シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

広島県の片田舎から上京して40数年。
その間あいも変わらず、ずーっと、約(?)江古田暮らし。
毎夜飲み歩いた江古田の町も、
馴染みの店が1件、また1件と消えていき、ちょっと寂しい昨今です。
それでも1年に1回顔出すだけでも暖かく迎えてくれるお店がある。
それが江古田暮らし40数年のおかげでしょうか。
3DKの借家で、猫をカスガイにカミさんと二人暮らし。
そのうち、田舎にUターンして畑でも耕すか・・・。

日々思いつくまま語ります。毎週日曜更新予定。

石原都知事は本気なんだ  [2008年10月09日(木) ]
先週に続き、今日も晴海方面にパトロール。
午前6時〜8時までは「資源持ち去りパトロール」です。
しかし指定場所の晴海3〜4〜5丁目は
マンション等の集合住宅が4棟あるのみでゴミの集積所がほとんどありません。
そこで、晴海5丁目の一番突先、晴海埠頭の客船ターミナルまで足の延ばしました。

そこで、まずビックリの看板がコレ!


昔の貿易センター、晴海の展示場跡にこれ見よがしに立てられている看板です。
「石原都知事は本気なんだ」と、あらためて思わせます。
ただ、後ろは環境問題をクリアした近代的な中央区清掃工場なんですが・・・

スタジアム予定地に沿って歩くと、豊かな木々に覆われた歩道。
いつごろからこんな道があったんだろう?
展示場でいろいろなイベントが行なわれていた時代からあったんだろうか?


30数年前の学生時代、
ヨーロッパを目指す貧乏学生たちがソ連のナホトカ港に向けて旅立ちした。その先輩たちを見送った懐かしい晴海ふ頭。
大学2年生の春、1ヶ月間の台湾旅行のために、
復帰前の沖縄那覇港に向けて旅立った自分が後輩たちに見送られた晴海ふ頭。
二階建てのみすぼらしかったターミナルは、今は見違えるように立派になった。

東は、レインボーブリッジから台場方面が一望でき、
西には、伊豆諸島への玄関口である竹芝桟橋や日の出桟橋、
東京タワーも一望できる。

先週に続き、気持ちのいい秋晴れの一日だった。



Posted at 18:52  | 仕事半分東京散歩  | この記事のURL
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昨日は久々の秋晴れ  [2008年10月03日(金) ]
タバコパトロール復帰2週目。
昨日は久々の気持ちのいい秋晴れでした。
築地の事務所から第1地点の晴海までは、
勝鬨橋経由で歩いて約25分。


早朝6時の隅田川河畔。川向こうは月島方面です。


勝鬨橋から川上を望みます。
左の背の高いビルは「聖路加ガーデン」。
右は佃島リーバーシティの高層マンション群です。


晴海の先は、晴海運河に新しく架けられた晴海大橋。
橋の上から豊洲、有明方面を望みます。
豊洲にも高層マンションが乱立です。


午前中のパトロールを終えて築地の事務所に戻る途中。
ふたたび勝鬨橋から川上を望みます。

本当に気持ちのいい秋晴れの一日でした。

Posted at 07:25  | 仕事半分東京散歩  | この記事のURL
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タバコパトロール復帰テスト  [2008年09月23日(火) ]
約40日のブランクを経て、本日「タバコパトロール」に復帰しました。
とはいうもののまだテスト段階。

40日前のタバコパトロールに出かけるときはまだ明るかった朝一番の電車。彼岸の中日ともなると、東の空もこの通り。


あらためてリタイア期間の長かった事を実感。

築地の事務所から、午前6時の最初のパトロール地点である京橋までは歩いて約15〜20分。しかし、今日は足をかばって電車移動。

06:00〜08:00 は、京橋1〜3丁目&八重洲2丁目で資源持ち去りパトロール
08:20〜09:20 は、八重洲通りと中央通り交差点周辺
09:40〜10:20 は、八重洲仲通り
昼休憩をはさんで
12:00〜13:00 は、東京駅八重洲口周辺
13:35〜14:00 は、八重洲ブックセンター周辺

