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【手談への誘(いざな)い・第35回】名人戦 (11) 【2007年10月30日(火) 】

第32期名人戦七番勝負の第5局が兵庫県神戸市で10月17、18日に打たれました。激しい戦いのない碁で手数が進み、二日目の朝には早くもヨセの局面。終始手厚く打ち進めた黒番の高尾紳路名人が僅かな優勢を維持して、2目半勝ち。挑戦者の張栩碁聖が持時間を3時間以上残し、午後3時すぎの早い終局でした。

高尾名人の2勝3敗となり、注目の第6局は11月1、2日に山梨県甲府市で行われます。

昭和36(1961)年8月、オートバイに跳ねられた呉清源九段が担ぎ込まれたのは「豊島区雑司ヶ谷にある東大病院の分院であった」。

自伝『以文会友』(白水社1997)に、「医者はたいした怪我ではないと説明」し、数日経って初めてレントゲン検査したものの、事務の誤りで痛くない左足を検査。再検査してようやく、右足と腰骨のズレ、骨折が判明。「処置が後手、後手にまわり、私は二ヶ月の入院生活を送らなければならなかった」とあり、続いてこう書かれています。

    天下の東大病院が、なぜあのようなずさんな検診ですませたのか、いまだに不可解である。脳波や心電図の検査は最後まで行われなかったが、頭部にも事故の影響があったにちがいない。退院後も頭痛は続き、私はさまざまな後遺症に悩まされて、棋士生活がおびやかされることになったのである。思えば、私の棋士生命を一気に縮めた、運命のオートバイ事故であった。

昭和36年1月に開幕した第1期名人戦(読売新聞主催の旧名人戦)は13名の総当たりリーグ戦。持時間は各10時間の二日制でした。コミは異例の5目。ジゴは白勝ちとしながら、ジゴ勝ちは通常の勝ちに劣るとした規定が初代名人の行方を左右しました。

リーグ戦の序盤、呉清源は苦戦。宮下秀洋九段と木谷實九段に勝ちましたが、島村俊宏九段と藤沢秀行八段に敗れ、2勝2敗。名人位の獲得に黄信号が点る中で、呉は交通事故に遭いました。

読売新聞と日本棋院の配慮によって名人戦における呉の対局は延期。呉が5局目の半田道玄九段戦を打ったのは、事故から3か月後、11月の末でした。

(続く)

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【手談への誘(いざな)い・第34回】名人戦 (10) 【2007年10月15日(月) 】

第32期名人戦七番勝負の第4局は静岡県伊豆市で10月10、11日に打たれ、挑戦者の張栩(ちょう う、27歳)碁聖が高尾紳路(たかお しんじ、10月26日に31歳)名人に黒番中押し(ちゅうおし)勝ち。

高尾名人としては珍しく実利で先行し、シノギ勝負の碁に。しかし挑戦者の追求は的確で、上方の白が憤死して名人は投了。3勝1敗とした張九段が名人復位にあと1勝となりました。

張栩碁聖(台湾出身)は林海峰名誉天元(中国生まれ、台湾育ち、65歳)の弟子。林九段は呉清源九段(中国出身、93歳)の弟子なので、張栩は呉清源の孫弟子です。来日時の年齢は呉14歳(飛付三段)、林10歳(12歳入段)、張10歳(14歳入段)。

呉清源九段の自伝『以文会友』(白水社1997)の第7章「名人戦以降」に、「運命のオートバイ事故」のことが書かれています。

また、「私は昭和10年、21歳で紅卍に入信し、その後一貫して紅卍の教えを信じて今日まで来た」と同書にあります。さらに、紅卍の布教の目的は、「他人を救うことは、すなわち自分を救うことであるということを悟り、皆が助け合いながら、地球上から無益な争いを消滅させ、世界平和を実現して、人類が救済されることである」と。

    昭和36年の8月のことである。豊島区目白にある椿山荘の近くに、紅卍の日本支部設立準備のための事務所があったが、そこで午後1時に理事会が開かれることになっていた。私は1月から始まった第1期名人戦の手合期間中であったが、その日は会議に出席するため小田原から上京し、昼頃に目白の紅卍の事務所に向かっていた。

