【手談への誘(いざな)い・第32回】名人戦 (8) 【2007年09月14日(金) 】
第32期名人戦が始まりました。七番勝負の第1局が9月6、7日に広島市で打たれ、名人・高尾紳路(たかお しんじ)が挑戦者・張栩(ちょうう)に黒番4目半勝ち。初防衛に向けて、高尾名人が幸先良い一勝をあげました。
両者の棋風は対照的です。ゆったり手厚い碁を好む高尾名人。実利重視で機敏な張碁聖。第1局は双方の長所がよく現れ、七番勝負の初戦に相応しい好局でした。
高尾はタイトル戦史上6人目の名人本因坊。本因坊を三連覇し、慣例に従って先般、本因坊秀紳(しゅうしん)と号を名乗りました。高尾の師匠は藤沢秀行(ひでゆき)名誉棋聖です。
高尾に本因坊を奪われるまで名人本因坊だった張碁聖は、同郷の大先輩である林海峰(りん かいほう)名誉天元の弟子。林の師は呉清源(ご せいげん)九段なので、張栩は呉清源の孫弟子です。
およそ半世紀前、名人戦が誕生した1961年に話を戻しましょう。
藤沢秀行の『碁打秀行(ごうち しゅうこう)』(角川文庫)につぎのように書かれています。
- 第一期名人戦は昭和36年に開始された。リーグ戦参加棋士は呉清源、木谷実、藤沢朋斎、坂田栄男、高川格、島村俊廣、宮下秀洋、杉内雅男、橋本宇太郎、橋本昌二、半田道玄(以上九段)、岩田正男七段(のちに達明と改名、現九段)、八段で最高位にあった私の計13人。各12局を打ち、第一位が第一期名人になる。翌年からはリーグ戦の第一位が挑戦する。
読売新聞や囲碁雑誌の予想投票では、呉さんと坂田さんを本命に推す声が多かった。私は無印だったが、おもしろくなりそうな予感がしていた。
ここにいう第1期名人戦は、今日でいう旧名人戦です。読売新聞が主催した旧名人戦は昭和50年の第14期で終わり、翌年から朝日新聞主催の(新)名人戦に移行。現在、第32期名人の座を争っているのが、藤沢の弟子・高尾と呉の孫弟子・張栩です。
「最高位」とは、第5期最高位決定戦(朝日新聞、第6期で終了)において坂田最高位を3勝1敗で破り、藤沢秀行が初めて獲得した大タイトルです。
第1期名人戦リーグ参加者13名の内訳は、日本棋院棋士9名、関西棋院3名(両橋本、半田)、そして日本棋院客員棋士の呉清源。そのうち7名は故人となりました。木谷実、藤沢朋斎、高川格(22世本因坊秀格)、島村俊廣、宮下秀洋、橋本宇太郎、半田道玄。
呉清源、坂田栄男(23世本因坊栄寿)、藤沢秀行(九段、名誉棋聖)の3名は引退。
今も現役を続けているのは杉内雅男、岩田達明、橋本昌二です。
大正9(1920)年生まれの杉内九段は現役最高齢棋士。入段(プロ初段になること)以来なんと現役70年を今年迎えた杉内ですが、鍛え抜いた実力は87歳になっても衰えを知りません。この9月6日には王座戦予選Aで若手有望棋士の安斎伸彰四段(22歳)を負かしています。
岩田九段は日本棋院中部総本部の重鎮。大正15(1926=昭和元)年生まれで現在81歳。昨年の成績は16勝11敗と立派なものでした。今年も好調、5月には本因坊戦最終予選で一流棋士の三村智保九段に勝利。同準決勝で若手エースの井山裕太七段(18歳、日本棋院関西総本部)に敗れたものの、63歳差の対戦は、棋譜記録が付く公式戦で史上最大年齢差の対局であろうと話題になりました。
第1期旧名人戦リーグの最年少棋士だったのは関西棋院の橋本(昌)九段で、当時20代半ば。昭和10(1935)年生まれの橋本九段はまだ72歳です。
(続く)
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