姉の同級生が先週の金曜日に来た。同級生のうちは、八幡のうちの大きな通りをはさんだ向こう側であったため、
姉とは高校に入るまで、同じ学校になることはなかった。
姉と会ったのは、幼稚園に入る前で、近くの子供であるため遊んでいたみたい。
高校に入ってから、いっつも一緒で、とうとう姉の短大入学の時も、
東京まで、トリマーの専門学校に入るため、付いていった。
でも、アレルギーが起こるので、断念した。色々な仕事をしていて、
姉が福岡に帰った後も、東京に残ったので、今度はお母さんが東京に出て行って、
寮母さんになった。
私も東京に行った時は、何回かお世話になった。
母と東京に行った時も、東京全日空ホテルで、中華料理を食べたが、
紹興酒を注文し、あれこれ頼んだので、
お店の人が「これだけは食べれないと思いますので、足らないようでしたら、
後で追加されてください」と「言われた。
支払いは母がしたと聞き、姉が怒っていた。自分の親という感覚だったのかも。
姉と同じパッパラパーなので、ちょっとお金がいるとき(お店をもちたかったようだ)、
姉を頼ってきたが、同じパッパラパーなので、断ったが、私にもといったので、
これも姉が断った。姉は自分が母、私に頼っているので、困ると思ったようだ。
それから、あまり連絡もしなかったが、同窓生であるので、
姉も少しは会っていたようだが、今回うちの母の様子をみたいというのもあり、
帰ってきた。
あのとき、お金を貸さなかったのはよかったと思う。
母のお見舞いに来てくれてありがとうございました。
10年くらい前、姉に電話があった。同窓会の幹事の学年になるので、みんなに連絡していたから。
姉は短大を卒業して、すぐ福岡に戻ったが、名簿は行方不明。
「福岡に帰っているよ」ということから、電話が入った。
「○○です」「?」「こういったらわかるね。○○のぶー
よ」「○○のぶーちゃんね」この同級生、小学校入学から、高校まで一緒で、奥さんも高校の同級生。
おじいさんがおすもうさんだったらしく、飛びぬけて大きかった。
高校を卒業してから、医薬品の卸さん、パンツの行商などして、今は石屋さん。
パンツの行商の時は、姉が東京にいたけれども、うちに来て、
「このトンボのついたのが、かわいっちゃない」と言われて買った。
15年くらい前、石屋さんの会社の旅行で、ハワイに母と行った。
姉は、お金がなく、私達がついていった。なんかおかしな話だが、姉は旗振り。
昨年愛猫まるが亡くなったとき、お墓を作ろうと、電話をしたら、材料費だけで、
りっぱなものを作ってくれた。
家を建てたときも、カウンターの石をお祝いにくれた。
どうしてこんなによくしてくれるのかと思ったら、
高校のとき姉に「パン
代50円を借りたから」だという。「自分ができるうちはいいよ。」ということ。
もうすぐまるの命日がくる。ありがとうといいたい。
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at 08:28
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。
(・・?
と母と私です。
さんは別の人で奥さんも前の人ではありません。
。
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8歳もはなれたいらしゃると、小さい時は学校でも
一緒になることがなく、すごく大人に見えますね。
近所の年がはなれたお姉さん、お兄さんにかわいがってもらいましたよ。サザエさん一家のような感じですかね。
うちは学年で2年なので、もう妹の友達も自分の友達になっています。