復帰1日目は歩行距離の少ないエリアを担当させてもらいました。

本来、この時期なら、中央通りの花壇は「秋桜」に植え変わっているはずだったのに、今日はまだ夏の名残りの「サルビア」のままでした。
リタイア前、猛暑にしおれかけていた「サルビア」でしたが、8月後半〜9月初めの雨のおかげかとても元気そうです。


元気そうな「サルビア」を見て、植え変えるには忍びないと思ったのかな?

久々のパトロール。
炎症を起こした足の傷は癒えていないため、終盤には少し足に負担を感じたものの、この調子ならなんとかいけそうな気配。
当面、ムリのないコースを中心に週2日程度の復帰を目指しリスタートです。

Posted at 21:25  | 仕事のようなもの  | この記事のURL
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1ヶ月ぶり。左足が細くなりました。  [2008年09月14日(日) ]
1ヶ月ぶりの書き込みは、愚かな自分に猛省を促すための「戒め」です。
この間、私はそれまでの日常生活とは程遠い日々を送る破目に陥っておりました。

その原因がこの写真。(聖路加病院での治療後の頃)


骨にヒビが入った程度の軽い骨折が、自らの生兵法のせいで、内側から炎症を起こし、そのキズが悪化してこの始末です。

おかげで、約1週間の強制夏休みを取らざるを得ず、いまだに必ず席に座れる時間帯の電車で通勤せざるをえない状態です。
事務所での仕事は午前11時〜午後16時ぐらい、半分は自宅で仕事といった有様です。

問題はこの怪我の原因。
8月12日は、ある会の「暑気払い」でした。美味しいビール、日本酒、焼酎をいただき、久々に飲み過ぎました。実に気持ちよく酔っ払いました。
飲み会の場所は千葉の市川、練馬までは約1時間半。帰りの電車に揺られるうちに酒は体中を駆けめぐり、乗換駅を乗り過ごし、あわてて降り立った駅では足下もおぼつかない始末。挙句、階段で転んで左足の向う脛を思いっきり打ち付け、痛みに絶えかねてタクシーでの帰宅となりました。

翌日は向う脛の痛みを我慢して事務所へ出勤。階段を下りるときに足首にかすかに痛みを感じ、「アレッ、捻挫してるかな?」という程度。
翌々日とその次の日はタバコパトロール。向う脛の痛みも気にならず、両日とも4〜5キロ歩いて事務所に帰還。
そこで、左足首から甲にかけて異様に腫れているのにビックリ。

強烈な痛みが襲ってきたのは転んでから4日目の夜。
自分なりに捻挫が悪化したものと判断、湿布やアイスノンで患部を冷やしながら痛みに耐え、トイレに行くのも四つん這い。
やむなく翌週は自宅療養。予定になかった夏休みです。
38度ちょっとの微熱も続き、「もしかしたら骨折か?」と疑い始めるたのは転んでから1週間後のこと。
そのうち、外傷のなかった踝付近に痣が浮かび、そのうち大きな水膨れができ、それを潰したあとが炎症を起こし見るも無惨に。

傘を杖代わりになんとか歩けるようになった2週間後の26日、事務所近くの形成外科に行くと、まずは皮膚科に行って炎症を起こしたキズを治すのが先決とのこと。
巡りめぐって、翌28日に聖路加病院の皮膚科へ。
「これはすぐにでも入院して治療した方がいい」との診断。しかし諸般の事情が入院を許さず、結局、自宅近くの順天堂大練馬病院での通院治療を選択し、今日に至っております。

入院治療の方が回復は早かったろうとの判断はあありますが、コレばっかりは仕方ありません。
現在、炎症部分を切開して膿等を搾り出した後の、直径3センチ、深さ5ミリのクレーター状のキズの組織の組成のための治療を続けている段階です。
階段は一段一段上り下りしますが、歩くのはさほど苦痛をともなわないようになりましたが、完治まではまだ時間がかかりそうです。

