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【手談への誘(いざな)い・第33回】名人戦 (9) 【2007年10月01日(月) 】

第32期名人戦七番勝負の第2局は9月19、20日に長野県松本市で打たれ、挑戦者の張栩(ちょう う、27歳)碁聖が高尾紳路(たかお しんじ、10月26日に31歳)名人に黒番中押し(ちゅうおし)勝ち。
テレビ中継の(NHK・BS2)解説で、終局後に山城宏九段が褒めていました。
「高尾名人の負けっぷりがいい」 「堂々と、何もしないで負けた」 ピッタリの表現でした。

続いて翌週26、27日に仙台市で第3局が打たれました。白番の張挑戦者が趣向し、鏡碁(左右対称形)と呼ばれる珍しい序盤戦。この碁もまた、好対照の棋風どおり、何もしない名人vs機敏に動く挑戦者 という進行で、二人の着手はいつも以上に早かった。
二日目の午後には早くも終盤戦の様相となり、細かい碁、ヨセ勝負。黒がやや厚い半目勝負だったと思いますが、高尾名人は持時間を使い果たして残り1分の秒読み、一手を1分以内に打ち続けなければなりません。
持時間があと2時間長かったら(各10時間だったら)、高尾名人が僅かに残していたでしょう。318手完、挑戦者の1目半勝ち。名人復位へ向けて張栩碁聖が一歩リードしました。

人気もトップの両棋士は、昨年相次いで専門書を出版しました。6月に『正々堂々 高尾の力学』が日本棋院(有段者囲碁選書1)から、7月には『張栩の詰碁−難しい問題を簡単に』が毎日コミュニケーションズから。
『高尾の力学』は、師匠・藤沢秀行名誉棋聖ゆずりの手厚い棋風で知られる高尾本因坊(当時は一冠)初の著書。 『張栩の詰碁』は、詰碁創作でも当代随一・張栩名人(当時)の名作詰碁をアマ向けに紹介した意欲作で、夫人・小林泉美六段の興味深い話など読み物も楽しい好著です。

囲碁界では一流棋士が筆を執り、世に出る文章を自ら書くことはまずありません。多くは、各々の棋士に信頼を得ているライターが、本人の筆であるかのごとく巧みにまとめ、その棋士の著書として出版されています。例外は故高川先生、22世本因坊秀格でした。

近年の棋書には、著者名のほかにライターの名を小さく記してある良書が増えました。
『高尾の力学』には「構成・記述 伊瀬英介」とあり、『張栩の詰碁』では目次の前に小さく「構成・佐野真」と記されています。

「昭和の棋聖」とも呼ばれる呉清源九段の回想録が中日新聞・東京新聞の夕刊に掲載されたのは2001年7月から10月でした。
90回にわたる連載をまとめた『中の精神』が翌年1月に東京新聞出版局から出版されました。
その第8章「交通事故で…」で、つぎのように書かれています。ただし、文中の「第1期名人戦の前に起こった」は誤りです。

    第1期名人戦の前に起こったオートバイ事故は、私に深刻な後遺症をもたらしました。まず頭痛に悩まされました。足を引きずってもいたので、対局の時は正座できません。仕方なく、椅子を用意してもらいましたが、どうしても畳の上でないと困るという対局相手もいました。それで、私は椅子、相手は台の上に畳を敷いて打つという変わった対局風景になりました。

先立つ1997年に出版された呉清源の自伝『以文会友』(白水社)には正しく書かれています。「運命のオートバイ事故」は、「昭和36年の8月のことである」「1月から始まった第1期名人戦の手合期間中であった」と。

(続く)

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