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広島県の片田舎から上京して40数年。
その間あいも変わらず、ずーっと、約(?)江古田暮らし。
毎夜飲み歩いた江古田の町も、
馴染みの店が1件、また1件と消えていき、ちょっと寂しい昨今です。
それでも1年に1回顔出すだけでも暖かく迎えてくれるお店がある。
それが江古田暮らし40数年のおかげでしょうか。
3DKの借家で、猫をカスガイにカミさんと二人暮らし。
そのうち、田舎にUターンして畑でも耕すか・・・。

日々思いつくまま語ります。毎週日曜更新予定。

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東京の中央区にも「中洲」があった[2008年05月18日(日) ]
「中洲」と聞いて思い浮かべるのは福岡市。
酒飲みにはたまらない屋台の灯りがずら〜りと並ぶ、事前に顔がほころぶうれしい光景が目に浮かびます。

ところが驚いたことに東京都中央区にも「中洲」があったんです。
区から届いた先月のタバコパトロールのスケジュール表に「中洲&浜町」と書いてあるではありませんか。
「えっ!中洲って? どこ?」。中央区内のタバコパトロールも5年目に入るというのに、初めて聞く町名です。さっそく地図を開きました。

あっ、あるある。
明治座や浜町公園のある日本橋浜町や水天宮のある日本橋蛎殻町の東側、東京エアシティターミナルのある日本橋箱崎町の北側、隅田川に女性的な影を映すことで知られている清洲橋の西の袂に、三角州のように小さく「日本橋中洲」とあるではありませんか。


調べてみると、もともと隅田川畔に突き出た三角州のような町だったようで、かの田沼意次の時代に伝馬役の困窮救済の施策として、デルタ地帯に土を盛る事業を施し、大歓楽街をつくり上げたことにはじまるという。
しかしその繁栄は短く、意次失脚とともにはじまった「寛政の改革」により消滅する憂き目となったそうです。

明治に入り、「真砂座」という劇場を中心 に花柳街として復活。
「真砂座」時代を紹介した書などをみると、岡本綺堂、永井荷風、菊池寛など、時代を越えてそうそうたる文人の名も垣間見えます。明治39年には、夏目漱石の「我輩は猫である」も初演されたといいます。

いまでは、マンション、住宅、倉庫などが並ぶ小さな街ですが、清洲橋近くにある小さな古めかしい「金刀比羅宮」が古い街の名残りのようにたたずんでいます。
 

Posted at 18:23 | 仕事半分東京散歩 | この記事のURL
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コメント


yumeziさん
岡山ではすっかり美味しい肴とお酒で楽しい時間を過ごさせていただきました。
故郷では、一人暮らしの母親と一緒に庭の草取り、お墓の草取り、そしてノンビリとした時間を共にしてきました。
私の古地図は少々雑なもの買ってしまいました。おすすめの古地図があればご指南ください。
Posted by:チョコミー  at 2008年06月07日(土) 17:30

東京の中の江戸はまだまだ知らない歴史が沢山埋もれていて奥が深いというか興味が尽きませんね。
先日も現代の東京の地図と江戸時代の地図を重ねた資料が販売されていましたが地図を片手に探索すれば面白そうですね。
岡山では瀬戸内の小魚を酒のつまみに大いに楽しんでください。
Posted by:yumezi  at 2008年05月30日(金) 21:29

ルルさん
いつもありがとうございます。
この金刀比羅さんの森は本当にちっちゃいもので、ビルの中に埋もれるようにあります。この後ろ、木々の上には高速道路が走っています。
色気のない話ですみません。
Posted by:チョコミー  at 2008年05月21日(水) 19:05

京子姫さん
パトロールの途中で何度か浜町公園の桜の木の下で弁当を食べました。今が一番いい季節ですね。馬喰町をパトロールするときはついつい安い衣類やカバンなどに目が行ってしまいますね。
一度、カバンを買おうとしてお店の中に入ったら、「うちは小売はしません」だって。

散輪坊さん
福岡の中洲はいいですよね〜。こちらの中洲は表をぶらついただけですが、一杯やりたくなるようなお店は見つけられませんでした。
Posted by:チョコミー  at 2008年05月21日(水) 18:59

リンちゃん
中央区の事はほぼ知ったような気でおりましたが、いい気なもんです。
なんにも知っちゃいない。
今度から、歩きタバコは見逃しても、もう少しあたりの町に気を配りながらパトロールします?

遊歩さん
どうやら、江戸時代に華やいだのは田沼意次の時代だけのようですが、もう少し調べてみる必要がありそうですね。
それにしても清洲橋のたもとが「中洲」とはまったく知りませんでした。



Posted by:チョコミー  at 2008年05月21日(水) 18:51

チャッピーさん
私、本場の中洲には、かれこれ5年ぐらい行っていません。
もう完全に禁断症状が表れています。

ぶるーむーんさん
今ちょうど読んでいる山本一力の本でも、主人公が永代橋を渡り大川沿いに両国橋へというくだりがありました。きっとこの辺りを歩いたのでしょうね。
清洲橋は誰もが知っていても、その手前が中洲という町だとは知りませんでした。
Posted by:チョコミー  at 2008年05月21日(水) 18:38

東京にもこんな所があったのですね、
金刀比羅さんが、何となく溶け込んでいて素敵です。
Posted by:ルル  at 2008年05月19日(月) 20:26

福岡の中洲とは、ぜんぜんイメージが異なりますね。
浜町公園は綺麗に整備されて桜の時期は見事です。
この辺はちょっと歩くと問屋街で、すごく安いですね。(主人のダ☆ヒ☆のYシャツなんて1万円引きで買えちゃう)
Posted by:京子姫  at 2008年05月19日(月) 09:09

 東京の中州は知りませんけど、福岡の中州は
良く飲みに行きました。
Posted by:散輪坊  at 2008年05月19日(月) 06:46

中央区に、中洲や金刀比羅宮があるなんて、驚きです〜。
いろいろな意味で、由緒ある街なんですね。
Posted by:リン  at 2008年05月18日(日) 21:55

チョコミー さんへ
「清洲橋」格好が良いですねぇ。隅田川の橋では一番だと思っています。
「中州」というのは初めて知りましたので、1856年(安政3年)の地図を見たら、隅田川の中にありました。それもまだ人は住んでいなかったようですが。
Posted by:遊歩  at 2008年05月18日(日) 21:49

わ〜お勉強になりました。
福岡の中州にはよく飲みに行きましたっけ。
Posted by:チャッピー  at 2008年05月18日(日) 21:22

中央区のこの辺は時代劇の題材に
ことかかないところですよね。
でも、そのようなところがあるとは
知りませんでした。
Posted by:ぶるーむーん  at 2008年05月18日(日) 19:36

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