広島県の片田舎から上京して40数年。
毎夜飲み歩いた江古田の町も、
馴染みの店が1件、また1件と消えていき、ちょっと寂しい昨今です。
それでも1年に1回顔出すだけでも暖かく迎えてくれるお店がある。
それが江古田暮らし40数年のおかげでしょうか。

チョコで〜す
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ぴーの夏  [2010年08月24日(火) ]
暑い、暑い、と言うのも、もういい加減言い厭きましたね。
都内も相変わらず日差しが強くうんざりですが、
でも今日の風は昨日までとはちょっと違います。むわ〜っとした感じが弱まり、どこか秋の空気が混ざっているように感じられました。

この夏の暑さは「ぴー」にとっても生活習慣を変更せざるをえなかったようです。
涼しい季節は、夜、私たちと一緒に寝ていたのですが、
この夏は、涼しい夜のうちに縄張りの見回りに精出すことにしたようで、
夜中に家にいることはあまりありません。(本音は蚊取り線香が嫌いなようなのですが・・・)

その分、私とカミさんが留守している間、エアコンの効かない家の中で、涼しい場を転々としているようです。
我々が帰る時間帯の居場所は、この薄暗い木の廊下の端っこでぐったりとしています。


そしてエアコン入ると、ホレこの通り居間のソファでぐっすり安眠です(よだれ垂らしてない?)
写真写りが悪いのはご容赦ください。


この季節、朝晩の駅までの行き帰りに暑さを忘れさせてくれる1本の木がこれです。
名前は知りませんが、薄ムラサキの花が心和ませてくれます。


Posted at 15:32  | 日々徒然  | この記事のURL
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マイナス2.1度大盛況  [2010年08月21日(土) ]
暑い、暑い・・・ が、毎日の挨拶のように繰り返されます。
少し暑さが和らいだと思ったのもつかの間、西日本ほどではありませんが、今日からまた暑さがぶり返した東京です。

私は幸い冷房の効いた事務所で作業中(いま、ちょっとサボってブログ中です)が、
今日も2班4人がタバコパトロール中です。

土日のパトロールは人出の多い通りを中心に巡回しています。
当然のように銀座中央通りの歩行者天国も、若者たちの風俗やファッション、外国人観光客の買い物ぶりなどを楽しみながらブラブラします。
しかし、猛暑の中でのパトロール。楽しいばかりじゃありません。松坂屋、三越、松屋、そしてブランドショップの入口前ではついつい立ち止まってしまいます。
冷房の効いた店の中から気持ちいい冷気が流れてきて、ほんの一瞬生き返ります。
何よりも酷なのは美味しそうなビールの看板を目にしたとき、「ゴクリ!」と喉の奥がなってしまいます。

とくに、この夏話題のアサヒスーパードライ「エクストラゴールド」の前を通るとき、
この「−2.1℃」に目が釘付けになります。


土・日ともなると、店の前は行列です。
2時間待ちは当たり前とか・・・、この暑さの中で、その辛抱強さには脱帽です。
私にはとても真似できそうもありません。

写真は夕方6時前。もう日差しはビルの陰でさえぎられ、暑さも和らいだ頃です。

Posted at 13:59  | タバコパトロールの合間に  | この記事のURL
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昭和20年8月6日 ●●からの生還  [2010年08月06日(金) ]
8時になりました。
65回目の原爆の日を迎えた広島での平和式典の様子が事務所のテレビから流れています。

オバマ大統領の登場で、もしかしたら何かが少し変わるかも知れない、
そして民主党が政権をとって、もしかしたら何かが少し変わるかもしれない、
そんな風に思ってきました。

今、広島には、
初めて国連事務総長が参列し、米英仏など核保有国の代表が参列しています。
少しだけ、何かが変わりつつある。ちょっとだけ何かを信じてもいいのかもしれない、そんな風に思える8月6日です。

