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【手談への誘(いざな)い・第29回】名人戦 (5) 【2007年07月31日(火) 】

かつて…「琴棋書画」は君子の嗜みといわれていました。「棋」は将棋でなく囲碁。もともと、棋と碁は同じ意味の字です。

奈良、平安の時代には、朝廷や寺院でおそらく毎日のように碁が打たれていました。
歴史に名を残す人物には、碁を好んだ人が数多くいます。
誰もが知っている名を思いつくままあげれば、聖武天皇、菅原道真、藤原道長、後白河上皇、源頼朝、武田信玄、豊臣秀吉、徳川家康、西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文、渋沢栄一 などなど(年代順)。

このような人たち、時代を動かした人が碁を愛したことによって、その時代に囲碁が盛んになりました。

家康が碁を好まなければ、−江戸時代を通じた棋道の発展はなかったでしょう。
明治維新の元勲の多くが碁を打ったので、維新後の囲碁界は復興し、技芸の継承と発達が続いたのです。

終戦後には、永野護(揃って政財界で活躍した永野兄弟の長兄)、正力松太郎(社主となって読売新聞を大新聞に育てた)などの協力があって囲碁界は新たな発展を迎えました。

『碁打秀行』(藤沢秀行/角川文庫)につぎのようにあります。昭和35(1960)年のことです。

最後は、正力松太郎社主の英断で、名人戦が誕生した。
契約金2千5百万円。タイトル料3百万円は、当時としては破格の賞金だった。リーグ戦の対局料、1局10万円も本因坊戦挑戦手合の対局料より高かった。 (続く)

【参考】
名人戦創設当時の本因坊戦(毎日新聞)契約金960万円(年)
現在の三大棋戦タイトル料(優勝賞金)
棋聖戦(読売)4200万円  名人戦(朝日)3700万円  本因坊戦(毎日)3200万円

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【手談への誘(いざな)い・第28回】名人戦 (4) 【2007年07月15日(日) 】

浜の真砂は尽きるとも、世に談合の種は尽きまじ

あ、いや…石川五右衛門の辞世* は「談合」でなく「盗人」でしたね。

囲碁の世界も江戸時代には談合がありました。幕府から扶持を得ていた家元四家(しけ、本因坊・安井・井上・林)の間で互いの利益や立場を守るため、稀に八百長があったと伝わっています。

生身でぶつかり合う激しい競技で、毎日全力のガチンコ勝負をしていては選手の身体がもたず、故障者続出となれば興行も振るわなくなるでしょう。
タタキ合いで消耗し合うのを避けるために談合は必要悪。ときおり目にするそういった議論も、一面においては理解できます。

囲碁も一対一の格闘技ですが、頭脳の勝負。ですから、一週間に1局、2局なら年間を通じて全力で戦い続けても、幸いなことに選手生命が縮まることはありません。
今日、日本碁界・プロ棋戦で談合や八百長はないと断言できます。

しかし、碁盤の上のことでなく、盤外の話となると…
半世紀前はたしかに、囲碁界で談合があったようです。日本棋院は被害者ですが。

『昭和囲碁風雲録・下』(岩波書店2003)に中山典之が書いています。

朝日新聞が大手合に順位戦を導入して名人戦をこしらえようとして、失敗に終わった昭和27(1952)年に、朝日の信夫専務、毎日の渡瀬常務、読売の安田副社長の三人が集まった。
朝日が名人戦の企画に他社の数倍の予算を計上したことが問題視されたのであろう。囲碁と将棋の企画に、これからは競争を極力自粛し、諸経費を増大させないという、いうなれば三大企業の談合である。
碁の分野では、朝日が大手合、毎日が本因坊戦、読売は呉清源をメインとする十番碁とそれぞれの陣地を決め、さらに
  A、名人戦の名称は、行事としてはもちろん、新聞社主催の場合も使用しないこと
  B、名人位の規定変更は三社の承認を必要とすること
  C、大手合、本因坊戦のほかは行わぬこと
  D、三社以外の新聞社の企画についても、実施に当りあらかじめ三社の諒解を求めること
などなどの確認を日本棋院に要求した。
よく読んでみれば、相当に乱暴な話であり、(中略)当時の日本棋院は三大紙との契約金が収入の大半を占めていたから受諾せざるを得なかった、とされる。雑誌や単行本の売上高や、免状料などは、まことに微々たるものだった。

