たかが音楽 されど音楽
半月ほど前、ドイツのメルケル首相のイスラエル訪問のニュースが流れましたが、さぞかし訪問する方もされる方も相当な心構えで臨んだであろうことは想像に難くないところですね。
そんなところに果たしてドイツ国歌が演奏されたのか否かを、私はとても知りたくてしかたがなかったのですが、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
と、申しますのも、この国歌は嘗てはドイツ第三帝国、つまりナチスドイツにも使われていたからなのです。
ヒットラーが大勢の聴衆の前でこの国歌を歌っている映像もありますし、今ではごくわずかだと思いますが、これを直に見たり聞いたりしたユダヤ人もイスラエルに生存していることでしょう。
もちろん、現在の国歌はヒットラーのときの歌詞と異なってはいますが、バックに流れるのはまぎれもなく200年ほど前にハイドンによって作曲された弦楽四重奏「皇帝」の第二楽章なのです。

ハーケンクロイツの旗を横目に
メルケル首相の訪問のさい、演奏されたとしたならば、ドイツ国内や欧州の各地で戦争を体験した世代のイスラエル人にはどのように響いたのか、そんなことがクラシック音楽愛好者としてだけでなく、かつての戦争映画ファンとしての私の脳裏をよぎったからにほかなりません。
さらに言えば、もう二十年以上も前のことでしょうか、新聞紙上に 「イスラエル、ワーグナー解禁?」という記事が載せられたことがありました。
クラシック音楽に関心がない方はもちろん、ある方も「へえ〜そんなことがあったの?」と思われるのは当然として、ワーグネリアンの1人として私には忘れがたいそして興味深い記事でした。
つまり、それまではイスラエルでは公式の場で、ワーグナーを演奏することはタブーだったのです。


理由はいたって簡単、ワーグナーの音楽がヒットラーの大のお気に入りだったからに他なりません。
ヒットラーは外国の使節と会う前に、よくワーグナーを口ずさんで臨み、師団の将兵を戦場に送るとき、それらを演奏させ、自らの演説をラジオで流させるときはその前に必ずワーグナーの音楽を使い、自身と国民を鼓舞したのはよく知られていますが、ユダヤ人にとって、この音楽はハーケンクロイツとともにあのアウシュビッツの戦慄すべき悪夢を蘇えらせる以外の何物でもなかったようです。


イスラエルでワーグナーが初めて演奏されたときは、怒号と悲鳴とすすり泣きが交錯し、途中で演奏が途切れる寸前の事態も何回かあったと伝え聞いていますし、後年インタビューを受けた指揮者は「背後から撃たれても仕方がない」と覚悟してステージにあがったそうです。
ワーグナーとイスラエル、この関係はわれわれ日本人にとってあまりにも馴染みのない存在だと思いますが、中国や韓国で「軍艦マーチ」を演奏することに相当するといえば、日本人にも100%理解可能となりましょうか。

イスラエルとパレスチナとの対立をはじめ、セルビアとコソボ、そして新しくは、チベットと中国など世界のあちこちで起きている民族紛争は、あのドイツ第三帝国によるユダヤ人迫害を「戦争の世紀20世紀の質量ともに尋常の域を超えた民族紛争」としか教示せず、人類が続く限り永遠に解決されないことを暗示しているのでしょうか。
半月ほど前、ドイツのメルケル首相のイスラエル訪問のニュースが流れましたが、さぞかし訪問する方もされる方も相当な心構えで臨んだであろうことは想像に難くないところですね。
そんなところに果たしてドイツ国歌が演奏されたのか否かを、私はとても知りたくてしかたがなかったのですが、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
と、申しますのも、この国歌は嘗てはドイツ第三帝国、つまりナチスドイツにも使われていたからなのです。
ヒットラーが大勢の聴衆の前でこの国歌を歌っている映像もありますし、今ではごくわずかだと思いますが、これを直に見たり聞いたりしたユダヤ人もイスラエルに生存していることでしょう。
もちろん、現在の国歌はヒットラーのときの歌詞と異なってはいますが、バックに流れるのはまぎれもなく200年ほど前にハイドンによって作曲された弦楽四重奏「皇帝」の第二楽章なのです。

ハーケンクロイツの旗を横目に
メルケル首相の訪問のさい、演奏されたとしたならば、ドイツ国内や欧州の各地で戦争を体験した世代のイスラエル人にはどのように響いたのか、そんなことがクラシック音楽愛好者としてだけでなく、かつての戦争映画ファンとしての私の脳裏をよぎったからにほかなりません。
さらに言えば、もう二十年以上も前のことでしょうか、新聞紙上に 「イスラエル、ワーグナー解禁?」という記事が載せられたことがありました。
クラシック音楽に関心がない方はもちろん、ある方も「へえ〜そんなことがあったの?」と思われるのは当然として、ワーグネリアンの1人として私には忘れがたいそして興味深い記事でした。
つまり、それまではイスラエルでは公式の場で、ワーグナーを演奏することはタブーだったのです。



理由はいたって簡単、ワーグナーの音楽がヒットラーの大のお気に入りだったからに他なりません。

ヒットラーは外国の使節と会う前に、よくワーグナーを口ずさんで臨み、師団の将兵を戦場に送るとき、それらを演奏させ、自らの演説をラジオで流させるときはその前に必ずワーグナーの音楽を使い、自身と国民を鼓舞したのはよく知られていますが、ユダヤ人にとって、この音楽はハーケンクロイツとともにあのアウシュビッツの戦慄すべき悪夢を蘇えらせる以外の何物でもなかったようです。



イスラエルでワーグナーが初めて演奏されたときは、怒号と悲鳴とすすり泣きが交錯し、途中で演奏が途切れる寸前の事態も何回かあったと伝え聞いていますし、後年インタビューを受けた指揮者は「背後から撃たれても仕方がない」と覚悟してステージにあがったそうです。
ワーグナーとイスラエル、この関係はわれわれ日本人にとってあまりにも馴染みのない存在だと思いますが、中国や韓国で「軍艦マーチ」を演奏することに相当するといえば、日本人にも100%理解可能となりましょうか。

イスラエルとパレスチナとの対立をはじめ、セルビアとコソボ、そして新しくは、チベットと中国など世界のあちこちで起きている民族紛争は、あのドイツ第三帝国によるユダヤ人迫害を「戦争の世紀20世紀の質量ともに尋常の域を超えた民族紛争」としか教示せず、人類が続く限り永遠に解決されないことを暗示しているのでしょうか。

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