黙祷が終わり、缶ビールを抜き、犠牲者の方々に献杯させていただきながら、お話したいと思います。



今年の6月初めのこと、東京に住んでいる従兄弟3人が集まりました。
広島の片田舎から出てきた3人。私を除く2人は兄弟です。
私より16歳年上の兄(Y郎氏)と14歳年上の弟(B郎氏)。65年前の今日はともに広島にいました。
ともに旧制中学の学徒動員で勤労奉仕です。
この2人をはじめ、私の親戚には被爆手帳を持っている人が当たり前のようにいます。
しかし、60年近くの付き合いの中で、2人から被爆体験の話を聞いたことはありませんでした。期せずして、2人とも家族にも話したことが無かったそうです。

●●という部分に当てはまる適当な表現が思い浮かびません。
廃墟? もっと人の叫びやうめき声が充満していたはずです。
地獄? そんな中でも生きようとする人の意志も確かに強くあったはずです。
どうしても、言葉が見つかりません・・・・

低学年だったB郎は、市内の瓦礫の片付けや整理などに借り出されていたようですが、6日は非番で市内南部の海に近い方の寮で過ごしていたそうです。
もし当番だったら、間違いなく市の中心部にいたわけですから、私のこの世で会うことも無かったはずです。
飛行機の音が聞こえてきて、同僚が窓から様子を見ようとしたとき、真っ白な世界が襲ってきたといいます。様子をうかがった同僚は運が悪かったとしか言いようがありません。
その後の惨状は皆さんもご存知のとおりです。

市内の様子がおぼろげながらに解るようになり、「こんなところにいないで早く帰ったほうがいい」との判断で、脱出を図ることになりました。
市内は比治山という小さな山を界に西側は壊滅状態でしたが、東側は被害が少なかったのです。
彼らは市内の東側を大きく迂回し、故郷を目指します。
しかし、県内でも広島市からもっとも遠い東城町は、直線距離でも120キロ、鉄道だと145キロです。とにかく歩くしかありません。
行く先々で、大やけどを負った人、皮膚が垂れ下がった人、皆さんもどこかで聞いたことのある、そんな惨状を目の当たりしながら進みます。

そんな中で、大怪我をしながらも人々を誘導する警察官や市民の人たちに助けられたといいます。
そんな中で、広島駅の1つ先の矢賀駅から芸備線の汽車が運転されるという朗報が入ってきました。
元気が出てきて、一目散に矢賀を目指しました。
そして、その日の夕方には矢賀駅から汽車で市内を脱出することができたいいます。
その日は三次まで運転され、B郎たちは勤労奉仕で知り合った友人のお宅で一晩お世話になり、2日目には東城に帰り着いたそうです。

一方、Y郎は旧広島空港(現広島西空港)近くの三菱重工の工場で働いていました。
爆心地からは比較的距離があり、しかも工場の中にいたので幸い命には別状ありませんでしたが、市内の西の端です。西から北に大きく迂回しないと矢賀にはたどり着けません。
その日は、おなじく勤労奉仕で知り合いになった友人の廿日市の親戚にお世話になり、2日目に再びしないに入り、西の大田川沿いを北上、市内の北側迂回して矢賀駅に向かったそうです。
何とか乗り込むことができた汽車は庄原まで。駅前で偶然にも親を知っている方が声をかけてくれたおかげで、3日目には東城に帰りつくことができたといいます。

私が何より驚いたのは、
あの惨状の中で、汽車を運行した人々がいたこと。そして道案内をしたり、元気付けたり、人々のために一生懸命立ち働いていた方がいたということです。

多くの人たちが多くの人に助けられながら、あの惨状から生還したという事実も数えあげれば切りがないでしょう。

広島県出身の私もまだまだ知らない話が山ほどあります。
戦後生まれの私たちがいま引き継がなければならないことです。せっかく同窓会の事務局をやっているなら、その立場を生かしもっと多くの先輩諸氏から体験談を聞いたり集めたりするべきではないか。
そんなことを思いながら8月6日を過ごしています。

