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【手談への誘(いざな)い】第6回『戦いに、共感は要らない(1)』 【2006年08月15日(火) 】

2世紀後半にかなり長年月の動乱がつづき、おそらく3世紀にはいって、戦いに疲れた諸国が話し合ったうえで女巫卑弥呼を擁立することになったのであろう。この邪馬台国が成立する過程では種々大陸諸国の影響を受けたようであるが(中略)かなり国内事情が優先し、受容するかどうか選択できた。
朝鮮では日本と事情がかなり異なっている。朝鮮南部は中国人の関心の薄かったところであるが、それでも中国の植民地政策によっては血を流さなければならなかった。まして、北の高句麗では遼東平原の領有をめぐって、中国のみならず他の民族とも死闘をくり返さなければならなかった。

これは井上秀雄(東北大名誉教授、朝鮮古代史)著、『古代朝鮮』(講談社学術文庫)からの引用です。

私が書くまでもなく、4世紀から7世紀にかけて朝鮮半島から膨大な数の人々が日本に渡来したことは広く知られています。応神14年に弓月君(ゆづきのきみ)が百済より来たと『日本書紀』にあり、弓月君は数万人を率いて日本に渡ったようです。やがて各地に定着し、大規模な氏族・秦氏(はたうじ)となりました。それは5世紀の初め頃と考えられています。
その前後、数次にわたって多くの人々が渡来し、私たちの祖先の重要な一部となりました。ですから、朝鮮人(韓国人)と日本人は遺伝的にも民族的にも兄弟のような関係にあるといえます。

しかし、朝鮮は過去も現在も険しい環境です。温暖で水に恵まれた日本と比べて自然環境も厳しいが、繰り返された戦乱の歴史は過酷です。朝鮮半島の地勢学的位置によってもたらされる運命の中で、朝鮮の人々は自分たちの生命や民族の心を守るために、しばしば血を流してきました。

争いが少なく、農耕社会の中で相互信頼を基調とする文化を築いてきた日本人。争いが繰り返される中で生き抜いてきた朝鮮の人々。

もとは兄弟でも、しだいに感じ方や考え方の違いが大きくなり、受け継がれてきたのは当然といえるのではないでしょうか。

前回に書いたように、「同じところを触られても、柔道をしているときはくすぐったくない」という話を聞いて、私は そうか! と思いました。
人と対立し、戦うとき。
人を信じて心を開き、共感するとき。
その違いは大きく、人間の脳の働き方を変えてしまうのです。(次回に続く)

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