世界遺産に登録が残念ながら見合わされてしまったが・・・
中尊寺は嘉祥3年(850)天台宗の高僧、慈覚大師円任によって
この地に弘台寺院という寺が開かれたことに始まるといわている
戦争で命を失った敵、味方の人々や、動物、草木に至るまで
供養し戦争の無い平和で平等な社会を作りたいと この地に
高い文化と教養を根づかせ、東北地方の悲しい歴史を克服する
必要があり 「中尊寺」の寺号は東北地方の中心という意味とも
また、たとえ辺境とされるこの地にあっても 今立つている
その場所にこそ自分にとっての法界(仏さまの世界)の中心で
あるとの意味が込められているともいわれている。
この時代の建造物である金色堂には 金や銀をつかって
書写された「中尊寺経」や中国から輸入された「宗版一切経」が
収められ現在に伝えられている。
700年以上も金色堂は守り続けられていて
国宝建造物第一号に指定されている。
昭和25年(1950)に800年間安置されてきた
藤原四代公のご遺体の学術調査の折 多数の
副葬品のなかより ハスの種が。
平成10年開花に成功し「中尊寺ハス」として咲いている
中尊寺は嘉祥3年(850)天台宗の高僧、慈覚大師円任によって
この地に弘台寺院という寺が開かれたことに始まるといわている
戦争で命を失った敵、味方の人々や、動物、草木に至るまで
供養し戦争の無い平和で平等な社会を作りたいと この地に
高い文化と教養を根づかせ、東北地方の悲しい歴史を克服する
必要があり 「中尊寺」の寺号は東北地方の中心という意味とも
また、たとえ辺境とされるこの地にあっても 今立つている
その場所にこそ自分にとっての法界(仏さまの世界)の中心で
あるとの意味が込められているともいわれている。
この時代の建造物である金色堂には 金や銀をつかって
書写された「中尊寺経」や中国から輸入された「宗版一切経」が
収められ現在に伝えられている。
700年以上も金色堂は守り続けられていて
国宝建造物第一号に指定されている。
昭和25年(1950)に800年間安置されてきた
藤原四代公のご遺体の学術調査の折 多数の
副葬品のなかより ハスの種が。
平成10年開花に成功し「中尊寺ハス」として咲いている
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at 23:10
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