Posted at 07:59  | 故郷へ巡る旅そして想い  | この記事のURL
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しばらく仮住まい  [2010年08月05日(木) ]
またまた、長のご無沙汰です。
自宅パソコンが不調だということは前にもお知らせした通りです。

やむなく復活後、電源を切らずに、エコに逆行しながら、
スリープ状態で使用していました。
ところがある時、使用後、なにげなく電源を切ってしまいました。
以来、何度電源を入れてもシステムが立ち上がりません。

そんなわけで、皆様と没コミュニケーションのまま失礼しておりました。
どうしてもアップしたい記事があり、自宅から事務所のパソコンに引越ししようと思い立ち、
本日のご挨拶となりました。

そんなわけで今後も不具合覚悟の仮住まいなれば、
ご不便をおかけすることもあろうかと存じますが、なにとぞよろしくお願い申し上げる
次第にござります。

Posted at 14:24  | このブログについて  | この記事のURL
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銀座の小さな時計台  [2010年07月11日(日) ]
永らくのご無沙汰、失礼致しております。
久し振りの書き込み、いささか緊張致しております。

このところ、ジメジメと蒸し暑い毎日が続いております。
タバコパトロールも急な豪雨に泣かされることもしばしば、傘が手放せません。

そんな先週のある日、何度となくパトロールしている銀座を担当しました。
午前6時の銀座は人もまばらで歩きタバコする人もごくわずかです。
通勤客が行き交うまでにはまだ1時間の間があります。
銀座に本格的な朝がやってくるのは3〜4時間後のことでしょうか?

午前6時〜7時のパトロールエリアは銀座1丁目と2丁目。
銀座が目覚める前に、ポイ捨てされたタバコの吸殻も拾います。(写真は1丁目と2丁目の境の銀座柳通り)
銀座通りは商店街が清掃しますが、横道はなかなかそうもいきません。


そんなわけで、下ばかり見たり、歩く人の手元ばかり見ているものですから、意外と街の風景に気付かないことがあります。
次々と新しいビルが建ち、日に日に(ちょっとオーバーですが・・・)風景が変わる銀座ですが、一昔、二昔前、昭和の懐かしい時代そのままの建物もわずかながら残っています。
柳通りの有楽町側の入り口、知る人ぞ知る沖縄県のアンテナショップ「わしたショップ」から歩いてすぐの場所にこんな古い建物がありました。


銀座の小さな時計台がありました。
何度何度も歩いた通りなのにまったく気付きもしませんでした。
朝が早く、歩く人もまばらだったおかげかもしれません。

ところで、銀座を掃除する人がもう一人います。
毎朝、どこからかマウンテンバイクでやってくる青年は銀座通りや晴海通りのゴミを拾って歩いています。
この日も午前8時過ぎにはやってきました。
いつも気になっていたので、銀座4丁目の交差点でつい声を掛けました。
「毎日、掃除してますよね〜。いつも感心してました」
彼はひと言「はい」と応えてゴミ拾いに専念します。いろいろ聞いてみたかったのですが、
あきらめました。


Posted at 17:45  | タバコパトロールの合間に  | この記事のURL
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お詫び  [2010年06月20日(日) ]
このところの不義理をお詫びいたします。
実はパソコンがまったく起動しなくなり、皆様のところににもお邪魔できないままに失礼しておりました。

数ヶ月前より、起動するのに何度も電源を入れたり切ったりしながら、
騙し騙し使っていました。
何度やっても起動しなくなって約3週間が経ってしまいました。

外付けのハードディスクを買おうか、ハードディスクのパテーションを変更するためのソフトをダウンロードしようか、
いろいろ悩みつつ、今日も朝から電源を入れたり切ったりの繰り返し。
数時間後、まったく偶然にシステムが起動しました。

