今夜(といっても時間的に昨夜ですが)、TVで『NHKスペシャル「日本の縮図 1000人にきく団塊の素顔」』を見ました。その中で、堺屋太一さんが、いままでの老人に対するイメージを変える意味での「好老文化」という言葉を使っていましたが、なかなかだけど、もうちょいかなと感じました。
今までの「老人」「老いる」等から連想するイメージに良いイメージがなく、「もうおしまい」「もう何もできない」といった悪いイメージがつきものでした。これは、「老」という文字に対するイメージが既に世の中にでき上がっていて、このイメージが悪いのですから、それを払拭させるためにも「老」という文字を使っていては根本から変えることは出来ないと思います。
そこで、「老」という文字の持つイメージを変えるのはなかなか大変ですので、願わくば「老」ではない別の文字を使うことは出来ないのでしょうか。「老」表す別の文字、それが見つかった時こそ新老人類の誕生と思っているのですが。
今までの「老人」「老いる」等から連想するイメージに良いイメージがなく、「もうおしまい」「もう何もできない」といった悪いイメージがつきものでした。これは、「老」という文字に対するイメージが既に世の中にでき上がっていて、このイメージが悪いのですから、それを払拭させるためにも「老」という文字を使っていては根本から変えることは出来ないと思います。
そこで、「老」という文字の持つイメージを変えるのはなかなか大変ですので、願わくば「老」ではない別の文字を使うことは出来ないのでしょうか。「老」表す別の文字、それが見つかった時こそ新老人類の誕生と思っているのですが。
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at 00:29
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もまれ方が違いますからね。どれだけ競争してこの日本を作ってきたことか。あと30年は暴れてやる。