主役のハンナに世界の佐藤しのぶを持ってきたから、他の主だった役割を誰が演じるのかと思ったが、相手役のダニロに大山大輔、もうひと組の男女ペア、カミーユとヴァランシェンヌにジョン健ヌッツオと並河寿美を起用し、その三人がそれぞれ相当な歌い手だから、佐藤しのぶが一人浮き上がるということが全くなかった。
レハールはクラシックの人と言うには若すぎる。ヒトラー時代の人である。
メリーウィドウの初演は1905年にレハール自身が指揮を取った。
その場所がテアター・アンデア。ウイーンで、奇しくもボクが初めてメリーウィドウの華やかな舞台と音楽に接したのも、同じ劇場だった。
「ウイーン川の畔に立つ劇場」の意味で、夏がオペラ座あたりが休む時期に、時折夏のフアンのために開場する。1976年のことだった。
そのことで初めてそこに劇場があることも、ウイーンという名の川も知った。
主だった四人が素晴らしかった上に、脇役たちも見劣りがなかった。
佐渡裕は余程の情熱を注いで、これだけのメンバーを集めた。
架空の国ポンテヴェドロのモデルは語感的にもモンテネグロだろう。
この国のパリにある大使館がメインの舞台として演じられるから、大使の役も重要だが、歌だけじゃなくセリフも多いこの喜歌劇で、平野忠彦が立派な存在感を見せた。
感動したのは大使館に勤める参事官や領事役に、それぞれ人材の配置があったこと。
池田直樹、泉良平のバスと久岡昇のテナーだが、三名とも演技も歌唱もダンスも、まさに実力者。女役ではオルガに扮した松本純子が目立っていた。
本舞台には50名を超す人物がおる。その迫力といったらない。
そしてオケボックスの手前の花道が活用される機会が多い。
つまりはボクの目の先1メーター半に、多数の出演者が通るわけ。
こんな機会を得たのは生涯で初のこと。興奮が後に残らぬわけがない。
レハールはクラシックの人と言うには若すぎる。ヒトラー時代の人である。
メリーウィドウの初演は1905年にレハール自身が指揮を取った。
その場所がテアター・アンデア。ウイーンで、奇しくもボクが初めてメリーウィドウの華やかな舞台と音楽に接したのも、同じ劇場だった。
「ウイーン川の畔に立つ劇場」の意味で、夏がオペラ座あたりが休む時期に、時折夏のフアンのために開場する。1976年のことだった。
そのことで初めてそこに劇場があることも、ウイーンという名の川も知った。
主だった四人が素晴らしかった上に、脇役たちも見劣りがなかった。
佐渡裕は余程の情熱を注いで、これだけのメンバーを集めた。
架空の国ポンテヴェドロのモデルは語感的にもモンテネグロだろう。
この国のパリにある大使館がメインの舞台として演じられるから、大使の役も重要だが、歌だけじゃなくセリフも多いこの喜歌劇で、平野忠彦が立派な存在感を見せた。
感動したのは大使館に勤める参事官や領事役に、それぞれ人材の配置があったこと。
池田直樹、泉良平のバスと久岡昇のテナーだが、三名とも演技も歌唱もダンスも、まさに実力者。女役ではオルガに扮した松本純子が目立っていた。
本舞台には50名を超す人物がおる。その迫力といったらない。
そしてオケボックスの手前の花道が活用される機会が多い。
つまりはボクの目の先1メーター半に、多数の出演者が通るわけ。
こんな機会を得たのは生涯で初のこと。興奮が後に残らぬわけがない。
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at 10:40
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