井上道義が一人で出てきて、残っていた聴衆に語りかけた。
交響曲の指揮というものは、様々な事柄が影響する。
例えば前の方に座っておられる中に、怖い顔で睨んでいる人が
いたら、影響するし笑顔で迎えていただけたら当然より良い演奏が
出来る。(これは笑いをとるため)
今日のような好天なら、より明る演奏ができるが、あいにく私は今日まだ
お昼を食べていないから、それが影響しないかシンパイ。
特に田園は、皆さん各自がそれぞれの田園光景を作って欲しい。
ボクの生涯の幸福は、まさに田園の舞台に二年ばかり住んだこと。
ベートーベンが聴いたのと同じ、ハイリゲンシュタットの教会の鐘の音を、
ざっと二百回ぐらいは聴いたこと。
だから目をつぶりさえすれば、そこに森もぶどう畑も小川も浮かぶこと。
久しく小林研一郎の炎の演奏に接していない。
コバケンの語りは絶品である。なんたって声が違う。
彼のマエストロは、オペラ歌手の道を選んでも、超一流のテナーに
なったと世界が認めるところ。
その美しい声で語りかける中味がまた素晴らしく、エッセイストとしても
おそらく大成は間違いがないと思われる。
田園は第三楽章から第五楽章までを、休みを入れず一気に奏でて
終わるのだが、炎のマエストロがこの部分を指揮し終わったら、
汗だくだくになり、くたくたになっている。
コバケンは1940年、そして井上は1946年に生まれたと知った。
かえすがえすも呆気ないエンディングが惜しかった。
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at 21:13
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