年もトシだし、あまり調子こいて飲み過ぎには注意し、勝手な生兵法に頼らず医師の言うことをよく聞こうと深く反省する日々でございます。
血糖値も高いので、普通に歩けるようになったら真面目に病院に通う予定にしております。

Posted at 10:16  | 反省  | この記事のURL
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昨日は暑かった。猫も熱帯夜を避けて避暑地へ。  [2008年08月16日(土) ]
北京も接戦続きで熱そうだが、
15日。終戦記念日の東京も暑かった。いったい何度あったんだろう。
朝6時前、パトロール地点の勝どき駅前交差点に向う途中に出会った猫は、お盆で人や車の通りがパタッと減った交差点の角でグッタリ。
熱帯夜に耐え切れず「朝涼み」でしょうか。「オイッ、何してんねん」と声をかけても頭をなでても、され放題。


朝6時からの資源持ち去り&タバコパトロールも、最初の休憩に入ったときはユニフォームの背中が汗でびしょ濡れ。
ついつい水分摂取量も増え食欲は減退。
お昼前の休憩時間に別な仕事を片付けようと、炎天下を往復50分歩いて事務所へ帰ったダメージがあとになってジワジワきいてきて、12時〜13時のパトロールでは気分まで悪くなる始末。
そこで、勝どきの名物猫ボスをからかいに、パトロールポイントを少しだけ離れてちょっと息抜き。


パトロールはあと1時間、14時で終了。
事務所に帰ったら、お昼に仕込んでおいた冷蔵庫の缶ビールとちよだ寿司のカッパ巻き(200円)が待っている。
「よ〜し、もうひと踏ん張り! 頑張るか」

Posted at 08:38  | 仕事の合間の息抜き  | この記事のURL
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若き日の赤塚不二夫さん  [2008年08月10日(日) ]
赤塚不二夫さんが亡くなられて約1週間が過ぎた。
どこでお会いしても見せていただいた、あの優しく、人なつっこい笑顔が、もう見られないと思うと寂しい。

はじめて赤塚さんと親しくお会いしたのはいつだったろう?
多分、1980年。
当時、草津温泉の観光PRを担当しており、漫画集団有志ご一行を草津に招待するという企画を実行したときのことだと思う。
横山隆一、杉浦幸雄、小島功といった漫画界の大御所、赤塚さん、ちばてつやさんら売れっ子漫画家ら十数人が参加、当日は上野公園の入り口近くにあったいまは無き「聚楽」に集合。

その合間に、我々はホームに入っていた特急「草津」に乗り込み、座席の窓際に、国産の安物から舶来の高級品まで、ありとあらゆるウィスキーのミニチュアボトルを並べてお迎え。
乗り込んできた諸氏の「うぉ〜!」という雄叫びに企画の成功を確信。

草津でも盛大な出迎えを受け、温泉街を練り歩いて宿へ。
さっそく大浴場の湯船にビールとお酒を浮かべて酒盛りとなった。
写真はその一コマ。(紙焼きの赤塚さんの部分だけ携帯で複写したものなので見苦しいのはご勘弁ください)


本当なら「サンデー毎日」のグラビアを飾る予定だったこの写真ですが、
おりしも当時の「あーうー宰相」こと大平正芳首相が選挙遊説中に倒れて急逝。ボツになってしまったものの一部です。
サービス心旺盛な(というより企画した我々のために)赤塚さんは、カメラマンの注文にも快く応じてくださったものです。


ご冥福をお祈り致します。

Posted at 09:55  | お酒  | この記事のURL
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番犬・・・いや、番ガモ!?  [2008年07月20日(日) ]
6月上旬、田舎で出くわした「ん ?」な光景。
街の真ん中を南北に流れる川にも、季節になると水鳥たちがやってくる。
久し振りの帰省。墓参りを済ませ、川沿いをノンビリ自宅に向って歩いていると・・・


ある一軒のお宅の玄関前にカモの模型が3つ?
「なに!」よく見ると生物(ナマモノ)ではないか・・・。日光浴? 甲羅干し?
いや、それはカメか・・・。

どうも、このお宅はお留守のようだ。
と、いうことは「番ガモ」?