東京駅からタクシーで向かったが、目白に着く頃には定刻を過ぎてしまったらしい。道路の反対側でタクシーを降り、遅刻するのが嫌いな呉は、横断歩道でない所で目白通りを渡ろうとした。向かって来るバスが呉に気付いてスピードを落としたので思い切って渡り始めたとき、スピードを上げたオートバイがバスを追い越して、「眼の前に急に現れたと思うと、そのまま私に衝突し、私は宙に跳ね上げられた」と『以文会友』にあります。

    そのとき見ていた人の話によると、私は跳ね上げられると再びオートバイの上に落下し、数メートル引きずられて道路に落ちたそうである。

3年前に撮影を終えていた中国映画「呉清源 極みの棋譜」(田壮壮監督)がようやく完成し、11月に日本で公開されます。呉清源九段の実像に迫る内容という前評判で、松坂慶子、柄本明、南果歩ほか日本の俳優に加え、関西の棋士も協力出演しています。

(続く)

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【手談への誘(いざな)い・第33回】名人戦 (9) 【2007年10月01日(月) 】

第32期名人戦七番勝負の第2局は9月19、20日に長野県松本市で打たれ、挑戦者の張栩(ちょう う、27歳)碁聖が高尾紳路(たかお しんじ、10月26日に31歳)名人に黒番中押し(ちゅうおし)勝ち。
テレビ中継の(NHK・BS2)解説で、終局後に山城宏九段が褒めていました。
「高尾名人の負けっぷりがいい」 「堂々と、何もしないで負けた」 ピッタリの表現でした。

続いて翌週26、27日に仙台市で第3局が打たれました。白番の張挑戦者が趣向し、鏡碁(左右対称形)と呼ばれる珍しい序盤戦。この碁もまた、好対照の棋風どおり、何もしない名人vs機敏に動く挑戦者 という進行で、二人の着手はいつも以上に早かった。
二日目の午後には早くも終盤戦の様相となり、細かい碁、ヨセ勝負。黒がやや厚い半目勝負だったと思いますが、高尾名人は持時間を使い果たして残り1分の秒読み、一手を1分以内に打ち続けなければなりません。
持時間があと2時間長かったら(各10時間だったら)、高尾名人が僅かに残していたでしょう。318手完、挑戦者の1目半勝ち。名人復位へ向けて張栩碁聖が一歩リードしました。

人気もトップの両棋士は、昨年相次いで専門書を出版しました。6月に『正々堂々 高尾の力学』が日本棋院(有段者囲碁選書1)から、7月には『張栩の詰碁−難しい問題を簡単に』が毎日コミュニケーションズから。
『高尾の力学』は、師匠・藤沢秀行名誉棋聖ゆずりの手厚い棋風で知られる高尾本因坊(当時は一冠)初の著書。 『張栩の詰碁』は、詰碁創作でも当代随一・張栩名人(当時)の名作詰碁をアマ向けに紹介した意欲作で、夫人・小林泉美六段の興味深い話など読み物も楽しい好著です。

囲碁界では一流棋士が筆を執り、世に出る文章を自ら書くことはまずありません。多くは、各々の棋士に信頼を得ているライターが、本人の筆であるかのごとく巧みにまとめ、その棋士の著書として出版されています。例外は故高川先生、22世本因坊秀格でした。

近年の棋書には、著者名のほかにライターの名を小さく記してある良書が増えました。
『高尾の力学』には「構成・記述 伊瀬英介」とあり、『張栩の詰碁』では目次の前に小さく「構成・佐野真」と記されています。

「昭和の棋聖」とも呼ばれる呉清源九段の回想録が中日新聞・東京新聞の夕刊に掲載されたのは2001年7月から10月でした。
90回にわたる連載をまとめた『中の精神』が翌年1月に東京新聞出版局から出版されました。
その第8章「交通事故で…」で、つぎのように書かれています。ただし、文中の「第1期名人戦の前に起こった」は誤りです。

    第1期名人戦の前に起こったオートバイ事故は、私に深刻な後遺症をもたらしました。まず頭痛に悩まされました。足を引きずってもいたので、対局の時は正座できません。仕方なく、椅子を用意してもらいましたが、どうしても畳の上でないと困るという対局相手もいました。それで、私は椅子、相手は台の上に畳を敷いて打つという変わった対局風景になりました。

先立つ1997年に出版された呉清源の自伝『以文会友』(白水社)には正しく書かれています。「運命のオートバイ事故」は、「昭和36年の8月のことである」「1月から始まった第1期名人戦の手合期間中であった」と。

(続く)

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