この機会に、皆さんのところにお邪魔しようと思いますが、
永の不義理をどうかご容赦ください。

Posted at 12:20  | この記事のURL
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一年ぶりの再会は「熱海」(2)  [2010年05月25日(火) ]
昨日の出会いにコメントを下さった皆様、ご返事を後回しにしてすみません。
まずは、さてさて本番の同期会です。

駅前から送迎バスに乗って午後2時過ぎにはチェックイン。
付近を散策、観光するというスケジュールを参加者全員いっさい無視。
談話室、二次会ルームに指定された部屋に集合して、持込のビーからルを開けて一杯やるやりながらさっそく近況報告です。

今回は広島から2名、岡山から1名、関西から4名、首都圏から7名の総勢14名が参加しました。
残念ながら、広島で同期のクラス会が開催されたため参加人数が減ってしまいました。

他の客が到着前に、
ゆっくり温泉を占領して、風呂上りにビールをクイっとやり始めたのはまだ宴会のはじまる2時間も前のこと。
「おいおい、この調子じゃ宴会までもたんど!」
などと皆でおお笑いしたものの・・・、まったくの取り越し苦労。


お酒と歓談、想い出話に近況と情報交換は二次会へ、三次会へと延々と続きます。

寝たのはいつのことやら。
目覚めて朝風呂に浸かり、酔いを覚まし、
待ちかねた温泉旅館の朝ご飯。夜の宴会料理はだいたいが食いきれないものと相場が決まっておるものの、
朝食はまた格別。まずは冷たいビールを注文して「クイ〜ッ」
ん〜、たまらん。
一人当たり約2本。それが朝の適量。ご飯も美味しく完食です。


私のブログはいつもお酒を飲む話ばかり。
そこで面目躍如とばかり、話しておかなければなりませんが、
2日目の午前中は、おりからMOA美術館で企画展示中の「安藤広重の東海道五十三次」「北斎の富岳三十六景」を鑑賞しました。
とは言え、1時間半ではとても時間が足らず、いやいや予定に従って(?)
「蕎麦屋」さんに移動です。

さっそく「ざる蕎麦」を注文、合わせて生ビールも。
私は、早々にビールを飲み干して熱燗に切り替え、皆が食べ終わった後から、ゆっくり蕎麦をつまみに、お猪口で「グビッ!」です。

本当なら、私は「もり蕎麦」を注文したかったのですが、
ビックリしたことに、他のお酒メンバーが全部関西人。なんと関西には「もり蕎麦」なるものがないというではありませんか?
注文したあとで、「もり」と「ざる」はどう違うのかと聞かれて唖然・・・
「しまった。モリにすれば100円分酒に回せたのに・・・」なんてセコク考えた私でした。

ワイワイ楽しく盛り上がりながら、
「熱海の帰りは、ぜひ東華軒の小鯵鮨とビールかお酒を買い込んで社内で一杯やること」という貴重なアドバイスを与えるとともに、
東海道の在来線で首都圏組と帰宅する自分もそれを実践した次第。心強かったのは一緒にビールを買い込んだ女性メンバーもいたこと。

来年は広島か故郷の東城。いまから待ち遠しい1年後です。

Posted at 20:28  | 中学そして高校時代へ  | この記事のURL
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一年ぶりの再会は「熱海」(1)  [2010年05月24日(月) ]
毎年5月に集まる高校時代の気の会う仲間たち。
昨年の関西からバトンタッチして、今年は関東が幹事役。
幹事役の女性陣2人と半年前からあれこれ準備して、22日(土)・23日(日)の2日間
熱海温泉で一年ぶりに再会です。

東京駅から、駅弁、ビールを買い込んで、Suicaでホームの券売機でグリーン券(750円)を購入、快速アクティーに乗り込みます。
まずはこれで100%旅気分満喫です。

あとで聞いた話ですが、
私が電車でのほほんと旅気分に浸っている頃、熱海では粋な再会が演出されていたそうです。
昨年の奈良で、広島から参加の女性が中学生の頃に交際していた先輩(当時は高校生)が東京にいるという話を聞いていました。

