【手談への誘(いざな)い・第34回】名人戦 (10) 【2007年10月15日(月) 】
第32期名人戦七番勝負の第4局は静岡県伊豆市で10月10、11日に打たれ、挑戦者の張栩(ちょう う、27歳)碁聖が高尾紳路(たかお しんじ、10月26日に31歳)名人に黒番中押し(ちゅうおし)勝ち。
高尾名人としては珍しく実利で先行し、シノギ勝負の碁に。しかし挑戦者の追求は的確で、上方の白が憤死して名人は投了。3勝1敗とした張九段が名人復位にあと1勝となりました。
張栩碁聖(台湾出身)は林海峰名誉天元(中国生まれ、台湾育ち、65歳)の弟子。林九段は呉清源九段(中国出身、93歳)の弟子なので、張栩は呉清源の孫弟子です。来日時の年齢は呉14歳(飛付三段)、林10歳(12歳入段)、張10歳(14歳入段)。
呉清源九段の自伝『以文会友』(白水社1997)の第7章「名人戦以降」に、「運命のオートバイ事故」のことが書かれています。
また、「私は昭和10年、21歳で紅卍に入信し、その後一貫して紅卍の教えを信じて今日まで来た」と同書にあります。さらに、紅卍の布教の目的は、「他人を救うことは、すなわち自分を救うことであるということを悟り、皆が助け合いながら、地球上から無益な争いを消滅させ、世界平和を実現して、人類が救済されることである」と。
- 昭和36年の8月のことである。豊島区目白にある椿山荘の近くに、紅卍の日本支部設立準備のための事務所があったが、そこで午後1時に理事会が開かれることになっていた。私は1月から始まった第1期名人戦の手合期間中であったが、その日は会議に出席するため小田原から上京し、昼頃に目白の紅卍の事務所に向かっていた。
東京駅からタクシーで向かったが、目白に着く頃には定刻を過ぎてしまったらしい。道路の反対側でタクシーを降り、遅刻するのが嫌いな呉は、横断歩道でない所で目白通りを渡ろうとした。向かって来るバスが呉に気付いてスピードを落としたので思い切って渡り始めたとき、スピードを上げたオートバイがバスを追い越して、「眼の前に急に現れたと思うと、そのまま私に衝突し、私は宙に跳ね上げられた」と『以文会友』にあります。
- そのとき見ていた人の話によると、私は跳ね上げられると再びオートバイの上に落下し、数メートル引きずられて道路に落ちたそうである。
3年前に撮影を終えていた中国映画「呉清源 極みの棋譜」(田壮壮監督)がようやく完成し、11月に日本で公開されます。呉清源九段の実像に迫る内容という前評判で、松坂慶子、柄本明、南果歩ほか日本の俳優に加え、関西の棋士も協力出演しています。
(続く)
---------------------------------------[ 平本弥星ブログ『手談への誘(いざな)い』は毎月15日・30日ごろ更新します。お楽しみに! ]
●STAGE連載エッセイ『碁で人と文化を知る』を読むにはこちら
●平本弥星の主著『囲碁の知・入門編』の詳細はこちら
Posted
at 22:09
| 囲碁
| この記事のURL
コメント(0)
| トラックバック(0)