自宅の帰って母親に聞くと、このお宅の主とは知り合いらしく、
「餌をやっているわけでもないのに、玄関にいつもカモがやってくる」と仰っていたらしい。
いったい何の目的で?

鳥に詳しい散輪坊さん、どう思われます?

Posted at 18:20  | 不可思議?  | この記事のURL
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40年前の台湾の友  [2008年07月13日(日) ]
6月末、学生時代のサークルの先輩4人と新橋ガード下で一杯やりました。
学生気分を思い出しながら、場所こそ違えよくコンパをやっていた「養老の滝」で、名高い新橋のサラリーマン諸氏に混じっての宴席となりました。



「海外研究会」という我々のサークルは、とにかく海外へ行きたいという単純な思いを抱いていた仲間の集まりでした。
メンバーは、私の入学前の昭和41年春の第1次沖縄台湾訪問団と、私が参加した43年春の第2次沖縄台湾訪問団で、沖縄と台湾全土を約1ヵ月半かけて旅した団員仲間。
そして、この日のテーマは2度の台湾訪問中、私たち一緒に旅をした台湾大学の学生(第2次のときは大学院生)だった李さんの最新情報。

第1次のメンバーの一人がネットで調べ、李さん本人と40年ぶりに交信したところ、彼女はその後アメリカのペンシルバニア大学に留学、現在は台湾のいくつかの大学で心理学の教鞭をとっているとのこと。
そこで、一緒の台湾旅行をしたメンバーが集まり、その写真を彼女に送るというのがもう1つの目的でした。

1週間後、彼女が大切に保管していたという1枚の写真が送られてきた。



李さん本人は映っていないが、それは私と同じ団員の先輩(左端の男性と右から2人目の女性)、そして一緒に旅したインドネシアからの留学生だった楊小沙(右端の女性)の懐かしい1枚の写真だった。
彼女が私たちにインドネシア語の「ブンガワンソロ」を教えてくれたのを思い出す。


いま、実に40年ぶりの友情が新たな始まりを迎えようとしています。

Posted at 19:28  | 学生時代  | この記事のURL
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故郷のこと。いったん最終章  [2008年06月29日(日) ]
私の故郷、広島県庄原市東城町(旧比婆郡東城町)に帰省する際、多くの場合、山陽新幹線の岡山駅で伯備線に乗り換え、映画「八ツ墓村」の舞台にもなった中国山地の中央部の街・新見市(ルルさんのご主人の出身の街)で芸備線に乗り換える。
※たいていの場合、この新見で乗り継ぎのために1〜2時間は時間をつぶす事になります。

岡山と広島の県境、あの若山牧水が「幾山河越え去り行かば・・・」と詠った二本松峠を越えると、列車は急勾配を軽やかに下り始める。
やがて車窓から東城の象徴とも言える「城山」が見えてくる。
「帰ってきたか・・。」
決まり文句がなんとなく口をつく。坂を下りきったところが街の玄関口「東城駅」だ。日本各地のローカル線同様に、今はすっかり寂れて無人駅となっってしまった。



子供の頃は多くの駅員や保線区の人が働いていたのに・・・。
小学校の頃、私の初恋の女の子も駅長さんの娘で、4年生のときに転校し行ってしまった。次の正月のこと、女の子にはじめて出した年賀状は彼女宛のものだった・・・

