【手談への誘(いざな)い】第10回 「論語」に囲碁? 【2006年10月16日(月) 】
囲碁が古代中国で生まれたのはいつごろか?
それは永遠の謎でしょう。
子曰。飽食終日。無所用心。難矣哉。不有博奕者乎。為之猶賢乎巳。
『論語』の「陽貨第十七」にあるこの一節は囲碁界でよく知られています。
その意味は、「飽食終日、何も考えずにいるのはよくない。博奕ということがあり、それを為すほうがまだましである」ということ。
博奕は「ばくち」でなく、「はくえき」または「ばくえき」と読みます。
博奕は囲碁のことである。それが江戸時代からの通説でした。そのとおりなら、孔子(前551頃−前479頃)が生きた前6世紀にはすでに囲碁が広まっていたことになります。
江戸時代には武家社会の道徳思想として、女性や子供も『論語』を学んでいました。この一節も広く知られていたでしょう。また、囲碁・将棋はたいへん盛んで、幕府が公認・保護した棋士が年に一度、江戸城で対局した勝敗結果や棋譜はたちまち全国に伝わりました。
人々の関心事であった囲碁にまつわる様々な話が流布し、作られた話も少なくありませんでした。しかし、そうした話も史実として、明治時代から戦後に至るまで語り継がれてきたのです。
近年になって、囲碁史の通説を実証的に見直す研究が現れるようになり、従来の定説における誤りや疑問がいくつも指摘されています。『論語』の「博奕」が囲碁かどうかも、その一つ。
「博」は六博というゲーム。現在のバックギャモンに似ている、賽をふって駒を進めるスゴロクの一種で、古代中国で大いに流行した遊びです。
古代に囲碁を指した文字は「
〈えき〉」で、よく似ていますが「奕」は別の字。ということから、「博奕」を囲碁と断定できないとするのが、今日の良識ある見解といえます。
拙著『囲碁の知・入門編』(集英社新書)では『論語』にふれず、『春秋左氏伝』の記事を紹介しました。『春秋左氏伝』(略して『左伝』)は、呂不韋(前々回参照)が編纂させた『呂氏春秋〈りょししゅんじゅう〉』より約100年古く、前320年頃に成立。春秋時代(前722−前468)の史実が記されています。
その襄公25年(前548)の記事に、「
(をする)者が、棋を挙げ(打つ所が)定まっていないのでは、相手に勝てない」(拙著150ページ参照)とあります。「
」は碁であり、当時の「棋」はゲームの駒(=碁石)の意味でした。これが、囲碁に関する史実とみられている現存最古の記述です。この記事から、前6世紀の中国に囲碁があったとわかります。だからといって同時代に生きた孔子が囲碁を知っていたかどうか、『論語』の「奕」が「
」の誤りかどうか、わかりません。とはいえ、「囲碁の歴史は2500年以上」 そう言ってよいでしょう。
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