名人戦の誕生と変遷。
その歴史を、中山典之、呉清源、高川秀格、藤沢秀行らの著書を参考にしながら辿ってみると、今日の囲碁界・日本棋院がかかえる諸問題の実相も見えてきます。(続く)

* いしかわごえもん(1594年に釜煎りの刑で死亡)…安土桃山時代、京都に出没した盗賊。江戸時代に浄瑠璃や歌舞伎の演題として人気を博し、伝説の大泥棒として知られる。信頼できる史料は乏しく、釜煎りを除けば、有名な辞世の句も含めフィクション。

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【手談への誘(いざな)い・第27回】名人戦 (3) 【2007年07月01日(日) 】

日本棋院は80年を超える歴史のある公益法人です。大正13(1924)年、大倉財閥の御曹司であった大倉喜七郎の援助を得て財団法人日本棋院が設立されました。
しかし、日本棋院の財政基盤は戦争によって失われ、財団と呼べるような基本財産も今日に至るまでありません。

この半世紀あまり、日本のプロ碁界、日本棋院を支えてきた最大の収入源は新聞社を筆頭にスポンサーから得る棋戦契約金です。一時は少なくなかった免状収入や雑誌・新聞(週刊碁)の発行収入も近年激減し、棋戦収入に依存する割合がいっそう増しています。

戦後の復興とともに囲碁界も盛んになり、棋士の数が増え続けました。昇段者も多くなり、棋士に支払う対局料等は増加の一途。半世紀前、昭和30年代前半の日本棋院は、収入の伸びが支出増に追いつかない実態でした。

経営が苦しくても、囲碁の技芸向上と囲碁普及を使命とする日本棋院は次代を担う棋士の採用をストップできません。また、碁を打つほかに生きるすべのない専門棋士をリストラすることもできません。

増収を図るか、支出を減らすか。
かつては増収によって切り抜けてきました。昭和30年代後半、そして50年代前半に。
増収の妙手を見出せず、好手もなかなか打てない昨今は、人件費の削減によって赤字の圧縮を続けています。職員の削減、棋士への支払いカット……寂しい日々です。

昭和36(1961)年に名人戦が誕生。51(1976)年に棋聖戦の創設。いずれも、その背景に日本棋院の財政難がありました。

「昭和35年ごろ、日本棋院は財政的なピンチにあった」
『昭和囲碁風雲録・下』((岩波書店2003)にもそうあります。
最大の収入源である棋戦契約金は、大新聞三社(朝日・毎日・読売)の申し合わせ(三社協定)によって抑えられ、棋士の不満が高まっていました。
同書で、著者の日本棋院六段(現役棋士)中山典之(1932−)はつぎのように書いています。

棋士たちの間には、何か新しく大棋戦が出現して、破格な契約金を出してくれるスポンサーはいないものかという話がヒソヒソ話になり、やがて声高に語られるようになった。(中略)
昭和35年の6月に日本棋院で理事の改選があり、それまで長年に亘って渉外担当理事を担当してきた村島七段が落選。名人戦実現を公約として掲げた藤沢秀行八段が渉外担当理事になった。棋士たちの世論を代弁しての政権交替であり(中略)これまでのやり方を一新しなければ、という若手棋士の声に押されての人事だった。

つぎは日本経済新聞「私の履歴書」に掲載、『碁打ち秀行−私の履歴書』として同社から刊行された後、加筆再構成された同名の角川文庫(藤沢秀行1999)より。

昭和35年の改選では筆頭理事である渉外担当理事に選ばれた。大役とは一にも二にも棋院の財政基盤の改善----より端的にいえば、新聞社との契約金を高くすることにあった。(中略)囲碁界発展のためにも、超大型棋戦を創設すべきである、と考えた。こうなれば名称のもつ重みからいっても、「名人戦」以外には考えられない。

藤沢秀行名誉棋聖(1925−、九段、1998年引退)は「しゅうこう先生」と呼ばれ、その破天荒な生き方で有名な大棋士です。藤沢朋斎九段(旧名庫之助、1919−1993)と親戚で、年下の名誉棋聖が叔父。

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