東城駅に降り立つと、さっきまで車窓に見えていた「城山」が真正面に。
「ただいま!」誰に言うともなく心の中で叫ぶ。

この山間の町もいくつかの小説のなかに登場してくる。
その1つが、島田荘司の「龍臥亭事件」。(余談だがヒロイン・里美は私のカミさんと同じ名前です。このヒロインも地元の県立高校を出たといいますから私の同窓生ですね)
小説上は岡山県の貝繁村という架空の村が舞台となっているが、
モデルとなっているのが東城町であり、登場する「階楽座」という映画館も実在した。
1階の椅子席の左右と2階には桟敷席があり、古く懐かしい芝居小屋の風情漂う映画館だったが、残念ながら、今は取り壊されて駐車場になってしまっている。
※そうそう、先日の記事にある岡山での同期会の参加者の中に、その映画館の娘さんもいました。

ほんの3〜4日の滞在では、
故郷で過ごした18年の想い出を一つ一つ辿ることはできないが、おいおい思い出すままに少しづつ書き残し、やがて一つの糸で結ばれれば私を育んでくれた故郷への恩返しにもなるのではないか。
そんなことを想う今日この頃です。

さぁ、6月も終わり、平成20年もいよいよ後半戦。
これで、いったんブログ上の帰省シリーズを終えて、日常に戻ろうかと思います。

Posted at 14:01  | 故郷への想い  | この記事のURL
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故郷では母の手伝いで草取り  [2008年06月22日(日) ]
約1年ぶりの帰郷となった今月初め。
田舎では85歳になる母が一人暮らし。元気で暮らしているか? と、いつも気にかけてはいるものの、幸い高速道路で約1時間半の岡山市内に在住する妹がいつも連絡を取り合い、ときどき帰省くれているのに甘えさせてもらってる。

10年ぐらい前までは、早朝から趣味の花畑に出かけ、土いじりと花の世話に精出していたが、膝痛が悪化してからはそれもできなくなった。
今は小さな庭に花を咲かせる程度だが、この時期やっかいなのは草取りだ。
聞けば、5月に草取りに精出し過ぎて、しばらく起き上がれなくなったというではないか。

というわけで帰省2日目は少しだけ庭の草取りを手伝うことに。
しかし、情けないことにどれが「雑草」だか、いまひとつ区別がつかない。あらかた受け持った場所の草取りが終わったと思ったら、母より「この草はすぐ根を張るから抜かないと」との指摘。
これでは本当に役に立ったかどうか・・・ はなはだ疑問? で、ある。

帰省3日目は、この4月の父の十三回忌に帰省できなかったこともあり、最初から予定に入れていた「お墓の草取りと墓参り」。
庭と違って、目に入る草という草を片っ端から抜けばいいので気遣いはないが、ときどき母が草取りに来ているようで、周りは小さな草ばかり。
次に母が来るのはお盆だろうか? それまで草取りの必要が無いように と、神経を使ったつもりだが、あれから約三週間いったいどうなっていることやら。

父、母方の叔父、祖父母、曽祖父母が眠る墓。いずれは自分も入れてもらうことになる墓があるのは、前記事で紹介した城山の下に広がる旧市街地の真ん中にある「西方寺」という浄土宗の寺。
ご覧のような山門に、いまにも朽ち果てそうな(住職さんゴメンナサイ)本堂を持つ歴史のあるお寺です。



浄土宗西山深草派「豊国山 西方寺」。
室町時代初期の1394年(応永元年)開基で、もともとの山号は「城見山」と号していたといいます。
1668年(寛文8年)、東城町内の大火ですべてが消失したそうですが、宝暦年間に入り再建されたとのこと。
江戸時代の領主である広島浅野藩家老・浅野高秀は、この西方寺を回向所と定め、供養米百八十四石を給して領内諸寺院の最上席と掟を定め、東城勤番家中の菩提寺としたそうです。

現住職は、丹波篠山の由緒ある寺院の出で、遠く故郷を離れた東城で単身この寺を守っていただいています。

母が過ごす居間に、この私のブログのコピーが置かれていました。
聞けば、この西方寺のご住職が、我が家の仏壇にお経を上げていただいた折に持参して下さったものとか。
ありがたいことに、そんなところまで気遣っていただいています。ありがとうございます。

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