日が変わったが、まだ余韻が残っている。
あれだけの言葉を連ねたのに、何かが足りない。
衣装と振り付けにも触れるべきであったと知った。
あの空間を占めていたのは、まさに明治時代の
鹿鳴館のよみがえりであり、時期的にも大きく
ズレはないのじゃないか。
一幕目も二幕目も、開幕するとそこに50名以上の
歌手兼役者兼踊り手が妍を競っている。
あの華やかさについて、ついにボクは表現力を失った。
今日も何度も口にした。
佐藤しのぶに委縮することなく堂々と挑んだ並河寿美。
歌唱力において相譲らなかった大山大輔と健ヌッツオ。
あの大ホールに響き渡った声量たっぷりの歌手たち。
これからの人生に、こんな場面に再び遭遇することが
あり得るのだろうか。
ボクの長年にわたる自問自答に答えが出てしまった。
最後に一つのオペレッタを選ぶならどうしよう。
「こうもり」か「メリーウィドウ」か。
「こうもり」はもちろん「ウイーン気質」だって捨て難い。
だけど凄いものを見てしまった。
もうなんたって「メリーウィドウ」だ!
あのオケボックスの前にしつらえられた花道は、
最前列のA席を潰して作ったと知った。
ボクの席がC−27だったと言ったが、傾斜の緩い階段を
前から二列目まで降りてきて、すぐ横の席で、しかも更に
特典があったのだ。それは最前列になったB列の、階段の
両側が共に空いていた事実。万席の客席になんという奇跡。
だからボクは遮るもののないポイントから、佐渡裕の横顔を
見ながら、同時に舞台上も見ていた。
この作品には名曲が多い。その一つが男優たちによる
女へのワルクチ。「とかく女というものは(女・女・女)」
ダニロ以下の主な7名が花道に出てきてこの曲を演じた。
と思ったら、こんどは佐藤しのぶを先頭に女優の主なところが
右手から男優たちを追いやるように出てきて、同じメロディで
「男・男・男」を歌い、やはり強いのは女と誇示した形に。
目の前のオルガ役が、可愛かった。鈴木純子さんだった。
あれだけの言葉を連ねたのに、何かが足りない。
衣装と振り付けにも触れるべきであったと知った。
あの空間を占めていたのは、まさに明治時代の
鹿鳴館のよみがえりであり、時期的にも大きく
ズレはないのじゃないか。
一幕目も二幕目も、開幕するとそこに50名以上の
歌手兼役者兼踊り手が妍を競っている。
あの華やかさについて、ついにボクは表現力を失った。
今日も何度も口にした。
佐藤しのぶに委縮することなく堂々と挑んだ並河寿美。
歌唱力において相譲らなかった大山大輔と健ヌッツオ。
あの大ホールに響き渡った声量たっぷりの歌手たち。
これからの人生に、こんな場面に再び遭遇することが
あり得るのだろうか。
ボクの長年にわたる自問自答に答えが出てしまった。
最後に一つのオペレッタを選ぶならどうしよう。
「こうもり」か「メリーウィドウ」か。
「こうもり」はもちろん「ウイーン気質」だって捨て難い。
だけど凄いものを見てしまった。
もうなんたって「メリーウィドウ」だ!
あのオケボックスの前にしつらえられた花道は、
最前列のA席を潰して作ったと知った。
ボクの席がC−27だったと言ったが、傾斜の緩い階段を
前から二列目まで降りてきて、すぐ横の席で、しかも更に
特典があったのだ。それは最前列になったB列の、階段の
両側が共に空いていた事実。万席の客席になんという奇跡。
だからボクは遮るもののないポイントから、佐渡裕の横顔を
見ながら、同時に舞台上も見ていた。
この作品には名曲が多い。その一つが男優たちによる
女へのワルクチ。「とかく女というものは(女・女・女)」
ダニロ以下の主な7名が花道に出てきてこの曲を演じた。
と思ったら、こんどは佐藤しのぶを先頭に女優の主なところが
右手から男優たちを追いやるように出てきて、同じメロディで
「男・男・男」を歌い、やはり強いのは女と誇示した形に。
目の前のオルガ役が、可愛かった。鈴木純子さんだった。
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at 20:23
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