偶然にも、その先輩は同窓会を通じて私のよく知る仲。
同窓会報のために先輩の会社にも訪問取材したことがあるんです。
昨年秋の東京同窓会で、今回の幹事役とともにその先輩に詰問、彼女とのことを白状させていました。

さすが幹事役。
彼と彼女の実にン十年ぶりの再会を熱海駅で演出していました。
その先輩もまたさすが!
早くについて、花を探して歩くも思う花が見つからないとなるや、
駅にある地元のコミュニティFMにリクエスト。
待ち合わせの正午きっかりに、ン十年ぶりの再会のストーリーを添えて、
想い出の曲「コーヒールンバ」をリクエストしたとのこと。

地元DJもこれまたさすが!
曲紹介とともに、スタジオ前で再会した二人に祝福のメッセージを送ってくれたとのこと。
きっと、この再会に多くの観光客や地元の人が喝采を送ってくれたに違いありません。

ほんの2時間ばかりの短い再会でしたが、先輩は我々にエールを送って帰京されました。

そんなロマンチックな話が進行しているとは知らず、
私は駅弁とビールを楽しみながら、なおかつ今夜の宴会にワクワクしながら一路熱海へ向っていたわけです。

なんというアホな私であることか・・・。

Posted at 19:24  | 中学そして高校時代へ  | この記事のURL
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朝の元気をもらいました  [2010年05月21日(金) ]
先日、19日(火)のタバコパトロールでのこと。朝の通勤時間帯に馬喰町駅で見かけた風景です。

半纏に豆絞り、股引に雪駄履き。いなせないでたちで出入り口に立ち、
「今日も一日頑張りましょう」
「おはようございます。元気でやりましょう」
「頑張りましょう」
「よし、笑顔で元気にいきましょう」
などと、ビジネスマンやOL一人ひとりにガッツポーズで声をかけるオジサンがいました。
その掛け声は元気一杯あたりに響きます。


何も応えずブスっとして通り過ぎる人
照れ笑いしていく人
明るい笑顔で応える女性は美しい
ガッツポーズで応える男もたくましい
なかにはゲンコツタッチで応える人も

そばの交差点でパトロール中の私も声をかけて欲しいな〜 と、思いつつ、
人々の反応を楽しく観察させてもらいました。

午前9時、どうやら声掛けは終わり。
オジサンは自転車にまたがりどこかへ去っていきます。

あわてて「ご苦労様です」と声をかけると、
小さな優しい声で「どうも」と返ってきました。あの辺りに響きわたった声はどこへやら。
人のあり様、気持ちのあり様というのはそんなものなのかも。

他の人に元気に声を掛けることによって、きっとご自分も元気になっているんだろうな。
そんなことを思った朝でした。

Posted at 21:05  | タバコパトロールの合間に  | この記事のURL
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カモメの病院?  [2010年05月08日(土) ]
先日、タバコパトロール中に中央区の湊で見た光景です。
1本の電信柱の下に、カモメのものと思われる夥しい糞が一面に・・・



ハトの糞かもしれませんが、
鉄砲洲稲荷のある湊、この通りのすぐ隣は隅田川で、季節になると一日中ユリカモメが群れ飛んでいます。

それにしても、この電信柱の下だけがこんな状態です。
どうにも合点がいきません。

と、目の前に動物病院があるではありませんか。


きっと、この病院の先生。
ボランティアで体調の悪いユリカモメの診察をしているのかもそれません。
この糞は、きっと順番待ちのユリカモメの仕業かもしれませんね。

絵本の1冊も描けそうな、そんな風景でした。
ご近所はきっと迷惑なことでしょうが、たまにはこんな想像をしてみたいと思ったりして・・・

Posted at 20:07  | タバコパトロールの合間に  | この記事のURL
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