
ことを思うとこれをどうして悲しまないでいら
れよう。
昔の人が感慨を述べた詩文は今、我々に
感動を与える。そこでここに集まった人々の
名を列記し、それぞれが述べた詩を書き留
めておこう。時世が変わり事柄が異なっても
後世の人の感動の源はきっと同じであろう
から』
蘭亭序に書かれている内容は、大意このような
意味です。
ここでの「蘭亭」とは中国の浙江省にある名勝地。
「序」とは序文のこと。永和九年は西暦353年。
1650年以上も前の詩文となります。
また「曲水の宴」とは、曲がりくねった小川の周
囲に座り、上手から流れてくる杯が自分の前に
流れてくるまでに詩を作るという遊びで、詩がで
きなければ大杯で飲み干す罰が
ある。(酒飲みには堪らない罰です)
そして、この草稿を書いた王義之も興に乗り
随分酔っていたと言われ、酔いが醒めてから序文
を何度書き直してもこの草稿以上の序文が作れず
そのまま残したと言われます。
漢字の素養など少しも持ち合わせていないが、
見るからに達筆な文や美しい字体を見ると、
素直に感動できるものである。
自分の知らない美しくも深い世界があることに、
頷きながら一緒に巡る人とともに、STAGEからの
抽選招待状に感謝。
公開となった。
この名品は、全324字。 自身も最高傑作と
認めたといわれる文は、行書の入門書としても
第一級の書である。
(ただし真蹟は失われているので、展示品は中でも
もっとも近いといわれる臨書(書き写し文)である)
『 永和九年三月の初め、蘭亭に才能溢れる
詩人達が集まった。この風光明媚な地で、
曲水の宴に一遍の詩を作ることは楽しい。
あたりの情景を愛で、見ること聴こえるこ
とを存分に極めようではないか。互いに詩
を練る行為は異なっても、心が意のままに
なるときは老いが近づくことも分からないほ
ど楽しい。
しかし心は移ろい易く、まして人の命も短い
ことを思うとこれをどうして悲しまないでいら
れよう。
昔の人が感慨を述べた詩文は今、我々に
感動を与える。そこでここに集まった人々の
名を列記し、それぞれが述べた詩を書き留
めておこう。時世が変わり事柄が異なっても
後世の人の感動の源はきっと同じであろう
から』
蘭亭序に書かれている内容は、大意このような
意味です。
ここでの「蘭亭」とは中国の浙江省にある名勝地。
「序」とは序文のこと。永和九年は西暦353年。
1650年以上も前の詩文となります。
また「曲水の宴」とは、曲がりくねった小川の周
囲に座り、上手から流れてくる杯が自分の前に
流れてくるまでに詩を作るという遊びで、詩がで
きなければ大杯で飲み干す罰が
ある。(酒飲みには堪らない罰です)
そして、この草稿を書いた王義之も興に乗り
随分酔っていたと言われ、酔いが醒めてから序文
を何度書き直してもこの草稿以上の序文が作れず
そのまま残したと言われます。
漢字の素養など少しも持ち合わせていないが、
見るからに達筆な文や美しい字体を見ると、
素直に感動できるものである。
自分の知らない美しくも深い世界があることに、
頷きながら一緒に巡る人とともに、STAGEからの
抽選招待状に感謝。
Posted
at 16:23
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コメント(12)
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ようこそ。
王義之は書聖として名だけは知っていました。
意識してみたのは今回が初めてです。
近づいて一字一字見ると美しいですよ。
故宮博物館は、そうですね2つあります。
双方を巡る旅など可能性がでてきましたね。