ボクが出した本のからみで、お世話になったお二人と
大阪の高麗橋界隈でお昼をご一緒にする話がまとまり、
六甲アイランドを起点とする阪神高速湾岸線で行った。
これを使うと大阪市内に入るのに二十分で充分である。
問題は市内に入るやいなや渋滞に巻き込まれることが、
しばしばであること。
阿波座で降りると、なにかと至便なのだが、ほぼすべての
道が一方通行となるから、今回は大きく迂回すると決めて
谷町から回り込むことにした。大阪城の近くまで行くことに
なる。
おおよその見当をつけて左折したら、どんぴしゃりその道が
大手筋であった。大阪城を背に西へ進む。
そこに高麗橋があり、それを通る。東京の基点が日本橋で、京都のそれが三条大橋なら、大阪はこの高麗橋となる。
橋が架かる東横堀川は豊臣時代の外堀である。
橋の西詰めで一方通行の指定があるから、それに従って
瓦町通りに入った。運転席の眼前に聳え立つ高層マンションはかつてボクが商社マンとして闘った拠点であった。
国滅びて市中心部きっての共同住宅が建った。
徒歩圏内にオフイスビルが多いから、ここにすめば通勤は楽であろうが、奥様方はどこまでお買い物に行かれるのだろう。
堺筋は北行きの一方通行で、ここを少し北上したら、懐かしい店構えの「菊屋」があり、そこが高麗橋通りになるから西に入る。
最初の角を南に入ると、そこに「与太呂・高麗橋本店」の暖簾を見る。
今日の会合の場所としてボクはここを選んだ。
天麩羅と鯛飯がともに絶品だから。
かつてこの名店は御堂筋にあった。あの広い道にわざと背中を向けて、玄関は一本東に入ったところにあった。
そのあとで店は三和銀行の本店となり、御堂筋に顔を向けた。
大阪の高麗橋界隈でお昼をご一緒にする話がまとまり、
六甲アイランドを起点とする阪神高速湾岸線で行った。
これを使うと大阪市内に入るのに二十分で充分である。
問題は市内に入るやいなや渋滞に巻き込まれることが、
しばしばであること。
阿波座で降りると、なにかと至便なのだが、ほぼすべての
道が一方通行となるから、今回は大きく迂回すると決めて
谷町から回り込むことにした。大阪城の近くまで行くことに
なる。
おおよその見当をつけて左折したら、どんぴしゃりその道が
大手筋であった。大阪城を背に西へ進む。
そこに高麗橋があり、それを通る。東京の基点が日本橋で、京都のそれが三条大橋なら、大阪はこの高麗橋となる。
橋が架かる東横堀川は豊臣時代の外堀である。
橋の西詰めで一方通行の指定があるから、それに従って
瓦町通りに入った。運転席の眼前に聳え立つ高層マンションはかつてボクが商社マンとして闘った拠点であった。
国滅びて市中心部きっての共同住宅が建った。
徒歩圏内にオフイスビルが多いから、ここにすめば通勤は楽であろうが、奥様方はどこまでお買い物に行かれるのだろう。
堺筋は北行きの一方通行で、ここを少し北上したら、懐かしい店構えの「菊屋」があり、そこが高麗橋通りになるから西に入る。
最初の角を南に入ると、そこに「与太呂・高麗橋本店」の暖簾を見る。
今日の会合の場所としてボクはここを選んだ。
天麩羅と鯛飯がともに絶品だから。
かつてこの名店は御堂筋にあった。あの広い道にわざと背中を向けて、玄関は一本東に入ったところにあった。
そのあとで店は三和銀行の本店となり、御堂筋に顔を向けた。
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at 11:33
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